第2章 跡継ぎは辛い

第10話 春は変化の季節

 掛井くんからはその日の夜にメッセージが来た。


【別れよう】


素っ気ない一文にまた心が痛む。「そやね」「いいよ」どれもしっくり来ん。迷った末に、


【ごめんね】


とだけ返信をした。早熟の実のように、青苦あおにがく感じた。恋愛はしばらくしたくない、そんなことまで思った。


 秋に部活を引退してからは自分が望まんのもあって恋愛にはさっぱり無縁となった。進学希望の友達の応援と実家の手伝いに明け暮れ、そしてあっという間に高校卒業の日を迎えていた。


 四月からは、社会人。実際実家で働くというだけのことやしそう変化はない、と思ったのにそれが案外、そうでもなかった。



「……お、お見合い? いきなり?」


「いや、すぐ結婚いう話やないんよ、まあ二、三年じっくり付きおてみてねえ、それからまあゆっくり結婚に向けて、ちいうか」


 まだ四月、卒業からひと月もせんうちに我が家を訪れた親戚のおばちゃんは、座敷で私の正面に座るとにこやかな表情でそんな話をした。


「ええ人よ。隣町の酒屋さんの三男坊で歳は25……やったかな。今は実家で働いとるし経営やそんなんも出来るいう話」


 戸惑い、というのがいちばんぴったり来る感情やった。だってそんな、いきなりそんなこと言われても、実家の仕事の全部もまだわかってないのに。気持ちが全然付いて行けんかった。


「とにかくおてみるだけでも。ね? えっと、いつがええかしら」


 流されそうになって慌てて手を振った。「や、待ってよおばちゃん!」


 おばちゃんは慌てる私を見て「どないした?」と小さくつぶらな目をぱちくりさせていた。


「……あ、その、なんちいうか、私まだ卒業したばっかりやし、仕事やって全然覚えれてないのに結婚とか、お見合いとか、そんなんすぐには考えれんよ」


 一生懸命に伝えたのに、まったくと言えるほど伝わらんかったことに驚いた。おばちゃんは私の慌てた様子を見て「あっははは!」と大声で笑っていた。


「大丈夫よ、真知ちゃん。ものは試し、いうかね。嫌やな、ち思たら、遠慮せんと断ったらええんよ。それがお見合いやし。その代わし相手もやっぱりすんませんーとか言うて断って来よったりもするけどね」


「でも私、まだ」

「適齢期いうんは、あっという間に過ぎるんよ」

「ええっ……」


 おばちゃんは強かった。ひよっこの私がなにを言おうがかなわん、そう思えた。


「とにかく今回の縁談は受けてみなさい。こういう話も今どきは少ないよって、貴重なんよ? 年取るとそんだけ分、こういう話もだんだんなくなるし。ええ人はどんどん結婚してくもん、売れ残りみたいな人としゃあなしに結婚すんのなん、真知ちゃんも嫌でしょう?」


 『売れ残り』いう言葉にいつか誠司が話しよった『例』が浮かぶ。ああもう、やめやめ。


「それに出産や子育ていうんはなん言うても若いうちのがラクなんよ。最近は三十代で、ちいうんが当たり前みたいやけど、それでもねぇ、やっぱりみんな大変そうやし」


「はあ……」

 こういう未知なる話題を出されてはもう反論の余地はない。


「だから、ね? 真知ちゃん。、大人たちは言うわけよ」


 決め台詞。答えは「わかりました」以外は選べんらしかった。

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