多来沢と有三


 紅白戦から数日後の西実館中学校――3ーB教室。


 昼休み。給食を終え、午後の授業開始までの自由時間を生徒達はおもいおもいに過ごす。それは、女子サッカー部の部員達も例外無く各々の時間を過ごしている事だろう。友人達との他愛もないおしゃべりに耳を傾ける有三ありみつ 里咲りさきもまたそのひとりだ。友人が面白おかしく語る失敗談に口元を押さえて笑っているとガラリと3ーB教室の扉が開いて別のクラスの女子がやってきた。肩まで掛かる黒髪を伸ばしたミディアムヘアな女子は鋭い眼で教室をギロギロと見回すと一際に背の高いみつ編み眼鏡女子というわかりやすい特徴を持つ有三をすぐに見つけ、膝丈に揃えた紺色の制服スカートを揺らす早歩きで近づき声を掛ける。

「なあリサキ、ちょっといいか?」

「んぅ、おおぅ、なぁんなのタッキィ?」

 有三は同じ女子サッカー部の多来沢たきざわ はじめに気づくと身体をそちらに向けてふわりとした声で返事をした。

「アリゾウ、じゃぁあたしら、あっち行ってるから」

「はぁ〜い、また後でねぇ」

 有三の友人達は多来沢に頭を下げて、二人の元から離れて別の女子グループの輪に入っていった。その背を見ながら多来沢は前に腕を組んでため息をひとつ。

「はぁ、別にあっち行かなくてもいいんだがな、まだウチの事が怖いのか?」

「あぁんちゃうちゃう、きっと部活の話だろうから席を外してくれたんだよぅ。タッキが私の所にくんのだいたいそれだしぃ、目の前で部活の話されてもどうしていいかわからないでしょうよぅ。みんなもタッキが怖い子じゃないのとっくに知ってますってぇ。自分を下げない下げなぁい」

 眼つきの悪さに若干のコンプレックスと、有三の友人達を怖がらせてしまった過去のある多来沢が少し気にしてるようだったので有三は優しめなフォローをすると多来沢は「慰めどうも」と片眉を下げて口端くちはを軽く上げる独特な表情で有三を見上げた。

「んでぇ、ご用事ってのはなんだぁい。と、聞くまでもないかなぁ?」

 有三が眼鏡のフレームをわざとらしく持ち上げて笑うと多来沢は腕組みした手をほどき人差し指を立てて短く笑う。

「ご名答、もちろん部活の話。この前の紅白戦だ」


 二人は立ち話もなんだと教室の一番後ろ窓側にある有三ありみつの席へと移動し、数日前の紅白戦の感想を各々述べる事にした。有三は自分の席を多来沢に譲り窓際に身体を寄せる。多来沢も特に遠慮するでもなく腰を降ろし、部活で鍛え抜かれたお見脚みあしを教室にいる男子の眼もはばからずに大胆に組んだ。身体に染み込んでしまいつい無意識にやってしまう多来沢の癖が出てしまったようだ。

 多来沢の晒された足に一部の男子らの一瞬を盗むような視線。すぐに察知すると、高速シュートを撃つが如くギロと鋭い睨みを効かせると男子達はシュートを土手腹どてっぱらにぶち込まれたような迫力に一斉に眼を反らした。

「はっ、なにがいいんだよ、こんなもん」

 思春期なスケベ心に正直な男子達の視線をくだらないと鼻で笑いながら引き締まった太ももをパシパシと叩く。有三はそれを見ながら垂れ気味な眼を笑わせて正面から多来沢の美脚を堂々と眺める。

「そりゃあ、タッキの足は女子から見ても魅力的だしぃ、こいつは目の毒じゃないのかなぁ」

「なにがだよ、ただの足じゃんか?」

(足以外も含めて言ってるつもりなんだけどねぇ)

 自身の見た目は眼つきの悪いゴリラだと低評価している多来沢には有三の言ってる意味はいまいちよくわからないようだ。一瞬、なにか色気のある噂話のひとつでも語ってみせようとも思ったが、有三自身も色恋というものには実は疎い方ではあるので特に続ける必要はないなと墓穴掘りにしかならない言葉は空気と一緒に呑み込んだ。

「んなことより、この前の紅白戦だって」

 多来沢の眼に映るのは色恋なぞではなくいつでもサッカーだ。話の腰は折らずに有三はマジメに素直な感想を述べる。まずはレギュラー二年生陣だ。

「キーパーから見て「レナちゃん」良かったと思うよぅ」

 レナちゃんというのは二年生FW「武田たけだ 礼奈あやな」に有三ありみつが付けたニックネームだ。礼奈あやなの「礼」を「レイ」にして短くしたもので、一年の頃はひどく抵抗されていたがいまは部に浸透してしまい本人も諦めているようなのでそのまま採用している。

「後ろから見てたけどヘディングのキレがましたよねぇ。ナイスガッツだったよぅ」

 有三が言っているのは先制点に繋がったヘディングシュートの事だ。パンチングで弾かれはしたが、その後の赤木のアシストパスからのダイレクトシュートで1点に繋がったプレイだ。

「まぁ、確かにアヤナは良いプレイだったよね。ウチとしては、もっとガツガツとしたワガママさが欲しいんだけどね」

 逆に多来沢は少々辛口な意見を述べる。一年の頃の武田はフォワードにしては消極的なプレイが目立つプレイヤーだった。一年前よりも改善はされているのだが、同じFWからみてまだまだもの足りないと感じている。紅白戦の時のような積極的なプレイを引き出せれば、武田自身の強い武器になるはずだ。厳しいとも思われるかも知れないが来年チームのエースFWを任せたいと思っている多来沢としては自分のような1点でも多くゴールを決めてやるという得点欲ハングリーを求めてしまう。それだけ期待を持っている現れだが、武田にこの期待が伝わっているのかは多来沢にはよくわからない。


「あとは「カベちゃん」も良かったかなぁ。やっぱり、センターバッグに厚みがあるとキーパーとしても安心感がダンチだし、前に守備練習で試した3バッグのスウィーパー型フォーメーションも左右のストッパーより真ん中の掃除屋スウィーパーを任せられるなぁ」

「あぁ、確かに紅白戦の時もそうだけど、敵にまわすと堅実な護りは厄介だったよ。文字通りにカスミはそびえ立つ壁だよな」

 次に二人が話しているのは二年生にして西実館のディフェンスリーダーを務める「立壁たてかべ 香住かすみ」だ。有三程の高身長ではないがそれなりに背高く、部の中でも特に身体の芯が強く押し負けないパワーがある。気迫のディフェンスは相手選手に威圧感を与えられる立壁が誇る武器だ。引退した先輩達DF陣に磨き鍛え上げられた堅実な守備力は信頼に値する。弱点としては予想外なプレイに踊らされてしまいがちだという事だろうか。紅白戦の初っ端にやられた一年生、鮫倉の一直線な暴走プレイは予想外な例のひとつと言えるだろう。


「そういや、リサキは気になる一年って、いた?」

「んー、しいて言えば二人? あのキックオフと同時にいきなり突っ込んできた子と宮崎監督の秘蔵っ子の噂の一年生ちゃん」


 有三の言う突っ込んできた子が「鮫倉さめくら うるか」だ。いきなり作戦を無視して突っ込んでいったのはチームプレイとしてはいただけないが、有三自身はああいった破天荒で闘志剥き出しなプレイは嫌いではない。多少はカチンと来るところはあったが、それは試合上での出来事。本気で怒る事はない。試合中に溢したナイスガッツという言葉も有三 里咲最上の褒め言葉だ。

「ウチもその二人だけど、あの鮫倉って一年フォワード志望なんだよね?」

 だが、多来沢は鮫倉に思うところがあるのか少し難しい顔をしている。

「どったの、なにかフォワード志望に問題があんのぅ。タッキがよく言ってるフォワードに必要な「ワガママ」さは確認できたんでしょぅ」

 有三にはなにが問題があるのかはイマイチわからず肩を竦める。多来沢は腕組みをして切れ長な眼を閉じる。

「いや、練習中のアピールとかは好ましいし、足腰も強くてドリブルのスピードも速い。ゴールに突っ込んでいくワガママもあるんだけど」

 ふぅ、と息を吐きながら天井を眺めると多来沢は呟くように言った。

「あのワガママはフォワードのワガママじゃないと思うんだわ」

「そりゃどういう意味だぁ?」

「いや、なんとなくなんだよね。なんとなく、フォワード向きじゃない気がすんだよ。たぶん、宮崎監督もなんか感じてるとこはあると思うんだけど……」

 多来沢自身もフィーリングで感想を口走ってるようなので、よくわかっていないようだ。ならば有三もそれ以上は突っ込むまいと話を次に移す。

「タッキ、あの話題の一年生、雨宮ちゃんって、どう思った」

「どうというか、あの試合ゲームの中でしか見えなかったけど、一年にしてはテクがエグいなって思ったよ。パスカット、ドリブルにパス。どれもレギュラー張れるレベルだよ。正直、ポジション違いでもウカウカしてらんないね。あれでゴールを攻め立てる積極性もあるんなら、FWにコンバートされてもおかしくないよ」

 味方として共にプレイしてみて素直に実力を認めた多来沢の正直な感想だ。それは、有三も同じなようで、コクコクと頷く。だが、それと同時に気になる事もある。

「でも、なんか途中から守備的になっちゃって攻めて来なくなったよねぇ。シュートも受けてみたかったんだけど。なんかプレイ中ずっと「ミッチ」にべったりだったよねぇ」

 ゴールキーパーとして素直に攻めてきて欲しかったと少し残念そうに感想を語る。キャプテン赤木にいきなりボールを掬い取られて、カウンターからの先制点を奪われてから急にプレイスタイルが変わったと感じた。それが悪い事では無いのだろうが。そこまで赤木を気にし始める理由は何なのだろうか。

「あれ、ミッチといえば、ミツコはどうしたんだよ。あいつの感想も聞きたいんだけど?」

 ミッチというのは有三が使うキャプテン赤木 三子のニックネームである。多来沢は基本友人やチームメイトは全員独特なイントネーションで下の名前を呼ぶのでニックネームは使わない。赤木本人は別のニックネームで呼んで欲しいらしいが、二人とも言い慣れた方を使うので今更呼ぶ気は無い。そんなキャプテン赤木も有三と同じ3ーBの生徒だ。多来沢は赤木もいるものだと思ったがどこを見ても教室にはいない。

「あぁ、たぶんウカウカしてんじゃないかなぁ?」

「……はい?」


 有三のサラッとした言葉に多来沢は一瞬ぱちくりとさせてから、妙に納得した顔をして深くため息を吐いた。


「はあぁっ、あいかわらずだなホント」

「まぁまぁ、ミッチらしいじゃぁん」

 呆れた様子の多来沢に対して有三は口端を大きくあげておかしそうに朗らかに笑った。




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