第6話「決意」

「お母さん。この記事」

 

 美和は読んでいた雑誌の記事を指さした。そこには、遺伝子特集が組まれており、隆が載っていた。

 

 十年前――都が自己紹介した時に、原田都と名乗っていた。

 

 この人と都は関わりがあるのだろうか?

 

 気になった美和は携帯電話で原田隆を検索する。

 

 すると、数件がヒットした。

 

 遺伝子学研究所所長――原田隆。

 

 遺伝子操作をすることで、赤ちゃんの髪や瞳、身体能力、学習機能を好きなようにカスタマイズすることができる。

 

 教授はこの子たちのことを「デザインズ・ベイビー」と名付けた。

 

 都と原田教授が親子だという確証はない。それを紐付けるものは何もない。美和は遺伝子操作などの話題を扱う掲示板を発見した。

 

 引き寄せられるようにして、その掲示板を開く。

 

 デザインズ・ベイビーの第一号は自分の息子だって。

 うわ……えげつない。

 普通、自分の息子を実験台にするか?

 原田教授は狂っているだろう?

 せめて、息子には無事で生きていてほしいな。

 どこかの家庭に引き取られて幸せになってほしい。

 

 この掲示板に主に書き込んでいるのは、遺伝子の研究に関係している者たち――言葉使いからして学生たちだろう。学生といえども、遺伝子に詳しい者たちの会話だろう。

 

 それなりの信憑性はあるはず。

 

 美和は都の言葉を思いだした。


「一つだけ言えることがある。僕は父親を憎んでいる」

 

 今なら、都の怒りもわかる気がする。

 

 都の気持ちも、理解できるような気がする。

 

 美和は立ちあがった。


**************


「美和。どこにいくの?」

「あの人に会いにいってくる」

 

 今はこの話が――都の出生が、本当かどうかを知りたかった。


 確認をしたかった。

 

 真実を隆から聞きたかった。


「落ち着きなさい」

 

 和江は軽く美和の頬を叩いた。

 

 それで、美和は目が覚めた。


(私が冷静にならなくてどうする?)

 

 都がデザインズ・ベイビーだとわかっても、美和と和江、父親――実と家族だということは変わらない。

 

 それに、都は今ここで生きている。

 

 私たちと一緒に生活をしている。

 

 今の都の居場所は研究所ではなく、ここ――相田家である。

 

 美和は深呼吸をした。

 

 徐々に怒りがおさまってくる。

 

 気持ちが落ち着いてくる。


「私は都の言葉でちゃんと聞きたいの。美和だってそうでしょう?」

 

 時間がかかってしまっても、話してくれると信じている。


「私は無力だわ」

 

 都が悩んでいるのに、何もできないなんて。

 

 力になれないなんて。

 

 見ているだけだなんて、美和は歯がゆかった。


「私たちの役目は、都が帰ってきたいと、思える家族を作ることよ」

 

 奈美の言葉に美和ははっとした。自分たちがジタバタしていたら、その気持ちが都に伝わってしまう。

 

 都がいれる場所を、作っていくしかない。

 

 安心して帰れる家にしなければいけない。


「私にできるのかな?」

「やるしかないのよ」

 

 温かい家庭料理を用意して、笑顔を心がけていければ、都の負担もへるだろう。

 

 ただ、隣にいればいい。

 

 寄り添ってあげればいい。

 

 都がただいまと言える環境を、作ってあげたい。


 都にとって心地よい場所であってほしい。


「いつもどおり、迎えてあげてね」

「わかったわ」

 

 美和は和江の言葉に頷いた。


**********:


 父親――相田実とのテレビ電話に、都が参加することは滅多にない。今回も、美和に説得されてからの参加だった。


「体調はどうだ?」

「最近は落ち着いています」

「美和と和江とは、うまくいっているのか?」

「二人ともよくやってくれています」

「そろそろ、敬語はやめないか?」

 

 家族なのだし、堅苦しいのは嫌いだという。


「長年の癖ですし、難しいです。もう、いいですか?」

 

 都と入れ替わりに、和江が入ってきた。


「都は生きることが、厳しいかもしれない」

「都?」

「あの子――都は色々なことを抱えているのね」

「知っているさ。原田氏は海外でも有名だからな」

 

 隆のことは実がいる海外でも代替的に報道されていた。知っていて引き取ったのだと実は答えた。

 

 都を家族として迎え入れたことについて、実は後悔をしていないという。


「だから、あなたは落ち着いていたのね」

 

 実の落ち着いた様子に、美和と和江は納得した。


「父さんが帰ってくる頃には、都はいない」

 

 心の準備はできているかと、美和は聞いた。


「受け入れる覚悟はある」

 

 美和の言葉に実は真剣に答えた。


「相田さん」

 

 遠くで同僚の呼ぶ声がする。


「ごめん。時間だ」

「身体に気をつけてね」

「お前たちも」

 

 美和と和江は実との通信を切った。




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