麺処 いちじょうにて2


「はいはい、それでは早速ご注文をどうぞっ」


 そう言うと、夏河は二つあるメニュー表を手速くテーブルの上へと広げた。その広げたメニュー表のひとつを鮫倉が持ち上げ、サッとまるで隠れるように雨宮達の前に立てた。


 立てられたメニュー表の達筆な「麺処いちじょう」の文字を眺めながら寺島はわかりやすく拒絶されたような気がして一瞬、あ然としたが、雨宮も夏河も特に気にはしていない様子だ。もしかしたら、これは鮫倉の平常運転な行動なのかも知れないと、部活以外での付き合いは無い寺島は気にしてもしょうがないとテーブルの上のメニュー表を眺めた。


 特に部活以外の付き合いは無いというのは隣で一緒にメニュー表を見つめる雨宮も同様ではあるが、雨宮自身は鮫倉を気にしている。彼女がなにか悩みを持っているのがわかってはいるのだが、いまだに不透明な部分の方が多く、恐らく本人はなにも語ってくれそうに無い。キャプテン赤木からは時間をおいたほうがいいとは言われてはいるが、中学生の三年間は長いようでいて短くもある。できることなら一年の間に自分たちの世代のチーム力を底上げしたいと雨宮は思っている。そのためには意思の疎通、ある程度のコミュニケーションは必要なものだ。


 今までの紅白戦や練習を見るに、鮫倉には足元のボールに執着し食らいつく負けん気と他人とは違う独特なサッカーセンスの持ち主であるのは間違いない。現時点での一年チームの将来のキーマンとなり得るサッカープレイヤーのひとりだ。できることなら早いうちに彼女の悩み事を解決したいという焦りにも似た思いを雨宮は持っていた。


 そんな時に湧いてきたのが今回の夏河発案の食事を交えた一年生親睦会だ。雨宮はこれはチャンスだと踏んだ。鮫倉が参加するかは賭けではあったが、彼女は一番乗りにこの親睦会に参加した。もしかしたら、鮫倉は夏河の事が意外と嫌いではないのかもしれない。それは雨宮も同じではある。少々――いや、かなり強引ダイナミックではあるが周りを良い意味で巻き込んでくれる夏河は天然なムードメーカーなのかも知れない。


 が、ここでの雨宮の誤算というか、意外な事は。


「……他の子達は来ないのね?」


 夏河を含めた四人の他に、親睦会の参加者はいないという事だ。


「たはは、人望が無いのかなぁ」


 言葉に出して「たはは」と笑いながら夏河は伝票で額を叩いた。それを見ながらテーブルに頬杖を着きながら寺島は半目で夏河を見上げて端的に口を開いた。


「いや、人望以前にあーしら別にそこまで親しいわけじゃなくね? 部活始めてそんな経ってもねえじゃん。参加してくるやつを期待しない方がいいっての」


 なるほど寺島の言うことは確かにそのとおりではある。同じ部活チームとは言っても一年生の彼女達にはまだまだ日は浅い。小学生からの付き合い。同じクラス、友達百人を理想としそうな恐ろしいほどのコミュニケーション能力でもなければ、親しくなれる機会は少ないだろう。正直、雨宮本人も小学生の時であれば、こういう場には来なかっただろう。それは鮫倉も同様ではありそうだが。


「でも、そういう割りには寺島さん。あなたは、参加してるじゃない?」

「は、なんとなく暇だったんだよ」


 そういってそっぽを向く寺島。彼女の事もよくはわからない。雨宮は確か彼女には嫌いだと言われているはずなのだが、隣に座る寺島を見てると、別段嫌われてるようには思えない。この気合の入ったオシャレ女子な私服を見るに楽しみにしてたのではとも邪推してしまう。


「あ、言っとくけど夏河のこと別にみんな嫌ってるわけじゃねえから、真冬まふゆとか山田先輩との先約があっただけだかんな」


 確実なのは、寺島てらしま 燕女つばめは凄く良い子だと言うことだろう。夏河も目と口をふくふくと笑わせて寺島を見つめている。それをまた居心地が悪そうに寺島は別方向にそっぽを向いた。


「……ぁ、 ナッツかわ


 ふくふく笑顔な夏河のマチカネオイデヤスTシャツの裾をメニュー表と一体化していた鮫倉が控えめに引っ張ってきた。夏河もすぐに気づいて鮫倉の方に顔を向けた。


「ほいほいなんだい、うるかっちょ」

「トリダンゴノミゾレワフウパスタアジツケポンズ」

「「ん?」」


 鮫倉が一瞬なにか早口で呪文でも言っているように聞こえた雨宮と寺島は彼女の方を見るが、相変わらずメニュー表と同化して顔は見えない。


「うん「鶏団子のみぞれ和風パスタ」味付けはポン酢ね」


 だが、この早口な呪文を夏河は理解しているようで手速く伝票に書き記した。


「ちょっと、イチジョウさん?」

「ん、なに? リア達もメニュー決まったかな?」

「いやいやいや、ちょっと聞くんだけど、ここパスタあんの?」

「え、そりゃあるよ、うち「麺処めんどころ」だもん」


 ツッコミにも似た二人の疑問を夏河は「なに言ってんの」とも言わんばかりに首を傾げるが、首を傾げるのは二人も同じだ。普通あの町の大衆食堂な店構えから想像するのはラーメンかうどん蕎麦くらいのものだ。二人はラーメンのおしながきが書かれたページからめくって見る。


「こ、このお店でトマトクリームのチーズパスタが食べられるていうの?」

「うん、でもいま和風キャンペーン中だから和風メニューの方がお得だよ?」

「てか、なんだこの火の国熊本豚骨にゅうめんてのは」

「熊本豚骨スープに、にゅうめん入れたやつ。あ、にゅうめんてのはそうめんを温かくした―――」

「―――いや、そんぐらいわかるんだけど。え、熊本にそういう料理があんの?」

「んー、ないんじゃない? なんか豚骨スープににゅうめん入れたら美味しかったから採用しただけだし」

「ねえのかよッ。てか外観も含めて予想外すぎるんだがこの店」

「えー、普通じゃない。麺処なら麺料理なんでもあるもんでしょ?」


 寺島が言いたい事は恐らくそこではないだろうが、流石は夏河家の店。常識で考えてはいけないのかも知れない。



 とりあえず、美味しそうだったので、雨宮と寺島も鮫倉と同じ鶏団子のみぞれ和風パスタを頼むことにした。





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