過去の敗北戦2


 西実館中学校の視聴覚室は三階にある。他の教室よりも広めな作りであり、一クラスぶん以上の人数でも余裕をもって利用が可能だ。この視聴覚室ができた頃はオーバーヘッドプロジェクターや専用のプロジェクタースクリーン等の大掛かりな視聴機器が主流だったため、クラスごとに利用する事も多かったが、現在の視聴機器の主流はノートパソコンやiPadアイパッド等に移り変わったため、わざわざ移動教室を行って映像授業をする事も無くなってきている。現在は使用機会も減り不要な授業用具を一時的に保管する物置きに近くなっている。視聴覚室本来の使用目的に使われるのはクラブ活動等が多くなってきている。しかし、それでもふるい映像機器は使われず、ここでもノートパソコンとiPadが主流である事に変わりはない。視聴覚室の利点は他の教室よりも広く、数点の授業用具を整理すれば人数が入れるという事にある。


 今日は、許可申請をした女子サッカー部が視聴覚室を使用する日である。

 広めな造りの視聴覚室とはいっても西実館女子サッカー全部員三十八名が入れる程のスペース的余裕はギリギリといった所だが、どうにか全員で東昇坂学園との試合動画視聴に移ることはできそうである。

 視聴覚室には既にジャージ姿の女子サッカー部員が集まっており、それぞれ何組かにわかれ用意されたiPadが偵察班の乾田達によって手渡しで配られる。遅れて宮崎監督が視聴覚室に入室してきた。

「遅れてすまない、それでは早速ではあるが、去年の東昇坂戦を振り返りたいと思う、よろしいか?」

 宮崎監督の声に視聴覚室にいる部員全員の「はいッ」の言葉が返ってきてから宮崎監督は頷くとセットされたノートパソコンを操作し動画の再生を開始した。動画の始まりに一年生部員の多くはどこか月額スポーツチャンネルでプロチームの試合を観戦するような様子ミーハーが伺える。この試合を応援席から間近に見つめていたニ年生、試合に出たものも数名はいる三年生の顔にはどこか険しさが目立っており、すぐに一年生達もミーハー気分ではいられない雰囲気を察する。特に、この試合の中心といえた赤木、多来沢、有三の顔はいつもよりも深妙なものにみえた。



 ―――過去の東昇坂戦の試合が再生された。

 灰色グレーユニフォームの西実館中と白黒ユニフォームの東昇坂学園がフィールド中央に整列し互いに礼、それぞれの陣地へと散らばってゆく。


 西実館のフォーメーションは現在と変わらずの4-4-2〈DF4.MF4.FW2の基礎的フォーメーション〉だ。対する東昇坂のフォーメーションも同じくスタンダードな4-4-2だ。

 しかし、同じフォーメーションではあるが、東昇坂には異質な圧迫感というものがあった。その場に居合わせなかった現一年生達にも画面越しからその圧力は感じとれる程だ。その圧力、ツートップFW選手二名から発せられている。

 ストレートロングな黒髪を一つ束に纏めやけにリラックスとした立ち姿の選手と首元まで伸ばされたウェーブ掛かった天然縮毛の堂とした立ち姿が対照的な両選手。共に西実館女子サッカー部内でも最高身長である有三ありみつにも引けは取らない手足の長さが強調される高身長だ。フィールドに立って相対してみればより強く両選手は存在感をアピールしてくるはずだ。それを身を持って体感したのは現在と変わらずスタメンで居続けるフォワード多来沢 はじめだろう。動画内に余裕と緊張がぜになった自身の一瞬映った表情を認めると、ただでさえ鋭い目つきが自然に更に険しいものになる。


 試合開始のホイッスルが鳴ると、先攻の東昇坂サイド。ストレートロングのフォワードがボールを転がすトスと同時に天然縮毛のフォワードが荒々しいドリブルでいきなり進軍を始めたかと思うと、ペナルティエリアの遥か外から勢いよく脚を振り上げ明らかなシュート体勢に入り、いきなりのロングシュートを撃ち放ってきた。先制攻撃。豪快な音を立てたロングシュートは回転を増し真っ直ぐと西実館ゴールへと向かってゆくと一瞬にしてゴールを喰い破っていた。

 ディフェンスに入る間もなく西実館イレブンは唖然とゴールネットを揺らし地面に落下するボールをスローモーションに眺める事しかできなかった。それは、当時の正ゴールキーパー「滝口たきぐち 美滝らあら」がより強く感じたに違いない。

 動画の中の癖毛のフォワードは振りきった脚を下ろしシュート体勢を解き、ゴールを決めたボールを見つめている。これから始まる西実館の絶望たる6対0の敗北戦の始まりを告げる一撃のロングシュートは試合開始1分とも掛からず決められたのだった。

 

 東昇坂のエースストライカー「大河たいが 真白ましろ」は両手で自身の縮毛を掻きあげ、試合の再開を早く始めろと言わんばかりに両手を挑発と広げてみせた。


 一本の先制攻撃により戦意を一瞬にして喪失しかけていた西実館イレブンに激を飛ばしているテクノカットヘアの選手の姿がひとり。当時のキャプテン「青山あおやま 要愛かなめ」だった。

 この時の青山は挑発的な態度を示していた大河の先制点に闘志というものを燃やしており、その熱い燻りはフィールドに立つ西実館イレブン全員に燃え広がっていたと、赤木は記憶している。

 そして、当の赤木本人は、補欠選手としてベンチから有三と共にその力強さを見つめるしかできなかった。



 試合再開のホイッスルが鳴る。今度は西実館が反撃へと移る番だ。三年生フォワード「久瀬くぜ 新苗にいな」からのパスを受け取ると同時に多来沢は敵陣地中心へとドリブルを開始した。今度はこちらから早々にシュートを叩きこんでやると初レギュラーの浮き出った気持ちと青山からの鼓舞が前に出る選択肢を打ち出した。

「戻せッ」

 誰が言った言葉なのかもこの時の多来沢は覚えてもいなかった。ただ、一瞬にして自分の足元からボールは消え、涼しげな整った顔が一束の黒髪を靡かせてボールを奪い去ってゆく姿が見えていた。脚を出す間もなく、中央センターサークルを既に突破し、西実館陣地へと敵は侵入した。ディフェンスに緊張が走り、軽やかに素早くドリブルをさばく、もうひとりの東昇坂フォワード「花式はなしき 美蘭みらん」の行動に注視しながらも圧力を掛けて前へと出る。花式は口惜しげな表情を見せるとボールを慌てて足先で転がし行動を迷わせている。ディフェンス陣はチャンスとボールを奪いに積極的な行動を起こす。

 が、次の瞬間、花式の横を走り抜けてゆく大河の姿。彼女の脚にはまるでタイミングを予めはかったかのように花式からボールが転がされていた。花式へと意識を持っていかれたディフェンスの穴を潜るように大河の力強く放たれたミドルシュートは滝口のパンチングセーブに阻まれゴールポスト上部に当たり空中をこぼれ舞った。今度こそ死守すると意気込みこぼれ球を目で追おうとする滝口。


 だが、その眼に映るのは華麗に飛び上がる花式が振り放つボレーシュートへの体勢だった。

 抉り込むように放たれた花式のボレーシュートはゴール隅へと容赦なく撃ち込まれ、ゴールネットを無情に揺らし、二点目をいとも容易くもぎ取っていった。




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西実館中学女子サッカー部 もりくぼの小隊 @rasu-toru

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