第4話

 駅前の商店街に行くと、そこはクリスマスムード一色であった。きらびやかな装飾の下で、サンタの格好をした人々がありとあらゆる手立てを使って客寄せをしている。

 トラヤさん曰く、サンタの衣装を着て、子どもたちやクリスマスを楽しむ人々のために働こうという人間であれば、十二月二十四日・二十五日の二日間だけは、無免許でサンタクロースになれるらしい。すなわち、クリスマスの日には、良かろうが悪かろうがサンタが大量発生する、という事態になるのだとか。

 ちなみに、俺も今はサンタになっている。帽子と上着を着けただけだが。クリスマスのために働くのだ、誇りを持ってサンタであると言っていいぞ、とトラヤさんには言われた。何なら、正規サンタになるための試験の案内もしてあげようか、とも。……就職に困ったら行ってみようと、俺は思わなかった。そんなこと思うわけがなかろう。給料はほぼゼロに近いらしいし。今日日どんなブラック企業でも雀の涙程度の給料は出るぞ。


 まぁ、そんな話はさておいてだ。


 正直、悪サンタ? そんなもの分かるはずがなかろう、というか存在するかどうかすら危ういぞ、と心底思っていた俺は、街に出てみてその認識を根底から覆されるのであった。

 確かに、よくよく見れば違いは明白であった。

 サンタ(良)は何ら問題なく、子どもたちを相手に穏やかな笑みを浮かべて対応している。

 が、反面、サンタ(悪)の姿は見事なまでに醜悪であった。どうしてこの二十数年間、まったく気付かずに過ごしてこられたのだろう。サンタ(悪)の微笑みには、裏にどす黒い欲望が渦巻いているのがしかと見える。たっぷり膨らんだダルダルの頬は脂ぎっていて、てかてかと薄汚い光沢を放っていた。

 なのにぱっと見どちらも同じに映るのだから性質が悪い。目敏い親御さんの何人かは本性に気付き、慌ててお子さんの手を引く方もいたが、大抵は気付かぬままサンタ(悪)の餌食になってしまっている。


 こうして純真な子どもたちの夢が幾つも幾つも潰されているのか。


 俺の夢も潰されたのかもしれないのか。


 あぁ、何という悪行、何という非道!


 俺は自分の中の隅っこの方にかろうじて留まっていた、正義感やら、義侠心やら、そう言った類のものどもの残り滓が寄り集まって、ぶすぶすと煙を上げ始めるのを感じた。湿気ているのか、なかなか火が点かないでいる。なぁ頼むよ、こういう時ぐらい景気よくボッと燃え上がってくれやしないだろうか。


「なぁ、酷い連中だろう、クビナシ君」

「まったく許し難いですね。あと僕はタカナシです」

「おや、失礼、タカナシ君」


 トラヤさんはひょっと肩を竦めて、古ぼけた懐中時計を取り出した。蓋の裏側に宝石か何か、小さな赤い光があるのがちらと見えた。


「三時になったら防衛軍が一斉に制圧にかかる。それまで私たちは街中を転々としつつ、悪サンタの拠点を探っていくとしよう。悪サンタたちは、集めた夢をその場では食べず、拠点に持ち帰ってから悠々と食す。私たちは遊撃隊、すなわちゲリラ隊だからね。拠点を見つけ出し、そこを潰すことが大きな任務となるのだよ。いいかい」

「はい、わかりました」

「銃の扱いは大丈夫かね?」

「大丈夫です。得意なんで」


 トラヤさんはくつくつと肩を上下に揺らして笑うと、懐中時計をパチンと閉めた。


「今年は良いバイトに恵まれた。大変な一日となろうが、ともに頑張ろう」


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