フットサル――VSチーム夢向川戦 2


 偶然の産物と呼べる夏河のシュート予定だったパスはたまたま走り込んできていた鮫倉へと渡った。一瞬の驚きもありつつもボールを前に蹴りながら前進、勢いに任せたまま大胆なボールコントロール。鮫倉の鋭い眼は真っ直ぐゴールへと向かう。サッカーよりもコートが小さいぶん進撃の速度は早い、鮫倉は第二ペナルティマーク(ゴールポストより中央10メートル付近)へと進む。

「ッ」

 だが、鮫倉の目の前にベリーショートヘアが体勢を低くして立ち塞がる。あまり前へと上がらずに護りに集中していたFixo渡利が進行阻止へと動いてきた。しかし、身体接触ルールの厳しいフットサルにおいては大胆な体当たりショルダーチャージディフェンスを仕掛ける事は難しい。それを頭に入れてある上で、鮫倉は更に前進し、ボールを奪いにくる前にシュートへと思考する。


「ッッ」


 だが、渡利は鮫倉の思考の外をついた行動を取った。体勢を低くしたまま、その場をほぼ動かず、前進してきた鮫倉と真正面からボディコンタクトを仕掛けてきた。たまらず鮫倉は尻もちをつき転び、ボールは渡利の足元に渡るがこれは商店街の素人審判の目にもわかる明らかな接触ファールである。ホイッスルが鳴り響く。


「くっそっ」

 鮫倉が小さいながらも悔しげな悪態を言葉にすると、目の前に手が差し伸べられる。

「ごめんなさい、熱くなってしまって、本当にごめんなさい」

 その手は接触した渡利のものだ。とても申し訳無さそうな眉を下げた表情を鋭く見上げながら唇を揉むように僅かに動かし、奥歯を強く噛むと

「…… あやまらないでいい

 助けは貰わず両手を着いて立ち上がった。


 審判は、トリッピング(相手をつまづかせる行為)に見えたが、バックからのボディコンタクトでは無かったとして渡利への厳重注意を促して反則は取らず。鮫倉ボールからのキックインとなるが、夢向川からのタイムが入り、試合はいったんのストップがかかる。



「どうして渡利さん、あれはらしくないです」

 Gleiro徳重が怒ったような心配げな複雑な表情で彼女なりの叱咤を飛ばすと、渡利は素直に頭を下げた。

「ごめんなさい、どうしても確かめたい事があって」

「確かめたいこと?」

 神田が首を傾げると渡利は顔をあげて頷いた。

「うん、ちょっと似てるなって思って」

「似てるって――あぁ、まぁ確かにあの眼の鋭さは似てるとは思うけど」

 舘が少しだけ鮫倉を盗みみてから肩を竦める。

「でもあの娘、鮫倉さんて言うんでしょ? 名字が違うし、ああいう特徴のあるお目々な人も意外に多いかも――」

「――ううん」

 舘の勘違いではという言葉に、渡利は首を横に振った。

「あの傍若無人アグレッシヴなプレイ姿勢と攻撃的なテクニック隠しきれてないボールへの渇望精神ハングリーハート。あの娘は絶対――」

「――そうだとしてもあれはやりすぎですッ。お互いが傷つくようなプレイは楽しい試合にイヤなシコリを残すじゃないですか」

 少し興奮気味に早口になり始めた渡利に徳重がもう一度、叱りの声をあげる。激しいスポーツに身を置くプレイヤーとしては少し優しすぎる彼女の声はしかし、フェアプレイの精神を重んじるサッカーにおいてとても大切な想いでもある。それは渡利の尊敬する男子イタリアサッカーのレジェンド「ガエターノ・シレア」に誓って忘れてはならない。

「ごめん、もうあんな試す事はしないよ。試合が終わったら、鮫倉さんにも心を込めてちゃんと謝るよ」

 もう一度、頭をさげて上げた顔は、いつもの表情、この場にいるチームメイト全員が尊敬する同い年なサッカー選手の姿だ。


「さぁ、リスタートしましょう」

 渡利の凛と張った声と共にタイム終了。試合が再開される。

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