短編【性格重すぎる勇者がパーティー追放する話】

八木耳木兎(やぎ みみずく)

短編【性格重すぎる勇者がパーティー追放する話】



「お前は……パーティー追放だ…………アラン……」




 一瞬、言葉の意味を飲み込めなかった。




「な、何を言ってるんだ……?」


 勇者パーティーの戦士である俺、アランは、パーティーのリーダーたる勇者に言葉の意味を問いただした。


 勇者・ソルは、まるで葬式会場かのような面持ちで、そっと口を開いて語り始めた。




「昨日から……ずっと……考えていたんだ……何かを犠牲にしないことには……何かを勝ち得ることはできない……そんな単純なことに……俺は目を逸らし続けていた……いつもモンスターの命を犠牲にして……金やアイテムや経験値を得ているというのに……おかしな話だな……世界の命運を変えるべき勇者が……何かを犠牲にしないと生きられないという世界のもっとも単純なシステムを理解できていなかったなんて……恥ずかしいよ、勇者として……」


「あの、本題を早く言ってくれるか?」


 前置きが長すぎるせいで、いつまでも話が見えてこない。




「言葉の……通りだ。お前をこれ以上……俺たちの……パーティーの一員として……認めることはできない…………できないんだ。できないんだッッ……努力したのに……俺はできなかったッッッ…………!!!」




 ……そっか。


 自分でも驚くくらい、冷静に追放を受け入れることができた。




 自分でもパーティーの役に立てていないとは思っていた。


 他のメンバーから白い目で見られていることも、薄々感づいていた。




 言葉の意味を疑ったのは、まさか追放宣告する責務をリーダー一人に負わせるとは思ってもみなかったからだ。


 俺が目の前の勇者と会話しているパーティーの寄合場所の酒場には、パーティーの他のメンバーは一人も来ていない。


 仲間を追い払う責任すら負いたくないだなんて、まさかそこまであいつらが腐っているとは思わなかった。




 今までそんなメンバーと共に冒険してきたのかと考えると虫唾が走る。


 あいつらとこれ以上共に旅をしようだなんて、こっちから願い下げだ。


 そう思って、わかった、別にいいよ出ていくよ、の一言を言って、その場を去ろうとした。


 しかし、それは目の前の勇者に阻まれた。




「自分が情けないッッ……お前は何も悪くないッッ……悪くないんだッッッ……」


 泣き崩れる勇者。


 真顔で見ている俺。


 普通逆だろ。




◆   ◆   ◆






 両目から涙がとめどなく流れ落ちる彼に、俺はただただドン引きするしかなかった。






「俺がもっとッッッ……お前の成長をサポートできていたらッッ……許してくれッッ……許してくれェッッ……!!!」


「お……おい、あまり気にしないでくれ、な? 俺は出ていくから」


 すぐに出ていこうとしたのに、あまりにも重たい感情の動かし方をするから、去るに去れなかった。






「俺は昨夜まで、死に物狂いで……お前の持つ可能性をパーティーメンバーに訴えてきた……でもその努力も、メンバーたちには焼け石に水だった……主戦力のメンバーからも、お前を追放しないと自分が出ていく、という声まで出たんだ……お前のことを仲間と思いつつも、結局お前を守ることができなかったッッ……」


「一つ言っていい? 多分俺チートスキルに覚醒するからあまり気にしないでいいよ?」


 思わず、心の奥で思っていたことを口に出してしまった。




 どう考えてもその流れだろう。


 役立たずとして追放された後、チートスキルに覚醒して大成する冒険者の話はよく聞く。


 でなくとも俺と俺を見下すパーティーの奴らが共にいるメリットなど一つもないし、こいつがここまで気負い転げる必要はないはずだ。






「そもそも俺は……リーダーとしての自覚が足りなかったんだ。現状のみんなを導くことばかりを気にして……お前の今後にきちんと向き合ってあげられなかったんだッッ……情けない……なんて情けない男なんだ俺はッッッ……!!!」


 俺一人にどんだけ後悔してるんだよ。 


 世界と自分の妹とかを天秤にかけるときの追い詰められ方だからそれ。






「せめてものお詫びだが……お前の今後の生活費は、報酬の中の一定割合を街の銀行に振り込ませてもらう。だから追放後の生活は心配しなくていい」


「あぁ、それは別にいいよ。どうせ元手はあのクソ野郎どもが集めた金だろ? そんな汚れた金に頼って生きていくほど落ちぶれちゃいないさ」


「しかし、例え追放されたとしても、お前が俺たちの仲間だったことは確かだ。その絆をいつまでも大事にすることが、お前の面倒を見てあげられなかった俺にできる数少ない贖罪なんだ」


「あのさ,もっと悪役ムーブしてくれる?」


 つい、隠していた本音が出た。






 追放を言い渡しているこいつがもっと俺のプライドをズタズタにしてくれないと、この後チートスキルに覚醒したときに、爽快感をもって『ざまぁ!!』って思えない。


 仮にこの直後チートスキルに覚醒したとして、俺が感じるのは爽快感ではなく申し訳なさだろう。






「そうか……わかった。じゃあ代わりに、これを詫びのしるしとしてほしい」


 そういうと勇者は布を敷いたテーブルに手を置いたかと思うと、腰の短剣を抜いて小指に突き立てようとした。


「やめろやめろやめろやめろ!!!!」


 短剣を持った手を、必死な顔をして俺は止めた。






「離してくれ!! 俺の仲間たちは……俺の手であり、足なんだ。仲間のお前が去るのであれば、俺も手の一部を失うのが道理なんだ」


「悪役ムーブしろよッッッ!!!」


 この後チートスキルになっても『ざまぁ』とか思えないから!! ただただ気を遣うだけだから!!






「はぁ……もういい。俺は出ていくよ」


 目の前の勇者が怖くなってきたから、という本当の理由は言えなかった。




「じゃあ、最後に一杯やろう」


 そのソルの誘いに、俺は思わず反応した。


 これは、酒をぶっかけられて笑われる流れだ。


 最後に悪役ムーブをしてくれると思い、俺は着席して誘いに応じた。


 バシャッッ……


 思った通り、彼は出された葡萄酒をぶちまけた。


 自分に。






「俺は今日という日を一生忘れない。メンバー一人の面倒すら見ることができなかった自らの恥辱を象徴する日として、今日の日のこのことを一生の戒めとしたい」


 ひょっとして、この後チートスキルに覚醒するのはこいつなんじゃないか。


 物語の主人公感が俺をはるかに上回っている気がする。






「……ダメだやっぱり行かないでくれ……」


 ……は?






「この罪を背負うなんて俺には耐えられないッッ……耐えられないんだァッ……アアァァーーーーー!!!!」


「いや追放って言ったのお前だろ!!!」


 彼の顔は涙と、鼻水と、今ぶっかけた葡萄酒がまじりあっており、かなり悲惨な状況になりつつあった。


「もういい出ていく!! 俺は出ていくよ自分から!! あとお前は取り合えずこの金で今夜誰か女の人に抱きしめてもらえ!!」


 号泣する勇者の前に有り金の半分を差し出して、俺は寄合場所の酒場を後にした。






 出入り口のドアノブに手を触れる直前、泣き止んだ勇者が俺に向って口を開いた。


「……実を言うとな、俺はお前のことが嫌いだったんだ」


「……へぇ?」


 どうやら俺の願いが通じたらしい。


 最後の最後で、俺への罵倒が聞けそうなことに安堵し、俺は振り向く。






「能力の無さを何の枷とも思わず、人と比べずに自分らしくまっすぐいきるお前が嫌いだった。今思えばそれは、一人の人間として卑しくもアランという人間を嫉妬していたからなのかもしれな」


「バイバイ」


 これ以上聞いていたらこっちが悪者になりそうな気がしたので、さっさと酒場を後にした。




◆  ◆  ◆




 一年後。




 その後俺は、無事(?)秘められた能力に覚醒した。


 信じられる仲間もできたし、今は前のパーティーよりもはるかに充実している。


 俺を白い目で見ていたパーティーメンバーたちはというと、追放の一か月後に冒険者にとってのタブーである麻薬の闇取引がバレた結果、冒険者の資格はく奪、十年の禁固刑に処されたらしい。ざまぁ。






 しかし、処罰の対象者の一覧にリーダーであるはずの勇者・ソルの名前はなかった。


 それどころか他のパーティーメンバーと異なり、彼に関してはなぜかパーティーを追放されてからの一年、何の音沙汰もなかった。






 そんな折、彼とひっそりと再会したのは、商店街の裏路地だった。


 食料の買いだめのため、日暮れ頃の商店街を一人で歩いていたころの話だ。


「……ラン……か……」


 聞き覚えのある声が聞こえてきたので、俺はそちらへと振り向いた。


「……アラン、じゃないか……」


 一瞬、声のよく似た別人かと思った。


 表情こそ微笑んでいるが、服はみすぼらしい麻だし髪も体も何日も洗っていなさそうな風貌だったからだ





 たった一年前に冒険者パーティーを率いる勇者だっただなんて、当時のメンバーじゃないと信じられないだろう。


 言ってしまうと彼の姿は、落ちぶれて何もかも失った浮浪者のそれだったのだから。






「お前か……立派にっ……本当に立派になったなぁっ……」


「ど……どうしたんだ!? なんでそんな恰好でこんな道をウロウロしてるんだよ!?」


 俺は彼へと近づき、彼がその恰好でその場にいる理由を問い詰めた。






 彼の俺を追放してからの経緯は、まともに聞くことも憚られる地獄だった。


 俺を追放した直後、彼もリーダーの立場を追われたらしい。


 しかし彼の場合、ただ追放されただけではなかった。






 当時彼はパーティーメンバーが闇取引をしていたことにいち早く気付いていたが、そのことでメンバーに危険視されたという。


 結果何をされたかというと、闇討ちだった。


 ダンジョンへの冒険中、騙されて麻痺状態になる毒薬を飲まされたあげく、頭を強く殴打されたのだ。


 気絶していた彼の武器、防具、アイテムはすべて売り払われ、気が付いたら無一文の状態でダンジョン前に野ざらしにされていたらしい。


 仕返ししようにもパーティーメンバーたちはとっくにそのダンジョンから逃亡しており、追跡も叶わなかったという。






 しかし本当の地獄はそれからだった。


 パーティーメンバーたちが逮捕されたことで、かつてリーダーであった彼は「闇取引パーティーのリーダー」というレッテルを貼られたのだ。


 罪人の濡れ衣を着せられた彼はろくにクエストを受注することもできず、冒険者として一からやり直すことすらできなかったという。


 クエストを受注できない以上稼ぎ口も見つからず、その日の飯や夜に泊まる宿すら危うい状態になり、今の状態に至ったそうだ。


 今では時折救貧院で支給されるスープと、ゴミ捨て場に棄てられた残飯が主食らしい。






「立派になれてよかったなぁ……よかった……なぁァッッッ……」


「もういいさっさと俺のパーティーに入れ!!!」


 そう言って、俺は疲労で崩れ落ちる勇者を泣きながら抱き止めていた。

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