第1話 女神様

 「逃げる」

 それは決して恥ではない。

 この行動は、ダンジョンにおいて特に重要とされる要素の一つだ。

 

 冒険者には、時に目標を放棄し、全力で逃げる勇気も求められる。

 大切なのは、「生きて帰り、リベンジできるまで何度も挑戦すること」だ。



 ***



 オーガマンと遭遇した無雨は、その基本を忠実に守り、すぐさま踵を返してダンジョン出口へと全力で駆けだした。


 その無防備な背中を、オーガマンが追いかける。


 振り返ることなく全力で逃げる無雨。

 しかし、オーガマンはジリジリとその差を詰めていた……


 常人の約5倍の身体能力を持つとされるオーガマン。

 加えて、170㎝ある無雨の身長よりも30㎝は高いという巨体を持つ。


 その分歩幅と跳躍力もバカにならない。

 オーガマンの1歩は、無雨の約6歩分に匹敵する。


 その圧倒的な瞬発力を活かして無雨に追いついたオーガマンは、彼に向かって巨大な棍棒を振りかざした。


 岩石でできた地面が『ドンッ!』という轟音とともに砕ける。

 だが、無雨は身を翻し、紙一重でその一撃を回避した。


 しかし、そんな彼の衣服は無残に引き裂かれていた。

 これはおそらく、オーガマンの棍棒に無数についている鋭利なトゲのせいだろう。


 刀身から伸びるトゲが攻撃範囲を広め、避けたはずの無雨の衣服をかすめたのだ。


 その後も、オーガマンの猛攻は続く。

 棍棒→蹴り→棍棒→殴打→……という連撃は、まるで訓練された軍人のように隙がなかった。


 強烈なコンボを前に、逃げることすらままならない無雨。

 そして壁際に追い込まれたとき、ついにオーガマンの回し蹴りが無雨の横腹を捉えた。


 とっさに腕でガードしたが、側面の岩壁へと吹っ飛ばされてしまった無雨。

 全身を強打した彼は、その場に膝をついてしまった。


 受け身を取り、可能な限りダメージを軽減した無雨は、かろうじて意識を保っていた。しかし、至る所の骨がひび割れ、立ち上がれないでいた……


 そんな彼に、オーガマンがトドメと言わんばかりに棍棒を振り下ろした。

 だが、その攻撃が無雨を捉えることは終ぞなかった。



「大丈夫ですか、兄様あにさま



 無雨より少し小柄な少女が、刀で棍棒を受け止めていたのだ……



 ***



 華奢な体でオーガマンの攻撃を受け止めている少女。

 彼女の名前は桃方とうがた 有紗ありさ。無雨の双子の妹だ。


 無能者ロストとして学園の雑用係を押しつけられる兄とは違い、有紗は「レイブリクス学園始まって以来の天才」と呼ばれている。


 そして、その天才たる力の片鱗が、オーガマンへと解放された……


「……ガッ!?」


 一呼吸、あるいは瞬きのうちに6一線が走る。

 その直後、オーガマンの四肢がボトりと落ち、分厚い胸板に十字架のような切れ込みが入った。


 そして、サイコロステーキ状になって動けなくなったオーガマンの首元にもう一度一線が走る。

 今度は首が地面に落ち、オーガマンは拳大の魔石を残して霧散した……



 ***



「兄様、大丈夫ですか?」


 オーガマンの撃破後、有紗はすぐに兄のもとへと駆け寄った。

 無雨はなんとか「大丈夫」と返事したが、それが虚勢であることは誰の目にも明らかであった。


 有紗は動けぬ兄の肩を担ぎ、急いでダンジョン出口を目指した。

 

 だが……


「待ちな」


 誰かに呼び止められ、有紗は足を止めた。

 

 彼女が振り返ると、そこには長い金髪と白装束のような着物、赤と青のオッドアイが特徴的な女性が立っていた。


「その少年、怪我してるじゃないか。ウチで休んでいくといい」


「……」


 その誘いに、有紗は躊躇した。

 ここがダンジョンである以上、油断はできない。100%罠でない保証はどこにもない分、警戒するのは当然のことだ。


「……何者ですか?」


 金髪の女性に対し、訝しげに問いかける有紗。そんな有紗に、彼女は少し微笑みながら答えてみせた。


「アタシはかがやき 童夢どうむ、『』だ」


 そして、彼女は言葉と、味方であることを証明するように、無雨の傷を一瞬で治してみせた……

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超ドS女神 〜無能で『役立たず』とバカにされ続けた少年が毎日筋トレ100万回を続けたら……〜 白猫無限-GT @Faize315

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