多来沢と有三
紅白戦から数日後の西実館中学校――3ーB教室。
昼休み。給食を終え、午後の授業開始までの自由時間を生徒達はおもいおもいに過ごす。それは、女子サッカー部の部員達も例外無く各々の時間を過ごしている事だろう。友人達との他愛もないおしゃべりに耳を傾ける
「なあリサキ、ちょっといいか?」
「んぅ、おおぅ、なぁんなのタッキィ?」
有三は同じ女子サッカー部の
「アリゾウ、じゃぁあたしら、あっち行ってるから」
「はぁ〜い、また後でねぇ」
有三の友人達は多来沢に頭を下げて、二人の元から離れて別の女子グループの輪に入っていった。その背を見ながら多来沢は前に腕を組んでため息をひとつ。
「はぁ、別にあっち行かなくてもいいんだがな、まだウチの事が怖いのか?」
「あぁんちゃうちゃう、きっと部活の話だろうから席を外してくれたんだよぅ。タッキが私の所にくんのだいたいそれだしぃ、目の前で部活の話されてもどうしていいかわからないでしょうよぅ。みんなもタッキが怖い子じゃないのとっくに知ってますってぇ。自分を下げない下げなぁい」
眼つきの悪さに若干のコンプレックスと、有三の友人達を怖がらせてしまった過去のある多来沢が少し気にしてるようだったので有三は優しめなフォローをすると多来沢は「慰めどうも」と片眉を下げて
「んでぇ、ご用事ってのはなんだぁい。と、聞くまでもないかなぁ?」
有三が眼鏡のフレームをわざとらしく持ち上げて笑うと多来沢は腕組みした手をほどき人差し指を立てて短く笑う。
「ご名答、もちろん部活の話。この前の紅白戦だ」
二人は立ち話もなんだと教室の一番後ろ窓側にある
多来沢の晒された足に一部の男子らの一瞬を盗むような視線。すぐに察知すると、高速シュートを撃つが如くギロと鋭い睨みを効かせると男子達はシュートを
「はっ、なにがいいんだよ、こんなもん」
思春期なスケベ心に正直な男子達の視線をくだらないと鼻で笑いながら引き締まった太ももをパシパシと叩く。有三はそれを見ながら垂れ気味な眼を笑わせて正面から多来沢の美脚を堂々と眺める。
「そりゃあ、タッキの足は女子から見ても魅力的だしぃ、こいつは目の毒じゃないのかなぁ」
「なにがだよ、ただの足じゃんか?」
(足以外も含めて言ってるつもりなんだけどねぇ)
自身の見た目は眼つきの悪いゴリラだと低評価している多来沢には有三の言ってる意味はいまいちよくわからないようだ。一瞬、なにか色気のある噂話のひとつでも語ってみせようとも思ったが、有三自身も色恋というものには実は疎い方ではあるので特に続ける必要はないなと墓穴掘りにしかならない言葉は空気と一緒に呑み込んだ。
「んなことより、この前の紅白戦だって」
多来沢の眼に映るのは色恋なぞではなくいつでもサッカーだ。話の腰は折らずに有三はマジメに素直な感想を述べる。まずはレギュラー二年生陣だ。
「キーパーから見て「レナちゃん」良かったと思うよぅ」
レナちゃんというのは二年生FW「
「後ろから見てたけどヘディングのキレがましたよねぇ。ナイスガッツだったよぅ」
有三が言っているのは先制点に繋がったヘディングシュートの事だ。パンチングで弾かれはしたが、その後の赤木のアシストパスからのダイレクトシュートで1点に繋がったプレイだ。
「まぁ、確かにアヤナは良いプレイだったよね。ウチとしては、もっとガツガツとしたワガママさが欲しいんだけどね」
逆に多来沢は少々辛口な意見を述べる。一年の頃の武田はフォワードにしては消極的なプレイが目立つプレイヤーだった。一年前よりも改善はされているのだが、同じFWからみてまだまだもの足りないと感じている。紅白戦の時のような積極的なプレイを引き出せれば、武田自身の強い武器になるはずだ。厳しいとも思われるかも知れないが来年チームのエースFWを任せたいと思っている多来沢としては自分のような1点でも多くゴールを決めてやるという
「あとは「カベちゃん」も良かったかなぁ。やっぱり、センターバッグに厚みがあるとキーパーとしても安心感がダンチだし、前に守備練習で試した3バッグのスウィーパー型フォーメーションも左右のストッパーより真ん中の
「あぁ、確かに紅白戦の時もそうだけど、敵にまわすと堅実な護りは厄介だったよ。文字通りにカスミはそびえ立つ壁だよな」
次に二人が話しているのは二年生にして西実館のディフェンスリーダーを務める「
「そういや、リサキは気になる一年って、いた?」
「んー、しいて言えば二人? あのキックオフと同時にいきなり突っ込んできた子と宮崎監督の秘蔵っ子の噂の一年生ちゃん」
有三の言う突っ込んできた子が「
「ウチもその二人だけど、あの鮫倉って一年フォワード志望なんだよね?」
だが、多来沢は鮫倉に思うところがあるのか少し難しい顔をしている。
「どったの、なにかフォワード志望に問題があんのぅ。タッキがよく言ってるフォワードに必要な「ワガママ」さは確認できたんでしょぅ」
有三にはなにが問題があるのかはイマイチわからず肩を竦める。多来沢は腕組みをして切れ長な眼を閉じる。
「いや、練習中のアピールとかは好ましいし、足腰も強くてドリブルのスピードも速い。ゴールに突っ込んでいくワガママもあるんだけど」
ふぅ、と息を吐きながら天井を眺めると多来沢は呟くように言った。
「あのワガママはフォワードのワガママじゃないと思うんだわ」
「そりゃどういう意味だぁ?」
「いや、なんとなくなんだよね。なんとなく、フォワード向きじゃない気がすんだよ。たぶん、宮崎監督もなんか感じてるとこはあると思うんだけど……」
多来沢自身もフィーリングで感想を口走ってるようなので、よくわかっていないようだ。ならば有三もそれ以上は突っ込むまいと話を次に移す。
「タッキ、あの話題の一年生、雨宮ちゃんって、どう思った」
「どうというか、あの
味方として共にプレイしてみて素直に実力を認めた多来沢の正直な感想だ。それは、有三も同じなようで、コクコクと頷く。だが、それと同時に気になる事もある。
「でも、なんか途中から守備的になっちゃって攻めて来なくなったよねぇ。シュートも受けてみたかったんだけど。なんかプレイ中ずっと「ミッチ」にべったりだったよねぇ」
ゴールキーパーとして素直に攻めてきて欲しかったと少し残念そうに感想を語る。キャプテン赤木にいきなりボールを掬い取られて、カウンターからの先制点を奪われてから急にプレイスタイルが変わったと感じた。それが悪い事では無いのだろうが。そこまで赤木を気にし始める理由は何なのだろうか。
「あれ、ミッチといえば、ミツコはどうしたんだよ。あいつの感想も聞きたいんだけど?」
ミッチというのは有三が使うキャプテン赤木 三子のニックネームである。多来沢は基本友人やチームメイトは全員独特なイントネーションで下の名前を呼ぶのでニックネームは使わない。赤木本人は別のニックネームで呼んで欲しいらしいが、二人とも言い慣れた方を使うので今更呼ぶ気は無い。そんなキャプテン赤木も有三と同じ3ーBの生徒だ。多来沢は赤木もいるものだと思ったがどこを見ても教室にはいない。
「あぁ、たぶんウカウカしてんじゃないかなぁ?」
「……はい?」
有三のサラッとした言葉に多来沢は一瞬ぱちくりとさせてから、妙に納得した顔をして深くため息を吐いた。
「はあぁっ、あいかわらずだなホント」
「まぁまぁ、ミッチらしいじゃぁん」
呆れた様子の多来沢に対して有三は口端を大きくあげておかしそうに朗らかに笑った。
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