麺処 いちじょうにて1


麺処めんどころ いちじょう」の店内は和風ラーメンスープの鼻とお腹の虫を擽る香りがラーメン屋さんのイメージを強くさせる。店内は畳敷きの座敷席が奥に二つ。カウンター席の後ろにテーブル席が二つという、予想通りな街の大衆食堂を思わせる造りだ。

 しかし、壁に掛けられた馬のひづめ拳銃リボルバーのマカロニウェスタンなレリーフ。商店街のピザ屋とインドカリー店の手書きな自己主張が強いポスターが不揃いな間隔で貼られ、柱には外国で売っていそうなサイケデリックな色合いの仮面が一列に何個もかけられており、店外にも負けない多国籍感が溢れている。


 思わず店内に目を奪われてしまう雨宮と寺島が夏河に続いて店内に入ると


「……いらっしゃい」


 不意にカウンター奥の厨房から野太い声が聞こえてきて、背筋がゾクリとなった。人の気配なぞまるで感じていなかった二人は固まったままの表情で、顔を向けると、厨房の奥から頭にタオルを巻いた無表情な男性が丼を拭きながら立っていた。気弱な人間ならば悲鳴が上がりそうな場面だが、雨宮と寺島は悲鳴ひとつ上げるほどのか弱い女子ではない。少々驚きはしたが、上がりそうになった声は空気と一緒に喉の奥へと飲み込んだ。


 ボソリとした声と二人の様子に気づいた夏河は大きな眼を半分にして、無表情な男性にピシャリと声を張った。


「ちょっとちょっと、いきなりボッソリと声かけちゃ誰でも驚いちゃうでしょ」

「……おう」

「もう、ほらほら、声張ってハッテ、客商売は、アイサツが、いのちっ!」

「……おお」


 このお兄さんは、イチジョウさんのお兄さんかしらと、雨宮は失礼がない程度に顔をよくよくと見る。

 まるで覇気が無く目尻に疲れの濃いクマができているが目元は半目にした夏河によく似ている。

 恐らく眼を大きく開ければいつも元気な夏河とそっくりになるだろう。やはり、兄妹に違いないと雨宮の観察眼は、そっと目を閉じた。


 店内とお兄さんの雰囲気につられて遅れてしまったが、きちんと挨拶をしなければと雨宮は運動部特有のキレイな角度で頭をさげた。


「はじめまして、雨宮です」

「え、あ、寺島です」

 雨宮が丁寧に頭をさげて挨拶するのに遅れて寺島も同じくらいのキレイな角度で慌てて頭をさげる。

「ご丁寧に……「夏河なつかわ ユラ」です」


 「ユラ」と名乗った夏河のお兄さんはノッソリとした挨拶を返すと、まるで地面を滑るように音も無く厨房の奥に消えていった。



「いやぁごめんね二人とも、あれはガラにも無く緊張しちゃってるみたいで、悪気はないんだけどね」

 夏河はちょっとバツが悪そうに頬を掻く。多少は驚いてしまったのは事実だが雨宮は「大丈夫よ」と軽く頭を横に振り、寺島も苦笑いに頷いた。

 しかし、大人の男性が中学生相手に緊張するとは雨宮には意外だった。雨宮がいままで出会ってきた大人にはいないタイプだ。ましてや、元気爆弾ともいえる夏河の兄となれば予想外がすぎる。


「もしかして、女の子が苦手なのかしら?」

「いんや、どっちかというとあれは人間が苦手なんだよね」

「へ、それで客商売とかできんの? よく見たら客もあーしら以外いないんじゃねえの?」

「普段は厨房から出ないから平気なんだよね、接客はお母ちゃんとバイトさんがやるしね。今日はわたしが久しぶりに友達連れてくるからって貸し切り状態にしちゃってさ。といっても、うちの客入りは基本的にこんなもんだけどね。常連のお客さんはいるけど、毎日開けてるわけでも無いからいつ来るかわっかんないだよね」


 どうやら、妹が友達を連れてくるという事で、お兄さんは随分と無理をしていたらしい。しかし、客入りの基本がこの閑古鳥状態だと聞くと、夏河家の経済状況が他人事ながら雨宮は不安になってくる。が、当の夏河はあっさりとした表情で「こっちこっち」と指差して向かってゆく。

 一番奥の座敷席へと二人は後に着いていった。



「おまたせっ」

「……ぁ、ぇ、ぅ


 その座敷席には水色パーカーのフードを頭に深々と被って縮こまっている「鮫倉さめくら うるか」がいた。

 雨宮と寺島が鮫倉の向こう正面に座ると目元を隠した鮫倉のモゴモゴとした揉むような口の動きがよく見えた。

 雨宮はなんとなく駐輪場の一軒での鮫倉を思いだし、気まずさを感じるが、寺島は然程さほど気にはならなかったようで

「鮫倉も着てたんだな?」

 となんの気も無さそうに声を掛けた。

「ぁぅ……」

 鮫倉はか細い声でコクリと頷きながら、フードの紐をキュッと引っ張った。






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