第6話

 銃を構えろ、近くにいる、と囁かれる。

 急激に気配を変化させたトラヤさんと、サンタ(悪)が近くにいるという状況に、俺はにわかに緊張してきた。


 自分でも驚くことだが、いざ戦闘となるとそうそう簡単に対応できるものではないのであった。あっという間にテンパってしまったことが自覚できないほどには混乱していたと思う。極度の切迫感に喉が水分を失って貼り付いていく。


 混乱ついでにふと来た道を振り返ると、そこに、路地の入口を塞ぐほど大勢のサンタたちが大挙して押し寄せてきていた。そしてそれらがサンタ(悪)の軍勢である、ということに気付き、気付くや否や俺は咄嗟に銃口をそちらへ向け、ろくに狙いもつけずにトリガーを引き絞っていた。


「とっ、トラヤさん、トラヤさん! どうしましょう! どうします?!」

「落ち着きたまえ、こっちだ!」


 襟首を掴まれ、引っ張られるままに俺は後ずさって、建物の陰にしゃがみ込んだ。

 サンタ(悪)たちの反撃は運良く一発も当たらず、俺は何かの漫画に出てきた『当たるヤツはどうしたって当たる、それだけさ』という台詞を脈絡なく思い出した。

 トラヤさんが巧みに俺と位置を交換して牽制射撃をする。エアガン同士、身も蓋もない言い方をすればオモチャ同士の銃撃戦であっても、平和ボケした日本人が初めて体感するには充分すぎる戦場だ。


 BB弾の発射される音が幾重にもなって重苦しく路地裏に反響し、周囲はすぐさま独特の空気に満たされていった。足元に転がってきた敵方の黒いBB弾に、逆さ十字と、それに突き刺さる骸骨の横顔が彫られているのを見て、心臓がぞくりと寒気を訴えた。

 はなはだ不格好な話であるが、その時の俺は日常より数段重たくなった気体をうまく肺へと誘導できず、大きく肩を上下させていたのだった。十字架へ縋り付く聖職者のように、小さな武器を両手で握りしめたまま。


「大丈夫かい?」


 銃声の合間に尋ねられたが、俺は何も言えずに呆然とトラヤさんを振り仰ぐ。


「焦る必要はない。目を瞑って、大きく息を吸いたまえ」


 言われた通りに俺は瞑目して、息を吸った。


「止めて。――ゆっくり、吐くのだ」


 無理やり行動を制限された空気が、おもむろに解放されて、我先にと四肢の隅々にまで染みわたっていく。

 目を開けると、先程まであれほどぶれていた世界がくっきりと透き通って見えた。


「落ち着いたかい」

「……はい。すみません」

「最初は誰でもそうなるものだ。さぁ、行くぞ」

「はい!」


 一旦落ち着きを取り戻せば、後はゲームと同じ要領である。ゲームというものは案外馬鹿にならないものだ。特に昨今の三次元をそのまま放り込んだようなリアルなゲームをやり込んでいる俺にとっては、トラヤさんと入れ替わり立ち替わり援護と攻撃をしつつ移動することなど楽な任務であった。


「このまま一度大通りに出よう。人混みに紛れて、体勢を立て直す」

「はい」


 トラヤさんが援護に入り、俺は脳内で地図を広げ退路の確保に走る。

 今いるここは、2棟のビルの裏面同士が向き合っている細い路地で、ここを曲がって真っ直ぐ行けば1丁目の大通りに着く。

 俺は背中を壁に任せ、唾を飲み込み(当然ながら、見えない場所を見に行く瞬間が一番緊張するものだ。)そっと曲がり角の向こうを覗いた。


 誰もいない。


 俺は安堵の溜め息をついて、トラヤさんを呼ぶべく振り返った。


 そこで硬直する。


 後々になって思い返してみれば、ここで硬直などするべきでなかったと思えるのだが、人間咄嗟の判断には弱いものである。

 ビルの裏に設けられている勝手口が開いていた。そこからサンタ(悪)の新手たちが出てきていた。それを認識するかしないかの内に、俺は自分の敗北と、サンタ(良)としての死を覚悟していたのだが、実際にもたらされたのは敗北のみであった。


 サンタ(悪)の一人が、持っていた鉄パイプを振りかぶった。


 サンタの衣装と鉄パイプ、という取り合わせは、なかなかに奇妙かつホラーであった。というかこれって、サンタ(良)としてじゃなくって、人間として死ぬんじゃね? などと考えられたのは束の間のこと。


「タカトシ君!」


 どうやらトラヤさんに名前を呼ばれたらしいのだが、それに対して突っ込む暇すら与えられず、振り下ろされた圧倒的暴力を前に俺の意識は諸手を挙げて降参したのだった。

 

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