怪物

 梓真は声を張り上げた。

 オルターキラーの体が跳ね、一瞬で理緒を羽交い締めにする。

(言わんこっちゃねえ!)

 “死んだふり”はSCにおける常套手段だ。これに騙され反撃を受ける場面を、梓真は幾度となく見てきた。

「こ……の……!」

 力の差は明白だった。

 理緒は自由になる腕で脱出を試みるが、密着したオルターキラーはびくともしない。

 梓真は辺りに獲物を探すが……

(……何かあったところで、俺に何ができるよ)

「だめよ、来ちゃ!」

「だって!!」

 理緒の声がヴェルを押し留める。だが、今にも飛び出して行きそうだ。

 そのやりとりに、オルターキラーが隙を見せる。

「梓真!」

 理緒の遠投は見事ストライク、梓真の胸にどすん、と硬いケースがぶち当たった。

 梓真は苛立ちを投げ返す。

「おい! まさか、これ持って逃げろとか言わねえよな!」

 理緒は勝ち誇ったような笑みを梓真に向けると、振り返って挑発した。

「あんた、これからどうするの? もう終わりよ。諦めたら? すぐに警察が来るわ。……そうでしょ?」

 梓真はむすっとうなずき、ヴェルは素直に、はいと答えた。見つかった時点で連絡を入れたのだろう。輝矢の通報はさらに早い。

 オルターキラーはある意味素直だった。まんまと挑発に乗っかり、腕に力を込める。

 苦悶の顔を浮かべながらも、理緒の挑発は止まらない。

「……そ…………殺すん……だ……」

「馬鹿!! やめろ!!」

 どちらに向けた言葉か、彼自身にもわからない。

 閃いたのはこの時だった。

「おいジャージ野郎! これをその馬鹿女と交換だ!」

 ケースを肩に構えると、拘束がわずかに緩んだ。

「ちょっ……何言い出すのよ! せっかく――」

 彼女までもが戸惑いを見せたが、梓真はどこ吹く風と言葉を重ねる。

「俺がこれを投げるのと同時に、てめえはそいつを放す。どうだ?」

 オルターキラーは不細工ながらもうなずく動作を見せた。

「いいか? ちゃんと追いかけるんだぞ? さっきみたいな四足歩行でな。いっそ、口でくわえてみせろよ」

「ちょっとあんた、やめなさいよっ、こっの……」

 じたばたと理緒がもがく。そのすさまじい暴れ方は、むしろ自分を傷つけそうだ。

「恩田さん、落ち着いてください」

「ダメ! 馬鹿!! あほ梓真ぁあ!!」

「いいか……オラ行けえ!!」

 梓真はケースを投げ込んだ。

 暗灰色の怪人がそれを追う。が、さしもの男も間に合わず、二つは闇の向こうへ消えていった。

「いやあ、アイツやっぱり馬鹿だったんだな。よかったぜ、馬鹿で」

 梓真の目論見は大成功。だがしたり顔の梓真を迎えたのは、救助者のののしりだった。

「馬鹿はあんたよ!」

「おまえなあ……」

「……なんで、せっかく……」

「大丈夫か? 怪我は?」

「…………平気……大丈夫じゃないけど」

「じゃ、行くぞ。できるだけ早く」

「……」

 目を逸らし、ヴェルに肩を貸す理緒。

 身長差のある二人だが、その二人三脚は意外な速さで、梓真は追いつくのがやっとだ。

(俺も肩を貸そうかと思ったが、こりゃ、それどころじゃなえな)

 実のところ、梓真は疲労の極みにある。

 前を行く理緒が振り向いた。敷地から、ひび割れだらけの舗道に出るところだ。

「……騒がしいわね。何やってんのよ」

(お、俺か?)

 どきりとする梓真。

 幸いにも、彼女の視線はさらに後ろを指していた。

「……ポボス?」

 照明にちらりと映った影は、まさしくポボスだ。口にあのケースをくわえ、怪人から逃げ回っている。

 といっても、必死さはみじんもない。それどころか、オルターキラーを右に左に翻弄し、まるで鬼ごっこを楽しんでいるかのようだ。

 ふふんと勝ち誇る梓真に、理緒の眉がぴくりと跳ねた。

(さっきのお返しだバカヤロウ。さんざんびっくりさせやがって。……だが、さすが輝矢。俺のサイン、ちゃんと理解したみてえだな)

 四足歩行――

 口でくわえてみせろ――

 この二つが鍵だった。

 時間稼ぎが終わっても、ポボスなら逃げ切ることができるだろう。

「大丈夫って言ったろ」

「言ってないわよ!」

「とにかく、今の内にできるだけ逃げるんだ」

「……わかってる」

 こころなしか、理緒の顔に赤みが差す。

 離され始めた梓真は、駆け足に切り替えるしかなかった。

 呼び出し音が鳴ったのはそんな時だ。

『標的をそっちに変えたみたい。気をつけて』

「だとさ!……ハァ、急げ!」

 しかし一番余裕がないのが梓真だ。格好悪いことこの上ない。

 梓真は疲れを追いやって、アスファルトの薄闇にひたすら足を繰り出した。

 そこを長い影が差す。

「ひっ……」

 振り返った梓真の頭に何かが伸びる。

 紙一重でかわすも、倒れ、背中をしたたかに打ち付けた。

 そのまま退る梓真に、オルターキラーがふたたび襲い来る。

「梓真!!」

「来んなあ!!」

 裏返る声。迫る恐怖に目を閉じることすら忘れている。魔手が眼前に広がると、それは絶望へと変わった。

 だがその刹那、閃光がほとばしる。

 細めた目に、牙を立てるポボスの姿が飛び込んだ。

 “雷撃”は、ポボス唯一の攻撃手段だ。

 オルターキラーはポボスを解こうと腕を振り回す。その間に理緒は梓真を引きずり、無理矢理立ち上がらせる。

「しゃんとしなさいよ」

「お、おう」

 格好悪い、本当に。

 そこへ再度の雷撃。夜の野に黒い体が晒される。

 逃亡の好機――

 にもかかわらず、梓真はその場を動こうとしない。

「何やってんの!?」

「おかしい……」

「ほら、逃げないと!」

「雷撃が効いてねえ?……なんで!?」

 追い回すオルターキラーとかわし続けるポボス。雷撃を無効にされてしまっては、他に打つ手はない。

「もう!」

 理緒の手に、梓真はまたも引きずられる。

「前を向いて。転ぶわよ」

「あ、ああ」

 あとはポボスに賭けるしかない――そう割り切って二人を追う。すると、三度目の光が舗道の轍を照り返す。

(何かが……いったい……)

 違和感に、足を止めず振り返る。

 そこには一直線に追ってくる怪人の姿が――

「くそぅ!」

 背中にポボスが取り付いていたが、その能力を見切られたのか、かまう様子がまったくない。

 ポボスは離れ、間に入って威嚇する。だがもうオルターキラーは相手にしない。

(クレイのAIは……どっかに隠してきたんだろうな。……もはや打つ手なし、か)

『梓真、やばいかも……』

 輝矢の声に切迫感が漂う。

 息荒く、梓真が答える。

「なあ、もう一度雷撃を食らわせてみねえか?」

『電力も残り少ないんだよ?』

「それでも、だ」

『……』

 無言の承諾に、ポボスは攻撃姿勢を取った。

 するとなんのつもりか、オルターキラーも腕を引き、攻撃の構えを見せる。届く距離とは思えないが……

 そこに金切り声が響いた。

「気を付けて!! そいつ、袖に何か仕込んでる!!」

「ば……おまえ、早く言えよ!」

「しょうがないじゃない!」

 低く後ろへ飛ぶポボス。その鼻先に何かがかすめた。

 あれは――

「パイルかよ……」

 オルターキラーはマルスと同じパイルバンカー使いらしい。梓真にとっては不愉快な事実だった。

 ポボスは射程外に逃れたまま。梓真たちとは距離を置いている。

 そこへじり、と、オルターキラーが一歩を踏む。らしくもない慎重さだが、明らかにポボスを射抜く機会をうかがっている。

 息を止め、見守る梓真。理緒とヴェルも足を止めていた。

(だよな、そうするしか……)

 隙がない、こちらも隙を見せられない。

 オルターキラーは意識をポボスに向けている。だがもし誰かが逃げ出せば、たちまち追ってくるだろう。

 けれど梓真は意を決し、動く素振りで注意を引いた。隙らしい隙ではなかったが、それをポボスは見逃すことなく瞬時に跳ぶ。

 直後、オルターキラーを光の奔流が包んだ。梓真はまぶしさに耐え、その結末を見守った。

 ――やはり……

 つぶやく間に光明は消え、闇夜の中に梓真は叫んだ。

「服を破くんだ! 丸裸にしちまえ!」

 攻防が再開した。

 先ほどと似て非なるのは、ポボスが攻撃側に転じたことだ。

 オルターキラーの腕の振りは、完全に防御のため。けれどポボスはそれをかい潜り、足、胸、背中を切り裂いていく。

「あの必死さから見て、当たりなんだろう」

「なんなの?」

「対電スーツだ。あれがアースの役割をして、雷撃を地面に流しちまうのさ」

「それで……」

「逃げるぞ。今度こそチャンスだ」

「ええ」

 振り返っても、ポボスの優位は変わらない。オルターキラーのあちこちに服の裂け目が広がって、後退を余儀なくされていた。

 そしてついにフードを一閃、オルターキラーの顔を露わにした。

 その正体に梓真の体が硬直する。……動かせたのは発声器官だけ。

「マルス……?」

 小さな呼びかけを、オルターキラーは聞き逃さない。ポボスに背を向け、全力でこちらに走り出した。

「何やってるのよ! 逃げるんでしょ!?」

 耳元で理緒が声を張り上げる。

「……あ、あれ……」

「あれが何よ!」

「マ、マルス……!」

「バカじゃないの!? マルスのわけないでしょ!」

 そう言い放ち肩を掴む。ところが梓真はそれを振り払った。

「梓真……」

 恐怖はない。脳裏を埋めるのはただ、疑問符だけだ。

 頭上に迫るオルターキラーが連続した静止画に変わる。そして心、体、さらに時間までもが凍結フリーズした。

 ……

 …………

「ヴェル!!」

 何があったのだろう。

 寝ころぶ梓真を理緒が組み伏せていた。その視線が、宙に浮くヴェルを指す。

 背中を向け、頭を何かに掴まれて……

 ――!!

「こっの……放しなさいよぉっ!!」

 理緒が地を蹴り、その手にしがみついた。

 理緒が必死に剥がそうとしているのは、ヴェルの頭に食い込む指だ。だが容易には外れそうもない。

「いいから、逃げてください……」

「できるわけないでしょ!」

 理緒の抵抗を意に介さず、指はヴェルに食い込んでいく。

「わたしより、加瀬さんを…………」

 持ち上げられ、ヴェルの声が遠ざかる。

 それを見送るしかない悔しげな顔が、そのまま梓真へと向いた。

(……まさか俺のせいなのか? ヴェルは、俺をかばって……)

 梓真がようやく上体を起こすと、理緒は黙ってその手を引いた。

 その矢先――

 オルターキラーの首にポボスが食らいつく。

「だめ!!」

 頭がむき出しの今は、雷撃のまたとない好機。だがそれはオルターキラーの体を伝い、確実にヴェルを襲うだろう。オルターキラーと同等のダメージを彼女も負うことになる。

 ポボスは地面へ戻った。掴みかかるもう一方の手から逃れるためだ。

(こいつ、次はどうする? 逃げるってんなら、どこまでもポボスが追っかけるぜ)

 ――オルターキラーの目的はAI。ヴェルを捕獲した以上、この場所に留まる理由はない。あるいはもう一つの獲物、クレイのAIを探しに戻るか……

 しかし梓真の予想は裏切られる。

 オルターキラーはまったく違う行動へと転じた。持ち上げたヴェルを、ポボスに向けて振り下ろしたのだ。

 当然ポボスはそこから逃れる。しかし二撃、三撃と、オルターキラーは執拗に攻撃を繰り返した。

 ヴェルの服は破れ、全身が泥に塗れていく。

 その光景に理緒が言葉を失う。

 ついに関節が砕け、ヴェルの体がだらりと垂れ下がる。すると今度はムチのように振るい始める。

(AIさえ無事ならそれでいい、ってか……!)

 かわし続けたポボスは、いつか水路の調節口を背にしていた。横に逃れたポボスを追って、そこにヴェルが打ち込まれる。

 闇夜に白い腕が舞った。

「やめなさいよぉ……」

 ふらふらと、理緒が立ち上がる。やっと戻った声には涙が混じっていた。

 呼びかけに応え、オルターキラーの動きが止まる。だが、束の間に過ぎなかった。

 バイザーに狂気を灯し、ふたたびヴェルを振り上げる。その下に――

 調節口には、ハンドルの外れた剥き出しの軸が突き出ていた。

 仕返しか、ヴェルを串刺しにするつもりだ。

「ダメ!!」

「マルス!!」

 同時に叫び、飛び出す二人。理緒は軸に被さり、梓真はヴェルを受け止めようとする。

 感情に流されたわけではない。むしろ心は、恐ろしいほど冷めていた。

 あの腕力だ。よくて重傷、……おそらく死ぬだろう。

 それでも責任があった。自分はマルスのパートナーなのだ、と。

 たとえ何かに操られているとしても……

「マルス……!」

 ぼろ雑巾のようなヴェルが、梓真をかすめる。ポボスの体当たりが軌道を逸らしたからだ。しかし反動で宙に舞ったところを、すかさずパイルが襲いかかった。

 ポボスは地面に叩きつけられ、そのまま停止する。

 梓真が一人、オルターキラーと対峙した。命の危機に息が荒れる。だが梓真もポボスも、もはやオルターキラーの眼中になかった。

 食指はヴェルの頭部へと伸びる。

「マルスっ!」

 体ごと飛び込んだものの、オルターキラーはうるさそうに横を向いただけだ。

 無意味の突撃は転倒と激痛で報われた。

「梓真っ」

 うずくまる梓真を理緒が起こす。

「何やってんのよ!」

「だってよ、他に……」

 見上げると、オルターキラーは力任せにヴェルの髪を引っ張り、後頭部の蓋をこじ開けようとしている。AIを取り出すつもりだ。

 ぎゅっと、理緒が抱きしめた。

(ただ見てるだけかよ……)

 立ち上がる気力も体力もすでに尽きている。

 何もできない。無力だった。

 そこに――黒い影が現れる。

 オルターキラーに体当たりするその姿は、先ほどの梓真が乗り移ったかのよう。

 しかし、結果には雲泥の差があった。オルターキラーは音を立て倒れ込んだ――あっけないほどたやすく。

 ようやく解放されたヴェルを理緒が受け止める。

 それを見届けると、影は梓真たちを背にして仁王立ちに構えた。

 驚き、戸惑う梓真。

「……マルス?」

「当たり前でしょ! だから言ったじゃない!」

「マ、マルス……」

 見慣れた背中に心が震えた。

 そこに聞き慣れた声が飛び込む。

『ま、間に合ったあ……』

「てめっ……なんで内緒にしてた! おかげで俺は――」

『だって、アイツにまで聞こえちゃうじゃん?』

「……って……」

 輝矢の言い分は正しい。奇襲は上策といえた。

『とにかく安心して。電力はたっぷりあるし、梓真たちはのんびり見物してたらいいよ』

「……。ああ、よぉくわかった」

 梓真は会話をそこで打ち切ると、這って理緒の耳元にささやいた。

「……逃げるぞ」

「え? でも……」

「いいから急げ!」

「……わかった、けど……?」

 どうやら、マルスのエネルギー残量に問題があるらしい。輝矢の言葉はそれを示唆していた。盗聴の可能性をほのめかしたあとでは、逆の意味が正解のはず。

 理緒との会話も聞かれたかもしれない。ではなおのこと、さっさと脱出するのが正解だろう。

 梓真は無理矢理に立ち上がった。

 だが――

 足が重い、これ以上ないほどに。つらいリハビリの記憶が蘇った。

 ヴェルを抱え上げる理緒に、梓真も肩を貸す。すると、さらにずっしりとした重さが足にのし掛かった。

 理緒の眉根が寄る。

「そのへっぴり腰、なんとかならない?」

「……う、る、へぇ……」

 彼女一人のほうがマシかとも思えたが、それではバランスが取れない。今のヴェルは糸の切れた操り人形と同じだった。

 ともかく梓真は気力をフルに振り絞り、ヴェルの体を一歩分だけ運んだ。ほとんど理緒の力で、ではあったが。

 二歩目を踏み出した時だ。

『梓真! 後ろ!』

 せっかくの警告だったが、梓真たちには逃げようがない。できるのは、しゃがみ込むか、振り向くか……

 背景のガス施設を大きな影が覆い隠していた。飛び跳ねながら、半人半獣の動きで接近する。

(想定できない動き、輝矢でもお手上げか……)

 それでも間一髪、マルスが間に割って入る。しかしその捨て身の防御が仇となり、胸に深々とパイルを打ち込まれてしまう。

「マルス……」

 振り向き、崩れるマルス。その一瞬、バイザーに梓真の顔を写した。

 あとには四つん這いのオルターキラーだけが残る。顔に灯した妖しい光が獲物を見定めていた。

 その顔前に理緒が立ちはだかる。

(無駄だ、やめろ……)

 オルターキラーの上体が地面につくほどに屈んだ。――今にも飛び込んでくる。

「理緒!!」

 瞬間、激しい落雷が起こる。

 それは辺りを炯然とさせながらオルターキラーにたっぷりと降り注ぎ、体を黄金色に染めた。

 オルターキラーはもがき、苦しんで、関節をあらぬ角度に曲げる。断末魔の顔が天を仰ぎ、がっくりと崩れて停止した。

 その後ろでポボスも倒れる。今度こそフェイクではないだろう。今の放電で力を使い果たしているはずだ。

 それでも油断はできない。梓真はじっくりとオルターキラーの様子を観察した。

 すると、その異様に気づく。

(なんだ、こりゃ……!)

 悪臭を放つ白煙の下に、剥き出しの人工筋肉があった。服はおろか一次装甲まで捨て去っている。

(最後のトリッキーな動きは、これが理由か)

 ――あれは、オルターキラーにとっても捨て身の攻撃だったのだ。胴部の筋肉をかき分ければ、たやすく中枢に手が届いてしまう。

 雷撃を直に浴びて、全身の回路や基盤、AIまでもが焼き切れたはず。立ちのぼる煙がそれを証明していた。パイルバンカー装着のためか、右の前腕にだけ装甲の痕跡がある。しかしバンカー内部の誘爆を受け、もっとも大きな傷跡を残す部分でもあった。

 確実に、二度とは起き上がることはない。

 梓真は初めてオルターキラーを哀れに思った。残虐な行為も、惨めな姿も、すべてこれを造った者のしわざだ。

(結局、ただの人の奴隷か……)

 そう思わせたのは、その姿があまりにもマルスと似ていたからだ。フレームはもとより、カメラと人工筋肉の位置、回路の配置に至るまで、完全に一致する。うり二つと言っていい。

 そしてふと頭を振った。オルターキラーとその製造者を、マルスと自分に重ねてしまったからだ。

(そんな必要ねえ! こいつらと俺たちとは違う、絶対!!)

『……ずま。無事……い』

 端末の声は途切れ途切れだ。残骸が妨害する何かを発しているのだろう。

「輝矢。まさか俺たちを囮にしたんじゃねえだろうな?」

『さ……そ……かもね』

 いつもの輝矢だ。緊張も一気に解けていく。

『……くも、すぐそっ……行くよ。いろい……後始末がい……ろ?』

「早く来い。警察より早くな」

『努力す……ザッ……』

 通話は切れると、押し寄せる疲労に腰を落とした。

 もう、何も考えられない。

 終わった。とにかく何かが終わったのだ。

 ――なら、何をしても自由なはず。腕を枕に寝ころんで、ひんやりとした硬い地面を味わっても。

 そんな梓真を理緒がのぞき込む。

「おまえ、大丈夫だよな?」

「わたしよりあなたよ」

「はは、そりゃそうだ……」

 こみ上げる笑いが途中で止まる。それほど疲れ切っていた。

「結局なんだったんだろうな、あの野郎は……」

「怪物よ」

「怪物?」

 理緒はしゃがんだ体を後ろ手に支え、夜空を見上げた。

「オルターの出来損ない。人の邪心を宿した形代」

「……」

 ――怪物。

 あれをそう表現する者は他にもいるかもしれない。けれど理緒の言葉には、確信めいた何かがあった。

(あれは怪物。理緒が言い切るなら、それ以外の答えはねえ。

 じゃあ理緒は? こいつは何者なんだ?)

 投影という言葉がある。

 オルターの出来損ないとは、もしかしたら自分のことを指しているのかも――

 ――――

 ――

 巡る思いが睡魔を呼んで、いつか意識は星の彼方へ吸い込まれていった。

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