第4話 夢と葛藤と意地悪

 べつに彼氏がほしいとかそんなことを思いよるわけやない。けど私だって並程度には青春の恋物語を味わってみたいと思うわけ。それがあのアホチンピラのせいで全部台無しにされるいうんは絶対に勘弁願いたかった。


 はあ。感謝でもされると思ったか。頼んでもないのに兄貴づらしてさ。いい迷惑よ。もうほんまに、いつまでも私に付き纏わんとってほしい。放っといてほしい。もう!


 でも、もしあの時誠司が現れんかったら……?


 想像したらゾッとした。いや、でもだからって誠司を恩人とは思いたくない。絶対に。


「はあ……」


 なんか、疲れた。自転車から夕日を眺めながらため息が出た。けどこんなことも、きっと春まで。誠司は三年生。来月には卒業する。興味もないし聞きもせんけど、おかあの話によるとどうやら大学に行くらしい。


 一見大学や勉強なんか無縁のように見える誠司。けどあんな不良のくせにあいつに無駄に学力があることは学校でも有名な話。そのギャップもまた、あの男のモテる理由。まったく神様も一体なにを考えよるんか。


 なんにせよこの土地から通える範囲に大学はない。つまりはあいつは家を出るということ。生まれた時から隣同士やったあいつとこの春、初めて離れることになる。


 寂しい? まさか。けど『せいせいする』とも違う、なんとも言えん気持ちではあった。


「なにたそがれてるん、ババアみたいに」


「わっ!」


 考えていたところで本人が現れたからめちゃくちゃに動揺した。けどまさか私がこいつのことを考えよったなんて死んでもバレたくなくて慌てて平静を装う。


「……もう、ほんまに暇人やの、受験勉強は? 大詰めやないん」


「はー、おまえちう奴はほんま。つまらんこと言うなや」


 自転車を並走させてきたから横目に睨むと睨み返された。張り合うのもアホらしいので早々に視線を前方へ戻してため息をつく。


「どこの大学行くんか知りたい?」


 そんな私の態度をまったく気にせず相手は勝手に喋り続ける。鬱陶しいな、もう。


「べつに興味ないわ」


 無視しても余計に面倒臭いことになるので素っ気なくそう答えると、相手はなぜか嬉しそうに「ふん」と笑って続けた。


「心配すんな、近場じゃわ」

「誰が心配なんか」


「真知は? 大学は」

「ええ? ……私は」


 私は、実家がこの田舎の土地唯一の商店、いわゆるコンビニのような『なんでも屋』で、小さい時からその跡継ぎとして育てられてきた。「わたし女の子やし、大きなったらお婿むこさんもらうんよー」なんて、意味もわかっとらんうちから親戚のおばちゃんの言葉を真似て自分で言っていた。それを言えば周りの大人たちは必ず「はー、真知ちゃんはほんま親孝行やのお」と褒めてくれる。だから私はそれが正しいこととばかり思って育ってきた。


 けど、中学で吹奏楽に、音楽に出会ってから、大学、という道を初めて意識するようになったのはたしか。大学へ行けば大好きな吹奏楽を、クラリネットを続けられる。もっと技術を磨いて、きっともっと上を目指せる。


 けどその道を進めば進むほど、実家を継ぐ道は遠のく。家族をがっかりさせてしまう。「真知の好きなこと、やりたいだけやり切ってからでもええんやない?」誰かにそう言われたこともあったけど、それっていつ来るんか。やればやるほど、満足なんか出来ん。ずうっと上はあるもん。


 そこで、私は私に問いかけた。私はどうしたいんか。なにが一番大切か。今の私が、未来の私が、本当にやりたいことは、なに?


 そうして辿り着いた答えが、家のために、お店のために、自分の人生を捧げたいという考えやった。たぶん、それが一番私らしくて、あるべき姿と思える。だから、大学へは……行かん。そう決めた。


「跡継ぎやるもん」

「好きでもないやつと結婚してか」


 ぴくり、と反応して横目に誠司を睨んだ。こいつ、なんの話をするつもりか。


「……そんなんわからんでしょ?」


 意地の悪い問いかけは心地が悪い。棘のある声を返すと夕日に照らされる誠司は笑うでもなくこちらをちらりと見ながら続ける。


「むーっちゃタイプのイケメンが、『一緒に東京来てくれ』ち言うてきたらおまえどうする」


 またアホなことを。


「例えばじゃわ。そいつと同時に、デブでハゲで体臭きっついオッサンが『一緒にお店継ぎます』言うてきたら、おまえハゲの方と結婚すんのか、ち聞きたいんじゃ」


「なんよその質問」

 ほんまアホやな。ほんまに……なんでそんなこと言うんか。このアホは。


「店のためになら、ハゲのオッサンにも抱かれるんか、ちう話」


「……アホっ!」

 途端に頬がかぁっと熱くなった。今日ばかりは眩しく照る夕日に感謝した。


「なんや。まだ免疫ないんか。高二にもなって」


 感謝も束の間、相手には私の心の内なんかとうにバレよったらしい。苦し紛れに「あんたと一緒にせんとって! 穢らわしいっ!」と怒鳴っておいた。相手はそれでもまったく動じず涼しい顔をしていてまた悔しい。


「ふん。けどそういうことじゃろ? 跡継ぎで婿取るいうんなら、そのまた跡継ぎは期待されるに決まっとる。ちことはそういう覚悟がないなら結婚なんできんぞ」


「……わかっとるわよ」


「で? ハゲと結婚すんのか、真知は」

「なんでハゲって決めるん」

「例えばち言うたじゃろ、じゃあ臭いデブ」

「……中身はいいかも」

「財産目当てやな」


 答えられる、わけがない。お店は大事。けど……。


「それでええんか。そんな人生で」


 なんで、そんなこと言うんよ。


「誠ちゃんには、関係ないじゃろ」


 絞り出した声は消えそうで震えていた。相手はため息混じりに「まあな」と冷たく返すと「先帰る」と立ち漕ぎを始めた。


 あっという間にその姿は夕闇に紛れて見えんくなった。



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