通学路の憂鬱

とむらうめろん

一日目 粋な計らい

 靴紐をぎゅっと結ぶ。

 清潔感の欠片もないスニーカーは汚れを誇るような出で立ちでいつも僕に履かれている。

 クラスの連中にはやたらイジられているくせにこいつは動じる素振りもなくいつものように汚れている。

 学校には家から歩いて十五分のところにある駅から電車に三十分乗った後、駅からさらに十五分の、合計一時間の道のりだ。

 最初の頃は新鮮さでごまかせていたものの、次第に退屈になり、そして最後は退屈が絶望に変わっていった。

 今日ももちろん足取りは重い。リュックに入った教科書たちは今日の授業内容を重さを通じて告げてきている。

 駅に着くと、ちょうど電車が来るところだった。急いで階段を駆け上がり、ホームへ駆け上がる。その瞬間に電車のドアは軽快な開閉音とともに開いていく。

 ギリギリセーフ。

 混み具合的には完全にアウトだが、そこは毎日のことだから目を瞑ろう。

 電車に乗ると一つ前の駅から乗ってきているクラスの女子の姿が目に入る。

 一瞬だけ目が合うも、すぐに逸らし、お互い別々の日常の中に溶けていく。

 憂鬱だ。多分、彼女もそう思っていることだろう。

 イヤホンをして携帯ゲームにハマっているサラリーマンも、来週の期末テストに向けて参考書を読みふけっている中学生も、運転している車掌でさえも、目に潤いを持っているようには見えなかった。

 自分もその一人であるんだと自覚はしているものの、客観的にこういうふうに見えているんだと思うと、気持ちに沈みを感じる。

 僕はいつも通り小説を読むふりをしながら周りの人間を観察していた。

 すると、大きく車体が揺れ、片手で読むふりをしていた僕の左手の本が指から離れ、宙を舞った。

 空中で回転する本は

「一人で悩むあなたへの99の答え」

 というタイトルを全方位の人間に撒き散らかしながらやがて床に落ちた。

 僕からおよそ5メートルほどのところに落ちた本を一瞬は見たものの誰も拾おうとはしなかった。

 仕方なく自分で取りに行こうかと携帯ゲームのサラリーマンに会釈をして、道を空けてもらう。

 すると、30代ぐらいの上下ジャージ姿のおじさんが目の前に立ちふさがった。

 おじさんは、落ちた本を手に取り、丁寧にホコリを払って言った。

「これと同じシリーズのやつが、来月発売されるらしいですよ。次は『100の答え』で。」

 それだけ言うとおじさんは次の駅で降りた。

 

 少しだけこの本を読んでみようと思った。

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