雨宮リアの興味


 雨宮に連れて来られたのは3階廊下奥、生徒が屋上に立ち入らないように階段前を厳重に施錠してある鉄格子タイプの扉の前だった。空き教室が多めで、人の立ち入りも少ないこの場所で鉄格子を後ろに部活の後輩からガシャンと壁ドンならぬ鉄格子ドンをされている女子サッカー部キャプテン赤木。

「え、あのぅ、雨宮さん?」

 まるで看守に見下ろされる囚人のような気分でジィッと見つめる雨宮 リアに恐る恐る声を掛けると

「ワタシ、キャプテンが気になります」

「ハイぃっッ!?」

 突然、なにか告白をされて裏返った声を上げた。

「好みなんだと思います」

 大胆な告白は女の子の特権と昔から言うし、赤木もそういうジャンルは姉妹の影響で嫌いではないが、赤木自身の恋愛観は異性に向いており残念ながら同性には向かっていない。だがしかし、こんな綺麗な子の真剣な眼差しで攻められたら赤木の心のディフェンシブゾーンも揺さぶられ突破されてしまいそうーー

「ーーキャプテンのサッカーテクニックが」

「さ、さっかあてくにっく?」

 勝手に頭の中の百合めいた妄想が膨らみ始めた赤木を現実に引っ張り戻す雨宮の言葉のダイレクトパスを眼をパチクリとさせながら心のトラップで受け止める。

「はい、特にあのーー」

「ーーな、なんだあ、ちょっと危険で甘い花園の話かと」

「??? いえ、ワタシは別に花園ラグビーの話なんて……危険で甘いって、なんなんです?」

「いいえ、こっちのオハナシ、スルーしてくれると助かっちゃいます」

 逆に困惑した顔をさせてしまうキャプテン赤木。危うく部活の後輩で新たな扉を開く所であった。しかし、妙に安心したような物足りないような変な気分にモヤモヤな赤木だった。



「あのボールを奪ったあとのライン際ドリブルに移行する判断は大胆だと思いました」

「大胆かな、スペース無かったらライン際にドリブラーで突っ込んでいくのが効果的だなって、動いただけだよ」

 そのまま雨宮が紅白戦の感想を話し始めたので、赤木も自然とそれに乗る。サッカーの話をする雨宮の蒼い瞳はよりキレイに輝いてみえる。サッカーが本当に好きなんだなと解って、赤木も思わず笑顔になる。やはり、サッカーが大好きな子と話すのは楽しいものだ。

 だが、いやに自分のプレイを称賛してくる雨宮の言葉は赤木にはなんだかこそばゆくて照れが入る。

「いえ、その「だけ」を判断できるのは動けてしまうプレイヤーだから言えることです。あの時、キャプテンの身体は中央に向かって浮いていました。あれに白のディフェンス陣は一瞬騙されてますよね。だから、ライン際のスペースが空いてラインを攻めていけたんです。これは、高校生でもそうそうできるテクニックじゃありませんよ」

「ほぇぇ、プレイしながらよく見てるね。でも、あれはちょっとだけ中央かライン際か迷ってから判断しただけだからーー」

 雨宮の観察眼には感心をしてしまう。どんなプレイでも吸収しようとする勤勉さがよくみえる。だが、あのライン際のプレイが高校生でもできないとは言い過ぎだと赤木は思う。何度も繰り返し身体に覚えさせる意識的な練習をすれば、中学生でも身につけられる技術のはずだ。

「ですから、その「だけ」ができることが凄い事を自覚してくださいよキャプテン。その迷いもボールコントロールの間の一瞬でしょ。そこからもう相手を騙すテクニカルな武器が撃ち込まれているんです。それに、ライン際のあんなギリギリを綺麗に速度をあげて真っ直ぐに走るドリブルテクニック。ゴールコーナー直前にあげたFWへのクロス。溢れ球を瞬時に拾うアシストパス。どれも一級品のプレイなんですよ」

「いやいやまぁまぁ、ライン際を真っ直ぐ走るのもしっかり意識して何度も練習すればできない事じゃないし、武田レナちゃんには作戦として伝えてたから。あれはちゃんと判断して着いてきてくれた武田ちゃんを褒めるべきなんだ」

 赤木はだんだん興奮気味に語ってくる雨宮の近づく顔に若干引き気味ながらも、全部練習で身につくものだと落ち着かせる。それよりも得点を決めた武田の判断力を赤木は称賛したいのだが。

 雨宮はあまりにも自身の凄さが解っていなさそうな赤木に首を傾げる。

「その、選手を着いてこさせる信頼感カリスマも凄いの一言ですけど、もしかしてキャプテンは自分が凄いって自覚は無いんですか?」

「んー、あたしより凄い人なんてもっといるからなぁ。あたしの努力はまだまだ足りない自覚もあるし、本当に凄い人の背中にはまだ追いつけても無いって思ってるよ?」

 赤木の言ってる事に嘘は無い。憧れの背中はまだ遠く、チームを勝たせるサッカーを目指すならこのままではダメだとも思っている。それよりも

「あたしは雨宮さんの方が凄いと思うんだよ。相手へのマークにしても、パステクにしてもさ」

 実際、雨宮のプレイは赤木が一年生の頃には身につけていないテクニックだ。ヘディングでパスカットに向かう度胸。卓越したドリブルとボディフェイント。洗練されたパス回し。これが一年生かと思うと恐ろしくもあり頼もしいという複雑な感情と嫉妬も覚える。

「小学生の時に宮崎監督のコーチ受けてたんだよね。宮崎監督を慕って他県からこっちに入学してきたんでしょ。それ聞いて凄いなって思ったんだあ」

「別に、優秀な指導者に着いていきたいって思うのは、普通だとワタシは思いますけど?」

 雨宮はサラッと普通だと言うが赤木はそうは思わない。噂聞いた話だと両親とも離れて親戚の家から通ってるという。中学校に入学するというだけでも緊張するというのにそれに加えて慣れない土地での生活だ。不安にならないわけはないだろうし仲の良い友達とも別れて来たのではないか。やはり中1から親元を離れる判断は凄い決断だと赤木は思う。

「ワタシとしては、小6の一年間を我慢していたようなものですから、コーチの指導をまた受けられるのは楽しみしか無かったですよ」

 それは半分は本当だとしても半分は強がりじゃないかなとそっぽを向いて語る雨宮を見て赤木は思う。大人びた雰囲気の綺麗な子という印象だったが、こうして話してみると年相応の子供っぽさも見えてなんだか自然と可愛いという感情がウズウズと芽生える。大好きなサッカーを語ってグッと距離が近づいた気がする。

「ね、雨宮さん」

「なんですか?」

「リアちゃんって呼んでも言いかな?」

 流石に下の名前呼びはちょっと馴れ馴れし過ぎるかなと思ったが、雨宮は瞬きをして後髪を指で掻いた。

「別に、好きに呼んでくださいよ。あ、できればちゃんはやめて欲しいですね、無理は言いませんけど」

「了解、じゃあリア。あたしの事もキャプテンじゃなくって「みーちゃ」と呼んでーー」

「ーーえ、イヤですよ。キャプテンはキャプテンですし、後輩なのにそれは馴れ馴れしすぎでしょう?」

 後輩としての線引きはキッチリしているようだ。そこはかとなく寂しい気持ちになったが、先輩圧で無理強いをするものではない。赤木は「みーちゃ」と呼ばれたい野望を断念した。



「あ、じゃぁそろそろ休み時間も終わるから、あたし帰るね」

「もうそんな時間なんですね。ではまた、部活でよろしくお願いします」

 楽しい時間というのはすぎるのも早いものだ。お互いに名残惜しさを覚えながら、それぞれの教室に戻る事にする。

(はて、そういえばなんのためにここに来たんだっけ?)

 なにか目的を忘れてるような気がする赤木が首を捻っていると前から「雨宮さん」と変声期をまだ終えきってない中性的な男子の声が近づいてくる。

(っっ!)

 その声の主の姿を見て赤木は息を呑む。目の前で片手を振って現れたのは目を見張る程のイケメン男子だったからだ。校則違反をしない程度に髪の毛を無造作に整えた髪型とクリッとした可愛げのある栗色の瞳と爽やかな笑顔。見た瞬間に、彼が噂のイケメン一年生、白井 勇くんだと直感すると同時にイケメンを拝みにきた目的を思い出す。なるほどジャ○ーズJrタイプの童顔系イケメンだったかと芸能人アイドルレベルが噂通りだと納得する赤木。

「げっ、白井くん……」

 だが、声を掛けられた雨宮の方の反応は微妙なものだ。

「あのさ、前も言ったけどーー」

「ーーあ、違うって、先生が呼んでたから伝えに」

「ホントに?」

「いや、さすがに俺も嫌われるような事はしたくない、それじゃ伝えたからっ」

 イケメン白井くんは伝え事を終えると眉を下げたどこか複雑な表情で爽やかに去っていった。いまのやり取りを見て目を丸くする赤木は頭をカシカシと掻く雨宮をマジマジと見つめる。

「あのう、いまの彼は?」

 恐る恐ると赤木が尋ねると雨宮はひとつのため息を長く長く吐いてから赤木に言った。

「えと、彼は同じクラスの白井くんって子なんですけど、その、なぜかこの前、告白みたいなのされーー」

「ーーこ、コクハクウゥッ!」

(あのイケメンくんに告白をされたって、なんて羨ましい。いや、美男美女カップルって、お似合いではないのかしらん。だがしかし、ダカシカシーーーーーーッ)

 赤木の頭は下世話な熱暴走を開始した。

「いや、もちろん断りましたよ。男子なんてよくわかんないし、サッカーの方が何倍も大事ですよ。いいえ、サッカー以上に大事なものなんてあるはずがないんですっ。ハッキリ言ってサッカーに恋愛なんて不要じゃないですか。キャプテンもそう思いますよねっ」

「ぇ、えぇっっ ……そ、そそ、そうだねぇッ、フヨウかもネッ」

 実は高校生になったら彼氏が欲しい赤木は、あまりにも真剣な顔で同意を求める雨宮に本当の事は言えなかったのだった。



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