スティール・コンバット

 時刻八時。日はすでに高く、地平に居並ぶ入道雲を見下ろしている。

 真夏らしい強烈な日差しが八月の初日を迎えていた。

 舞台は丘陵地――

 フラッグのある北西の方角は起伏とともにゆっくりと下り、荒れ果てた大地の向こうに色濃い新緑が広がっていた。

 この見晴らしがくせ者なのだと思う。

 手を伸ばせばフラッグに届く――そんな錯覚に陥る。そして我先にと殺到し、壊し合う。

 ――そうかんたんには届きはしない。

 練習試合では直径十キロだった試合場が、本戦では五十キロにまで拡張される。その規模の敷地、しかも実弾も使用となれば、日本においてはただ一ヶ所、数多の市区町村をまるごと飲み込んで造成されたここ、国防軍最大をほこる東北演習場しか存在しない。

(そうか、蟻地獄だ)

 何かに似ていると思った。……蟻よりひどい。罠とわかった上で踏み込もうというのだから。

 盲目的に使役されるオルターは、例えるなら軍隊蟻だろう。隊列を組んで集団で戦い、しかも種の多くが盲目であるという。

 そして、梓真が今ここに立っているのも、大事なものに目を塞いだ結果だ。

 SC運営委員会も、梓真の目を一部塞いでいる。

 視界は東と目指すべき北西にだけ開けて、北は雑木林が層をなし、南西側には廃屋が並んでいる。

 ――理由は、その方角に“敵”がいるからだ。互いを視認できないよう、意図的に遮蔽物を置いている。

 チーム“東稜”が配置されたのは試合区域の南東部、時計の針が四時半を指す辺り。試合が終わるまで、輸送車両は一ミリも動かすことができない。

 一方で、人の移動にはある程度の自由が許されていた。つまり試合前に実弾練習をやっておけ――という運営委員会のありがたい配慮だ。

 おそらく他チームも梓真たちと同じように、試射が可能な林や森が近くに配置されているだろう。

「……あー、にしてもあちいなあ」

 不良軍人をそのまま絵にしたような男が、だらしない襟元に風を送っていた。姓は山野目やまのめ、階級は曹長。チーム東稜専属の審判員であり、梓真たちに対して絶対の権限を持つ。彼の機嫌を損なえば、即失格もあり得るのだ。

 直後、銃声が響いた。

 そのタイミングは挑戦的で、彼の怠惰をたしなめるよう。どうやら彼女は審判に微塵も媚びる気がないらしい。

 梓真から不良軍人のレッテルを張られた山野目だが、審判として最低限の責務を果たしてはいた。

 まだ試合前。梓真のように輸送車を離れて羽根を伸ばす者もいるだろう。他の誰かが後ろにいる可能性もある。従って、試射は進行方向である北西に向けてのみ行わなくてはならない。これを監督するのも審判の務めだ。

(くっそ、痒いじゃねえか!)

 梓真も蒸れたギブスを罵りながら、自分の役目を忘れていない。

「よし、ど真ん中だ」

 これでようやく戻ることができる。

 梓真は双眼鏡を下げながら、安堵のため息を漏らした。

「もう照準いじるなよ。やり直しはこれっきりにしてくれ」

「わかってるわよ。……わたしだって暑いんだから!」

 理緒は膝射姿勢を解いて立ち上がると、ゴーグルを外し、山野目と梓真を交互ににらんだ。

 その赤い顔に梓真がたじろぐ。

「冷却器は、ちゃんと動いてんだろ?」

「それでも!」

 その勢いに二度目のため息をこぼす。

(ま、ちゃんと動いてんならひと安心だが)

 軍隊では通常、オルター三機を人が指揮する。研究用として父の下へと送られてきたのも三機のオルター+指揮官用の装甲倍力化服アーマースーツだった。理緒が纏っているのがそれだ。

 しかしマニア垂涎の軍用スーツも梓真の食指を引かず、共有パーツの部品取りに使われながら、部室の片隅で燻る日々を送っていた。

 それを今回、理緒のために調整し、使用可能な状態にまで仕上げたのだが、正常に機能するのか不安が残る。

 外観がマルスと似通うのは仕方がない。武装はマルスからの流用だし、戦場においてオルターは指揮機の囮役も務める。マルスたちの素体が倍力化服に似せられているのだ。

 そんな機体の頭部から理緒の顔が覗いて、梓真に強い違和感を与えていた。

(やれやれ、参るぜ……)

 こればかりはとうぶん慣れそうにない。

 隣の中年男もそう思ったようだ。

「なあ、もっかいだけ忠告させてもらうが……」

「……」

 うんざりした顔で梓真が見返す。

「今からでも遅くねえ。ここで棄権にしねえか? な?」

「い・や!」

 理緒が梓真に先んじる。

「あのなあ、おまえらどうかしてるぞ。この、彼女……」

「オリオン」

 梓真が答えたのは理緒の登録名だ。

「オリオンちゃん、とんでもなく高価なんだろ? もったいねえとは思わねえのかよ? こんな……」

 それは梓真も承知の上だ。

 こんな、人と見まがう最上級のオルターを出場させる馬鹿は他にいない。

 山野目によると、彼女の入場は検査室に大混乱をもたらしたとのこと。まず「女の子がオルターのフリをして紛れ込んだ」として擦った揉んだがあり、ようやく「人でない」ことが判明し、その高い擬態機能に技術者一同騒然となった、のだとか。

「へたすりゃ自家用ジェット買えちまう値段なんじゃねえの? 優勝賞金の……何倍だ?」

「へえ、そんなのもらえるんだ。初耳なんだけど?」

 皮肉を込めた笑み。この受け答える姿をオルターと思う者はまずいない。

「賞金はな、取り決めで全額学校に持ってかれんだよ」

「ふーん? そうですか」

「うっそだろマジかよ! ……じゃおまえ、なんのために出んだよ? 神木みてえに名前を売って商売でも始めんのか?」

「……」

 口を閉ざす梓真のゴーグルに輝矢の通信が入る。

『梓真。そろそろ戻らないと焼け死ぬよ』

「だよな。……戻ろうぜ、おっさんも」

「まずわたしに言いなさいよ」

 そう言って理緒は背中を向けて歩き出し、ライフルとバンカーを装着した腕を交互に振る。その後ろ姿を梓真も追うと、一人、山野目だけが取り残された。

「おい、待てって。話は――」

「おしまいだ」

 輸送車とは、つまり軍用4トントラックだ。

 理緒が輸送車の後部扉に潜り込み、続いて梓真も短い梯子に取り付いた。

 内部は縦横に広く奥行きもあるが、余裕はない。ここには人間四人と四つの機体が機材とともに押し込められていた。

「こんなの、モノホンの兵員輸送車の狭っ苦しさとは比較になんねえぞ」とは、山野目の談だ。

 貴重な空間であることは間違いない。アルミ合金と断熱材が四十度近い炎天から守り、中をひんやりとした空気で満たしていた。

 深い呼吸で体を冷ます。しかし被り物のせいで効果は半ば。

 しっかりと固定されたゴーグルを片手で外すのは難しい。悪戦苦闘する梓真に救いの手を差し伸べたのは山野目だった。

「こんなになっても出たいかねえ」

 痛い指摘が左腕に刺さる。梓真は片手でゴーグルを奪い返すと、モニター横の作業台に置いた。イヤホンとマイクを取り外すためだ。

(い……てえ)

 左の肘と肩がギシギシとした。台の高さは手頃で、左手も使えなくはない。

 そこへ――

「わたしも、脱ぎたい……」

 吐息まじりの悩ましい声が、腕の痛みをどこかに追いやる。

「も、もうすぐ試合開始なんだが」

「脱がせてあげようよ」

 真琴の潤んだ目が梓真に迫った。

「いや、あのな……」

 意外にも理緒が梓真に加勢する。

「あー……ごめんね、先生。ちょっとわがまま言ってみただけなの。大丈夫だから」

「ホントに?」

「うん、ほんとほんと」

「で、問題はねえんだな。暑い以外で」

「大丈夫」

「こっちもオーケーだよ」

 不敵な笑顔は輝矢へリレーした。後ろではメルクリウスとディアナ、そしてポボスが待機中。腕の不自由な梓真に替わり、彼が整備一式を引き受けている。

 理緒にどう打ち明けられたのか、父親をどう言い含めたのか――その晴れやかな顔の内にあるものを梓真は知らない。

 ただ一人、真琴だけが戸惑いを表にする。

「なんでこんなことになったのか、わたし、ぜんぜんわかんないよ。理緒ちゃんがオルターってだけでショックなのに、試合に出るとか、ありえない……」

(全部、俺のわがままだ……)

 だが、あとに引くつもりもなかった。

「そろそろ時間だ。全機、外へ」

「理緒ちゃん。わたしが……じゃない、メルちゃんが守ってくれるから、だから、無事に戻ってきて」

 理緒は無言の微笑で答えた。


「四十五……五十……」

 山野目が腕時計の秒数を読み上げる。試合開始まであとわずか。

 四体のオルターがいなくなった車内は、雑然としながらも空間的ゆとりを取り戻していた。

 荷台の最前部には左右を向いた簡易指揮所が設けられ、右に真琴、左に梓真と輝矢が座り、審判たる山野目だけが所在なく後部扉の脇に寄りかかっている。

「……五十五、六、七、八、九、九時ジャスト。試合開始!」

「まこ、メルクリウス発進だ。ゆっくりとな」

「りょおかい」

 それは理緒のゴーグルに備え付けたカメラからの画像だ。背中越しに返事とともに、メルクリウスが草地へ足を踏み入れる。

 しばらくあとに――

「理緒」

「ええ」

 映像はメルクリウスを追いかける。理緒も移動を始めたのだ。マップでは、その後ろにディアナとポボスが続く。

 梓真は一息つき、キーを叩いた。モニターに呼び出したのは運営委員会の登録情報だ。

 参加チーム総数は百四十四。たった今、五百七十六体のオルターが、フラッグを目指して発進した――操縦者たちの期待と不安、野心と疑心を背負って。それを思い、柄にもなく梓真の胸にも熱情の炎が燃えさかる。

(できるだけ潰しあってくれよ……)

 マルスの喪失と理緒の参加が梓真をいつになく消極的にしていた。フォーメーションの変更もその一つだ。

 普段は前衛をポボスがつとめるが、今回はバックアタックを警戒して殿に回る。後方警戒の弱い理緒は安全な中央へ。ディアナは支援機だから、正面はメルクリウスしかありえない。負担はいずれメルクリウスに集中する。梓真としては敵の自滅を願うばかりだ。

 まずは両隣り。これをやり過ごして共倒れを狙う。だがそれは出場チーム誰もが想定する戦略の常道でもあった。

 ポボスの索敵により、すでに八つの光点がマップに表示されていた。両チームともオーソドックスな菱形陣形。二者の距離はまだ遠いが、移動は速く、すぐにでも接触するだろう。

 彼らを無謀とは思わない。積極さが勝利を生むこともある。

「全機停止して伏せろ。音を立てるなよ」

 メルクリウスが、続いて理緒が茂みに身を潜める。敵にポボス並の索敵能力がないかぎり、見逃してくれるだろう。

 じりじりする沈黙を輝矢が破る。

「梓真」

 二チームの拡大画像と登録データを自分のモニターに表示していた。

「チーム・アトラウスと、……こっちはえーと、チーム……銅鑼-gunドラガン?」

 接触は想定よりも早かった。先に仕掛けたのはアトラウスだ。

 ほとばしる四条の光が先行する銅鑼-gunの右側面を襲った。距離は五百メートル強と、やや遠い。火線はもっとも近い細身の一機――D-1に集中したが、それは鱗のような鎧に阻まれてダメージを与えなかった。

 銅鑼-gunも反撃する。

 D-1の前を樽のようなD-2が守り、D-3・4が左右に展開、銃撃を開始した。D-2を全面に押し立て菱形陣形で前進する。四機すべてが重装型のアトラウスは、膝射の姿勢で防御を固めて撃ち返す。

「そおっと後退できるか?」

 理緒がゆっくりと後ろを向いた。

 火線はメルクリウスにも近く、いつ流れ弾が来るとも限らない。

「頭上げんな」

『わかってる』

 画像は草むらを擦りながら後方にいたディアナの背中を追いかける。

 戦闘はどうなったのだろう。

 理緒の後方カメラは観測に向いていない。梓真は焦れ、画像をメルクリウスに切り替えようとした、その矢先――

「なんだ!?」

 かつん、と擦過音。理緒ではない。

「あっくん! 見つかった!」

 梓真の背中から金切り声。

 メルクリウスのカメラが迫る四機の銅鑼-gunを捉えていた。どんな心境の変化か、足を止めていたアトラウスも全機が向かってくる。それも銅鑼-gunと一定の距離を保ちながら。

(くそ、……)

 梓真は迷った。まともにやりあえば四体八。戦いようはあるが、消耗は避けられない。

 それに――

「理緒、敵方向を向いて停止だ。見つかるなよ」

『え?』

「まこ、バックステップで3時に移動」

「おっけえ」

 メルクリウスの画像からノイズが消え、八つのオルターが鮮明に映し出された――かと思えば、視点の上昇とともに足下が高速に左へと流れる。

 そして敵の機体に、自らの銃火と異なる光が巻き起こった。

 バックステップは正面に銃撃を加えながら後方へ“駆ける”オルター専用のスキルだ。どんな装備を揃えようとも人には絶対真似ることができない。

「仲良しをいつまで続けられっかな?」

 3時方向――東に向かうメルクリウスを、銅鑼-gunは直線で追いかけ、足の遅いアトラウスたちは銃弾だけが追った。やがてアトラウスの射線は銅鑼-gunに重なっていく。

 しょせん、互いを知らない急造チーム。連携は取れていないし、対応も遅い。

 アトラウスが躊躇すると、メルクリウスは銅鑼-gunを翻弄するようにステップをランダムに揺らし始めた。移動速度は鈍るが、敵の銃撃も散る。

 余裕を取り戻した梓真は、画面を理緒のカメラに戻す――と、そこに、心臓が飛び出すサプライズが待っていた。

「ちょっ、おまえ! 何やってやがる!」

 視界が高い。理緒は立ち上がっている。

「理緒、だめだよ!」

 カメラが地面に沈んだ。後ろからディアナが組み伏せていた。

『離してディアナ! メルクリウスを助けなきゃ!』

「見つかっちまったか?」

「どうだろ……」

『ちょっと、輝矢、梓真!』

「おまえ……言ったろ? 待機だ」

『メルクリウスを見捨てるの!?』

「あのなあ……」

『馬鹿にしないで。わたしを当てにしてくれたっていいでしょ!』

「理緒、ここは辛抱だよ」

『何よそれ……』

 銅鑼-gunが距離を詰めつつあった。彼らの足は案外に速く、バックステップでは逃げ切れそうもない。

「理緒ちゃんこそ、メルちゃんをもう少し当てにしてほしいわあ」

 真琴の声は平静を装っているが、荒い息は隠しきれない。緊張? 高揚? 初めて目にする幼なじみの姿だった。

(耐えてくれよ……)

 いまだ直撃はない。しかしヒヤリとする銃撃が幾度かあり、装甲を弾いたその音が耳にこびりついていた。

 敵の弾が当たらないのは侮りもあるだろう。今のところ、メルクリウスは逃げの一手だ。

 ――では、本気の反撃に転じたら?

「まこ、頃合いだ。1時の方角へ」

「……!」

 メルクリウスの足取りがバックステップから横走りに変わった――アトラウスの射線が銅鑼-gunと完全に重なるように。それを避けて銅鑼-gunが逃げる。

 ところがその瞬間、悪意ある一発が太っちょD-2の膝裏を打ち抜いた。

「あは」

 隣から無邪気な笑いが飛び出す。

 梓真は、見事な長距離射撃より、そのタイミングのあくどさに舌を巻いた。

 それを機に乱戦が始まる。銅鑼-gunはメルクリウスを追うどころではない。背中を任せた同士の裏切りに、怒りの反攻を行う。

 アトラウスも応戦する。彼らにとっては銅鑼-gunこそが裏切り者だ。だが状況の不自然さに戸惑いを隠せない。

『ねえ……』

「まだだ」

 この場はなるべくメルクリウスに任せたかった。乱戦に乱戦を混ぜると予想外の結果を招きかねない。輝矢も同じ思いのようで、ディアナを草むらに伏せたままだ。

 ふさけた名前の割に、チーム・銅鑼-gunは精強で、挟撃を受けながらも善戦を続けていた。士気の差か、致命傷こそないものの、アトラウスの側が追い込まれている。

 するとメルクリウスが大胆に出た。距離を空けるD-4の正面に躍り出し、関節部に銃弾を撃ち込む。しかしD-4の装甲はしなやかにそれを受け止める。

「なんで?」

『マコト。ハンマー』

 ポボスが言葉を被せた。

「えっ?」

「まこ、やってみろよ」

「う、うん」

 D-4のバックステップは、メルクリウスの前進より遅かった。打ち込んだ戦槌がD-4の左肩を砕く。

 潮目が変わったのはその時だった。

 アトラウスの一機が彼なりの全速力でD-3に迫り、その脇をメイスでえぐる。それを見た僚機も格闘武器を手にD-1に向かうと、銅鑼-gunはたちまち守勢に追い込まれた。速度で勝る銅鑼-gunチームの弱みは、地面にへたり込んだD-2だ。見捨てるつもりはないようで、これを守るため、その素早さを活かせずにいる。

 梓真は、D-2の足だけを奪った輝矢の真の悪辣さをようやく理解した。

 アトラウスの連携はそこそこに巧く、D-2を中心に包囲を固め、確実に追いつめていく。

 そんな中、メルクリウスと相対していたD-4の背中を致命弾が貫いた。

「あ! ずるい!」

「まこ。そろそろアトラウスに加勢しねえと――」

 梓真が言い掛けたその時だった。

 D-2が完全に崩れ、すると見るまに、残る銅鑼-gunの二機から戦意が消えていった。

「……ああ、もちろんわかってる」

 独り言に聞こえた山野目の言葉は通信機との会話だった。彼はそれをしまい、梓真たちに告げる。

「銅鑼-gunのリーダー機が撃破された。なので、残った二体には攻撃しないように」

 つまり、敵はアトラウスチームのみ。だが、いまだ四機が健在だ。

「まあ、がんばれや」

 山野目の口角が持ち上がった。

 同じ宣言がアトラウスチームにも伝えられたようで、銃口すべてがメルクリウスに向く。

 その圧力に梓真は緊張した。

『梓真!』

「ああ、出番だ」

 一番近いA-3まで二百メートル。気づかれるまでが勝負だ。

 理緒は茂みから飛び出し一気に駆けた。

 百五十……

 百二十……

 メルクリウスに対して、アトラウスはじわりと両翼を伸ばしながら銃撃を控える。先に包囲を整えるつもりのようだ。

 距離が百を切る。そこで左端のA-1が振り向いた。

 理緒が発砲する。だが銃弾はA-3の足をかすめただけ。

 戦いが始まった。

 A-1・A-3の二体が理緒と対峙する。メルクリウスの援護はA-2に阻まれ届かない。足を止めた理緒に敵の攻撃が集まり、梓真は冷や汗を流した。

「バカ! 動け!」

『だって、当たらない』

「いいから!」

『……!』

 手を付いて横へ逃れると、アトラウスの銃弾は間一髪で地平に流れた。

 ごろごろと寝返る理緒のあとに弾痕が続く。

 しかし突如、A-3の頭が転げ落ちる。首筋を打ち抜かれたためだ。

「動かないとそうなるんだよね」

 致命傷ではない。だがA-3の動作に乱れが生じ 理緒に起き上がる隙を与えた。たかがメインカメラ、されどメインカメラなのだ。

 理緒は右腕を構えた。

『はっ!』

 かけ声はズン、という破砕音と重なり、A-3の銃口が垂れ下がった。だが――

「理緒! 離れろ!」

『え?』

 A-3の背後は理緒の死角となっている。そこにA-1が迫った。

 突き刺さったパイルを抜く間に、敵のメイスが転倒させる。

 メルクリウスは二機を相手にしていた。残る戦力はポボスだけだが、さっきから積極的に動こうとしていない。

「おい! 何やってんだ!」

『……コッチヲ見テル』

「いったい、なんの…………!?」

 それは、西の方角にいた。

 理緒やメルクリウスと同じデジタルの森林迷彩だが、隠れもせず、仁王立ちでこちらを向いている。銅鑼-gunでもアトラウスでもない、第三のチームだ。

 その優美な鎧に梓真は苛立った。

「なんのつもりだよ……」

 ポボスからは五百メートルの位置。偵察にしては堂々としすぎている。

 囮か、それとも介入の機会を窺っているのだろうか?

 ふと、モニターを陰が覆う。輝矢が身を乗り出して覗き込んでいた。

 その目に、当惑の色が映る。

「おい……?」

『ちょっと……やだ!』

 理緒のカメラが中空を向いたのは悲鳴と同時だった。

「理緒ちゃん!」

 状況をメルクリウスが映す。

 A-1が理緒を羽交い締めにし、正面のA-3がメイスを手に攻撃の構えを見せる。

 メルクリウスの銃撃に敵は倒れるが、残る一機が行く手を塞ぐ。

「おい! 輝矢!」

「……」

 その声に我を取り戻した輝矢は無言で席に戻る。

 そこからの対応は素早かった。

 A-3の背部に放った三連射のすべてが、魔法のような正確さで背部の一点を貫く。

 すると理緒の拘束は解かれ、メルクリウスに対していた一機も両手を上げて降伏の意を示した。

「ようし、戦闘停止!」

 山野目が声を張り上げる。

「A-3がリーダー機だと、よくわかったな」

「動きがおかしかったからね」

「それはいいとして、アイツはなんなんだ?」

 ポボスの見つけた不明機が、いまだ動こうとしない。

「梓真は予習不足だね」

「なんだよ、優等生」

『アレハ、ジュピターチームノ新型』

「なっ!?」

 梓真は思わず画面を見返す。そこへだめ押しのようにポボスから登録データが送られてきた。

 ジュピター4、“メティス”とある。

「どうする、梓真」

「……」

「まさか逃げるなんて言わないよね」

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