第20話 雨の来訪者

リータはゆっくり二人に近付く。

「な、なあ、お前、何が見えてんだよー?」


「い、いや・・・、お前は知らない方がいい。」


「ルミナ、見えてるのー?私とルミナだけの秘密だね。」

リータは無邪気な笑顔をルミナに向けている。

静寂な静けさが広がるー。自分だけ異世界から迷い込んだ旅人であるかのようである。


 するとルミナはリータに見つからないようにスキルを発動させると、右の手のひらに風の渦を巻き起こした。風の渦はルミナの足元を伝いリータの足元へと伝った。渦はリータには見えてないー。すると、リータはパタリと仰向けに倒れた。


「…や、やったのか?」

「いや、麻痺らせただけさ。メリーから貰った麻酔薬だ。今、コイツを殺すとなると相当なスキルが必要だから、勝てる見込みはゼロだ。今は無駄な攻撃は避けたい。」

「そうか…。今のうちに始末した方がいいんじゃないのか?」

「駄目だ…。コイツは『奴』の手下だ。コイツが死んだら、『奴』が動く。」

「…奴って、あいつかー?あの化け物だなー?」

オズは、恐る恐るルミナに尋ねる。

「…。」

ルミナは、無言だった。


「な、なあ、言ってくれよ?お前、明らかにやばい顔してたぞ。」

「い、いや、お前は知らない方がいい。」

ルミナの瞳孔は小刻みに揺れていた。

「たからって、お前だけがー。」

オズは眉をハの字にすると、目を細めた。

「コイツは当分起きないはずだから、その間にメリーを呼ぶぞ。」

ルミナはそう言うと、リータを担ぐ。

「お、おい、待てよ…。」

オズはリータを支えようとしたが、ルミナに制された。そしてルミナは静かに二階に向かった。オズはその姿に冷たさを感じた。


 ルミナは初めて出会った時もそうだった。

彼女は自分の内面を決して見せようとはしない。自分の過去もプライベートも、殆ど一切話さない。聞こうとしてもはぐらかされる事が多い。オズは、彼女が分厚くガチガチした硬いバリケードで覆われているような、そんな感じがしたのだ。彼女と自分の間には隔たりがあるのだった。



 しばらくすると、カラカラと玄関の扉のベルのなる音がしたー。

ドアを開けると、そこには7、8才位の少女が立っていた。外は大雨だった。

「すみません、あの…便利屋ですよね…相談してほしい事があるの…」

少女は、傘をさしてはなくずぶ濡れでもなかった。一瞬、幽霊だと思ったが、足元には影がある。異質で風変わりな存在である。

「ええと、親は何処かな…?」

オズは少女を中に入れると、外を確認した。

しかし、親は何処にも居なかった。

「お兄ちゃんを見てほしいの。」

少女の話によると、ベットで兄が横になっているらしい。

「お兄ちゃんって、今何処に居るの?」

オズは眉をひそめる。

「自宅で寝てるよ。」

オズは少女を居間に案内すると、お湯を沸かし紅茶を用意する。そして、紙とペンを出すと少女に事の詳細を聞き出した。


オズは車を出すと、後部座席に少女を乗せ発車させた。

「君…さあ、どうやって来たのかな?」

オズは眉を潜め、慎重に尋ねる。少女が森の奥深くまでどうやって来たと言うのかー?しかも大人も居ない中でー。色白で覇気のない顔立ちであり、細身で華麗な風貌をしている。しかも、ダークネスではなさそうだー。

「それ、必要?あ、あの、向こうの突き当りの角を左に曲がって真っ直ぐ行けば、家だよ。」

少女は話を逸らす。オズは少女の指差す方へハンドルを回し、車を走らせた。

 しばらくすると、森の奥深くまで入りこんだ。

「ここ。この建物だよ。」

少女が指差した先には、豪勢な古びた洋館がそびえ立っているのだった。

 オズは車を停車させ少女を車から降ろす。

「おい、何でずっと無言なんだよ?第一、この娘はダークネスじゃないぞ?」

オズは助手席でずっと無言を貫いたルミナを見て、不安が徐々に募っていった。その重い沈黙で、ゾクゾクした感じと気だるさを覚えたのだった。

「ああ…。この娘はな…。」

ルミナの眼光は鋭くなっていた。


「こっちこっち。」

少女は二人を中へ促さした。二人は少女に従い、部屋の中へと入るー。

 するとオズはこの少女に違和感を覚えた。氷柱の様に突き刺さる冷気と、乾いた空気でオズは胸を圧迫される程の軽く重苦しさを感じた。

 すると部屋の隙間からミミズや虫などが無数にうじゃうじゃ湧いてきた。

「こめん。最近、しょっちゅう虫が沸いてるの。」

少女は微笑むと、顔が青白く光っていた。

「まあ、この時期だし、よくある事さ。」

オズは、無理に笑おうとしたが、やや引きつっていた。

「なあ、この娘ー。」

オズはルミナに目配せをした。

「分かってるさ。」

ルミナは終始腕組みしながら考え込んでいた。

「分かってるの。私、変だってー。」

少年は微笑む。

 すると、少女は動きをピタリと止め、ビキビキ身体を小刻みに揺らす。少女は翼を拡げる。

羽がふわりふわり舞い落ちた。

「ねぇ、コレ、綺麗?」

少女の口はぱっくり裂け、歯もギザギザになすると、少女の体内からうじゃうじゃ虫が湧き出て、あたりに黒紫の煙が充満した。そしてその煙から髑髏が湧き出てきた。獣や兵隊の様な姿をしており、二人に襲いかかった。

二人は間を置いた。

「まずいぞ!こいつに触れたら俺達も、ああなるぞ!」

「ーこいつらは元は生きていたんだ!」

「ー」

すると、虫が兄の右腕を噛んだ。

寝ている兄の腕から黒紫のガスが噴出し、肉が溶け出し次第に白骨となっていった。

オズは、びっくりして後退りした。

「…!?」

「いや、この娘の兄貴はもう既に亡くなっていたんだよ。」

「え!?亡くなっていた!?だってあの時ー。ゼェゼェしてたじゃないか?」


「オズー、それは見せかけだよ。これはただの幻覚だよ。」


「何だって!?」


「オズ、そいつはダークネスだ。少女は器でまだ生きている!


ガスは益々充満し、中から


「くくく、ここは、我がフィールドだよ。貴様らは我が崇高なの力で、まんまとネズミ捕りにハマったのだよ。」

ダークネスは不気味な高笑いを始めた。

「お前ー、ドールだろ…何でこんなに余裕なんだ…?」

オズはバズーカを構えると、半歩後づさりをした。とんがり帽子の影がロウソクの灯に灯されゆらゆらと揺れ、徐々に大きく膨れ上がる。

「おや、あんた、綺麗な顔だねぇ。その顔、私にくれないか?私、元からこうだからさ。私の器になっておくれ。」

影はカタカタ嗤う《わらう》と、徐々に大きく揺れ動いた。しかし、オズはその影からどことなく真菌感の様な物を感じていた。

「ふん。人であることを辞めた臆病者が何を言うかと思えば…。私がお前にしてあげられることは安らかに逝かしてあげることだけなんだよ。」

ルミナは背中の鞘から大太刀を引き抜くと、スキルを発動した。

「私をやれるものなら、やって御覧。この娘はどうするのだろうね?」

影は乾いた声でカラカラと高笑いをする。

「やはり、コイツはアルファだったのか?この独特なオーラや雰囲気からして只者じゃなさそうだぞー。」

「ああ。コイツはアルファだ。しかも、上級の使い手だった…。」

「…どうする?」

オズは小声でルミナに目配せをする。

「…こうするんだよ!」

ルミはそう言うと、ルミナは天井のコードを切り落とした。シャンデリアはガシャンと音を立て地面に落下した。そして自分のオーラを集め光をシャンデリアに当てた。


「ギャーーーーーーーー!!!!!!!!」


影はぐるぐる渦を巻き、次第に円錐の様な形を形成し、地上に現れた。そし人形に姿変えた。そしてスライムの様にグニャグニャゆれると、二人に向かって襲いかかった。


「…何だ?コイツはー?」

オズは、見たことのない現象に目を丸くした。影が立体的に姿を表したのだ。コイツは器がないのではないかー?

「いいから、撃て!!!」

ルミナはそう促すと、大太刀をブーメランの様に振るう。大太刀の周りに風が巻き起こり、高速で渦を形成した。そのキレの良い風の刃はダークネスの身体を真っ二つに切り裂いた。オズもつかさず銃を連射した。影はバチバチ音を立てると、粉々に爆発した。辺りには火の粉が線香花火の様にふわりと舞っていた。器の少女は、パタリと仰向けに倒れた。

「コイツの弱点は光だ。コイツはその隙に一瞬で個体化するんだ。」

ルミナはそう言うと大太刀を鞘に収めた。

「ーやったのかー?」

オズは、バズーカを振り下ろした。

「完全にやったとは言い切れないが、これで奴は充分に弱体化した筈だ。あとはこうしてー」

ルミナは右の掌にオーラをかき集め、再びスキルを発動した。


その時ー、火の粉がパチパチ音を再び出すと静かに消失し、少女の足元から影が姿を現したのだった。


「…どうなってるのだ…?」

ルミナの瞳孔は小さく揺れ動いた。


すると影はルミナが再び大太刀を抜き取る隙もなく、二人を飲み込んだのだった。

 オズの身体は徐々に重くなっていくー。重い泥水に飲み込まれて行く様な感覚である。

その時、過去に見た自分の養父の真の姿ー、喰い殺された仲間や兄貴の様な人ー。オズの心の中は不安と恐怖と悲しみが複雑に入り乱れて重くのしかかるー。


ードクンー


オズの心臓は脈打ち、彼は目眩と立ちくらみを覚え、倒れた。

 

 気がつくと、自分は深い霧の中にいて目の前には大きな黒豹が立っていたのだった。オズはこの黒豹に親近感をおぼえる。

ー何処かで見たことがあるー。しかし、覚えてないー。

,「やあ。オズワルド君こうして会えたね。おっと、自己紹介がまだだったね。僕は煉獄の番人マルファスだ。」

黒ヒョウは身体が徐々に小さくなりながら口を開き、細身で中性的な男に姿を現した。

「ー何なんだ?お前はー。ルミナがこうなったのも貴様の仕業かー?」

オズは呼吸を整え、ゆっくり引き金を引き抜く。彼は何処かで見たことのあるダークネスたが、思い出せないー。しかし、何処かしらか既視感の様な物を感じたのだ。

「いや、僕は何もしてないよ。それに、この娘の体内に宿ってるものはダークネスの血肉だよ。亡くなった親友がダークネスとして覚醒し、この娘の体内に宿ったのだろう。眼球を取り入れたのが不運のはじまりだということかね。この娘も薄々気づいてはいるが・・・制御しきれてないようだね。この娘は半妖なんかではない。元はごく普通の人間の娘だよ。かつてダークネスに育てられたことがあるから感化された所があるだろうがな・・・しかし、この膨大な魔力に押しつぶされなければいいのだが…」

中性的な男は顎に指を添え、首を傾げている。

「お前、どうしてそれをぺらぺらと…もしや・・・」

「私は、昔から君といたんでね。あの娘のことは君以上に知ってるのさ。さてと、そろそろ幕引きの時間とするか。」

「・・・ま、待てー。お前、このまま放置かよ。俺の身体を使って好き勝手暴れ散らかしやがってー。」

「オズ君ー、私は何度も忠告した筈だぞ。君が私の力を使う度ー、君の身体に膨大な負荷がかかるとー。」

「ー負荷だとーお前、ずっと無言だったじゃないかー?もしや…」

オズは、直感でハッとした。

「ー私は既に君と、対面してるのだよー。」

そういえば夢の中ー、霧に包まれた謎の男が現れたのを思いだしたー。

濃い灰色の霧に包まれ、人型の影がぼんやり浮き出ていたのだった。

「お前は、もしかしてー。夢の中のー。まさか…」

「オズ君ー、今の君じゃあ難しいのかもしれない。僕が力を振るい目の前の化け物を倒したら、器としての君の身体はもたないー。さてー、どうするべきかー。」

「待て、お前は何者なんだ?只のダークネスじゃなさそうだな。オーラの量は並のダークネスの三倍ほどあるぞ。だがエーテル体とはどういう事だ?」

オズは青年の方へ歩み寄ったらら

「そのうち分かるよ。」

青年はほくそ笑んだ。

すると、青年の周囲を竜巻の様な突風が包み込み、強烈な冷気を感じた。

部屋の壁は軋み本棚から本が次々とこぼれ落ちた。

竜巻の中から大きな黒ヒョウのシルエットが見え、向こう側からけたたましい悲鳴が響き渡った。

そして、気がつくと、自分は倒れこんでおり青年もとんがり帽子のダークネスも姿を消していたのだった。

「おい、ルミナ!」

オズはルミナに近づくと、身体を揺らす。

「・・・いてっ・・・」

ルミナは頭をズキズキ痛めたー。

「大丈夫だ…もう、終わったから。」

「大丈夫って…何が起きたんだよ…?」

ルミナは、しきりに辺りを見渡し状況を確認しようとしている。


さっきの青年は、かつての自分と繋がりがあるかのようだったー。彼が、昔の自分の記憶を呼び戻す鍵となる事は直感で感じた。

自分は、一体何者なんだろうー?長年の苦しみが、ようやく解るような気がしたー。


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