王者の罠

「二人とも、三、二、一で行って」

 誰も異論を挟めない。

「三……二……一!」

 メイスを手にしたディアナが、テーベに向かって身を躍らせる。これにはテーベも振り向くしかない。

 理緒も飛び出し、階上に撃ち込む。そしてスピカとともに駆け抜けた。

 階下では、テーベがディアナに掃射する。とんぼ返りで他機の残骸に身を隠したディアナだったが、銃弾はそれを粉々にした。

 理緒は一心に走る。躊躇は、ディアナをさらなる窮地へ追い込むだろう。

 頭上の妨害に反撃しつつ一気に駆け、そして四階手前にたどり着く。

 左手のスコープで覗き見る。と、銃声は激しさを増した。

 巨大な正方形の吹き抜けを手すりが囲み、その対角から敵の銃火が瞬いている。

「気をつけろ。近くにも一機いるぞ」

『ええ』

 熱源は三つ。階段からは見えないが、その一つは間近にいた。

『わたしが抑える。あなたは、援護を』

『わかった』

 あうんの呼吸で飛び出す二体。

 理緒は対角に撃ち返し、スピカは右に走る。

 ところが――

『そんな……』

『……え?』

「な――」

 理緒のカメラが映したのはジュピターチームのどれでもない、他のチームの一機だった。

 四肢にダメージを負い、床に転がっている。

「理緒! もう一機は!?」

『……!』

 左の先にいるのもジュピターではない。こちらは両足と腕がなかった。

「囮はこっち。……ってことは」

 衝撃を受ける梓真に、追い打ちが掛けられる。

 一階を逃げ回るディアナの目前にアマルテアが出現した。残骸の中からだ。

 さらにメティスも姿を現す。両機とも、纏ったミラージュベールを宙に放る。

「くそ……こんなセコい手、俺ら相手に使うのかよ!」

 それができるからこその最強チームでもある。

『ねえ! 梓真!?』

「残りの一機は本物だ!  とにかく、そいつは倒せ!」

『そうね……それがいい』

 スピカの含みに梓真は気づく。だが、ともかく彼女は右の廊下を走った。それを狙う敵――おそらくアドラステアに、理緒は左から回り込んで援護射撃を行う。

 一階の広間では一対三の銃撃戦が始まる。

 包囲を崩すため、輝矢は接近を試みた。だが、そのたびに他機からの足止めに遭い、後退を余儀なくされる。

 残された手段は一つ、逃げるだけだ。

 足を止めたくない輝矢は、テーベのように残骸を盾にできない。銃弾はメイスで弾く。真琴の操作は的確に急所を守った。

 そこで、なぜかテーベが銃口を下ろす。他の二体も同様だ。

 ――いったい、なぜ?

 テーベが、朗々と声を発した。

『いい腕だな。おまえじゃなく、その相棒の方だ』

「……!」

「え? わたし?」

 真琴は自分を指さす。

 罠にはめてのこの言い様に、輝矢の顔は硬直した。

「違いがわかるの? 父さん」

『もちろんだとも。無謀なおまえをうまくフォローしている。AI自身のプログラムに適度なアクセントを加える、巧みさと意外性を併せ持った優秀な操縦士だ。スカウトしたい――と思わせる程度の、な』

「えー、それはちょっとぉ……」

 真琴はまんざらでもない様子。――いちおう、マイクは切っている。

『では、そろそろ戦闘再開といこうか。恨むなよ』

「……」

 でもわからない。なぜ突然こんな会話を?

 ――親子……だから?

 戸惑う時間は許されない。敵に向かって加速する銀の機体が目に入った。

 それでもアドラステアは射撃姿勢を崩さない。そのライフルを理緒の銃弾が破壊した。

 そしてスピカの穂先が敵を捉える。

(大丈夫かよ……)

 梓真の心配は杞憂に終わり、槍は易々とアドラステアを突き通した。

 理緒は反対側から到着すると、声に驚嘆を乗せる。

『……! これ……』

『ええ。使い捨てにされたみたい』

 廊下に伏せるアドラステアの体は満身創痍の状態だった。特に下半身の損傷はひどく、歩行は絶望的だ。だからこそこの急ごしらえの高台で、囮も兼ねて固定砲台の役目を担っていたのだろう。

「理緒、下はピンチだ! 早く戻れ!」

『そうね……そうだった』

 我に返った理緒は、階段に向かおうとする。

 それをスピカの手が引き留めた。

『待って。それでいいの?』

『え? どういうこと?』

 スピカの目が覗き込んだ。――理緒ではなく梓真を。

『加瀬くん。あなたはもちろん考えたはず』

「……」

『何? なんなのよ!?』

「……このまま逃げるって選択肢があるんだ。ディアナを助けには行かねえで……」

『な……何言ってんの? ……あんた、馬鹿じゃない?』

 揺れる声。彼女も気づいたようだ。

「西向きに風が吹いてる。パラシュートで窓から脱出して、そのまま逃げ切れれば……優勝だ」

 理緒とスピカの走力は高い。追いつけるのはメティスとアマルテア。どちらか一体ディアナが足止めできれば、可能性は小さくない。

『……嫌よ』

『どうして?』

『どうしても!』

 スピカのため息に合わせて、梓真も言葉を吐く。

「俺も、逃げるのには反対だ」

『……加瀬くんも甘いのね』

「そうじゃなくて――」

 すると真琴が口を挟む。

「あのっ! 結論は早めにっ! そろそろヤバいのっ!」

「……」

 包囲を逃れたディアナは柱の陰に身を隠していた。しかしテーベの銃撃は柱そのものを削り、メティスとアマルテアが左右から回り込む。じりじり迫る両機に一分の隙もない。

「……敵の……神木の狙いは各個撃破だ。ディアナを残して逃げるのは、ヤツの思う壺って気がする」

『じゃあ、みんなで残ったとして、勝算はあるの?』

「……」

 そこへ輝矢が割って入った。

「アドラステアを倒して、今は三対三。一機が一機をしとめればなんとかなるんじゃない?」

 間延びする口調の中に、緊張と焦りが見え隠れする。

「……できると、思うか?」

「僕の趣味じゃないんだけどね、本当は」

「ああ、よぉく知ってんぜ?」

 口角を上げる梓真に、輝矢の横顔がにんまりと返した。

「おまえらしくなくたって、いいんじゃねえか。親父さんを相手にしてんだから」

 古今東西、父親は男にとって越えるべき存在だ。彼ですら、熱くなる。

「というわけなんだけど、スピカさん、それでいい?」

『……フォローはしてあげる』

 スピカは平静に答えた。

 作戦の雛形はすでに梓真の頭に浮かんでいる。あとは実行に移すだけだ。

 まずひとつ、奇襲は最大の効果を生む。

 さらに、神木から学んだことがあった。リーダー機は最高の囮となる、と。

 出し抜けにパラシュートが開いた。吹き抜けの最上階だ。

 ジュピターたちが見落とすはずもない。まして理緒はライフルを撃ちまくった。気づくな、というほうが無理だ。

 けれど、テーベは釣られなかった。

「さすが父さん……」

 一瞬の隙を突いて肉薄する――その相手を、輝矢は急遽アマルテアに替えた。

 そのあとをテーベの銃弾が追う。だが、秒未満の差でアマルテアの陰に逃げ込み、その火器をメイスの一撃で粉砕した。

 アマルテアも、それほどの隙を見せたわけではない。が、オルターの速度は超人級だ。わずかの隙が命取りとなる。

 ディアナに対して絶好の射撃位置にいたメティスは、理緒に向かって攻撃していた。

 それにテーベが気づく。

『かまうな!』

 はっとして、銃口を下げるメティス。逆に上空からの銃撃に行動を阻止される。

 テーベの銃は変わらずディアナを狙う。神木はあくまで各個撃破にこだわっている。

 だが、その射線はアマルテアが塞いでいた。

 ジュピターチームの、おそらくナンバー2。銃を失っても、ただ立ち尽くしたりはしない。自身のメイスを振るい、目まぐるしく動く。

 それでもディアナはその陰に隠れ続けた。一定の距離を保ちながらのその動きは、武闘というより舞踏に近い。互いが主導権を握ろうとするサルサダンスのようだ。

 そしてディアナは、その距離からアマルテアをする。

 メイスをメイスで受け、動きが止まったところで一発。動き出せば先回りしてさらに一発。

 取り回しの悪いロングライフルを片腕で操り、すべて正確に胸部の一点を狙撃する。

 これは対テーベ用に編み出した輝矢の戦術だった。

 しかし当の神木から、辛辣な言葉が返る。

『がっかりだよ、輝矢。その程度で俺を倒そうなどと』

 その論評にディアナの動作がわずかに遅れる。

「気にすんな! 効いてる!」

「……」

 輝矢は無言。ただ喉仏が上下する。

 しかし、梓真は確信していた。

 神木は言葉で輝矢の戦意を挫こうとしている。先ほどの作戦といい、会話といい、全力で輝矢を潰すつもりだと。

(昨日の仕打ちも、ヤツなりの教育的指導とか? ……いや、まさかな……)

 やはり危険な男だ。援護が欲しい。けれど今の理緒には、メティス一機すら手に余る。

 パラシュートは落下を和らげるもの。いつまでも空中に留めたりはしない。ライフルだけで自由にさせ続けないことは不可能だ。

 弾幕の合間にメティスが放った数発が、パラシュートに穴を開けた。それがぐんと、落下に加速をかける。

 間近に迫る地上からは、メティスの銃撃が続く。

 銃弾が理緒と腕の中のスピカをかすめる。

『恩田さん!』

 スピカが理緒を蹴った。空中で分かれた二人は、辛くもメティスから逃れる。

 しかし――

『駄目!』

 理緒は叫んだ。

 その目は、トリガーに掛かるテーベの指を捉えていた。


 たまる――

 そうつぶやいたのは神木だ。

 それに合わせてアマルテアが振り向く。

太丸たまるさんか。やっぱり……」

 そう繰り返した輝矢は、どこか懐かしそう。

 もちろん手加減はしない。動きを止めたアマルテアに連射して、あの一カ所を削っていく。

 通常、胸部中央はもっとも装甲が厚い。だが裏を返せば、重要機関が集中する急所でもある。

 そこを撃ち抜けさえすれば――

 梓真の目にも、あと一息と思えた。

 しかし、唐突にその胴体が眼前から消える。膝裏に銃弾を受けて横転したためだ。

 同時にディアナも伏せる。床に転がってもなおアマルテアの体は防壁となりえた。

 だがそこに嵐のような銃撃が薙ぐ。神木の容赦ない弾丸は、むしろアマルテアの背部に撃ち込まれ、無抵抗の僚機を粉砕していく。

 アマルテアは抵抗どころか、自ら弱点を凶弾に晒した。骨格上、オルターは胴体脇に厚みを作れない。これも人の擬態としての弱点だ。

 その内側にはデリケートな精密機械が存在する。跳弾は装甲内で破壊の限りを尽くし、爆発がアマルテアを前後に割った。

 煙幕が辺りを覆う。それでも途切れることなく銃撃は続き、その数発がディアナのライフルを破壊した。

(輝矢……)

 ディアナに残された手段は一つしかない。

 煙のくすぶるアマルテアの残骸を抱えると、銃弾の雨へ突撃した。

 その途上、アマルテアの下半身が脱落する。銃弾はそのままディアナの足に突き刺さり、神速は並足に変わるが、それでも駆けた。

 ついにテーベの下へたどり着き、メイスを振り下ろす。

 その瞬間――

 またしてもテーベが先んじる。僚機の残骸を引き剥がし、銃弾を見舞う。

 ゆっくりと崩れるディアナから、すでに反応は消えていた。

 けれどテーベは、素早く防御姿勢を取る。

 手遅れの援護射撃は理緒だった。

 その映像を輝矢は見ていない。放心の顔は天井へ向かい、背もたれに体を預け、腕はだらりと垂れ下がった。

「胸を張れよ」

「また負けたのに?」

「……違う。勝ち負けを言うなら、俺の読み負けだ。おまえはそれを五分に戻したんだ」

「……」

 輝矢の力が及ばなかったとは思わない。

 ジュピターにも二つの選択肢があった。

 相手のリーダー機を全機で討つか、自らのリーダー機を守るか。

 神木が後者を選んだのは、輝矢を脅威と見なしたからだ。

 ……他には考えられない。

「お疲れ、輝くん」

 ポン、と輝矢の肩を白い手が叩いた。

「先生はすごいよ、ホント。……父さんの言うとおりだ」

「そんなこと……輝くんだって」

 真琴の髪がふるふると揺れる。

 ゴーグルがないのは、彼女の出番が消えたからだ。

 唇を噛む輝矢に、梓真はふたたび声を掛けた。

「あとは、理緒に任せるしかない」

「……それと、正体不明の女に、ね」

 その何気ない皮肉が、梓真に刺さる。

「また、なのか……」

「……梓真?」

(俺はまた、見てるしかない……)

 理緒は距離を置いて銃口を向ける。その異変にテーベが気付いた。

『フラッグはどうした?』

『……』

『まあいい。あとでゆっくり探す』

『……輝矢を馬鹿にしたこと、お父さんでも許さないから!』

『攻撃されないと思っているなら大きな間違いだぞ、人形ひとがたのオルター』

『……』

『あくまで優勝を阻むつもりなら、容赦なくその頭を撃ちぬく』

「……」

 神木の威嚇に梓真が唾を飲み込む。怯んだのは理緒よりむしろ彼だった。

 そんな梓真をよそに、輝矢がこっそりと回線を繋げる。

「理緒。チャンスだよ」

『え?』

「チェーンガンは弾切れだ」

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