第3話

 トラヤさんの説明は続く。


「彼らは、一見しただけでは普通のサンタとの違いは分からない。が、よく見ればすぐに分かるのだよ。酷く醜い連中だからね、奴らは」

「ええと……悪サンタって、ブラックサンタ、とかってのとは違うんですか?」

「良い質問だ、ヤマナシ君」

「いえ、タカナシです」

「失礼、タカナシ君。

 ブラックサンタ、というのは公式だろう? 悪い子にお仕置きを与える、正規のサンタだ。世界サンタ協会にも認定されている。ブラックサンタになるには数々の試練があってねぇ、なかなかなれないものだから、いつだってサンタ業界の羨望を集めているのだよ」

「へぇ……」

「ブラックサンタは、子どもの評価に対して正当な報酬を与える、言うなれば警察のような役目を負っているのだ。

 それに対して、悪サンタという連中は、だ。普通のサンタの振りをして子どもたちに近付き、子どもたちの夢や希望を集められるだけ集めて、叶えようとは一切せず、自分たちの食い物にしているのだよ。市民から集めた税金を着服して私腹を肥やす、腐った政治家群のようなものだ。

 彼らに食われた夢や希望は、一生叶わないままになってしまう。悪サンタたちの手によって将来を潰される子どもらの、何と多いことか。ここ数年の被害総計は、十年前の倍になってしまった……」


 俺は二の句を継げなかった。あまりに突拍子もないお伽話じみた話に、信じられないとは勿論思った。しかしトラヤさんの口調は淀みなく悲嘆に暮れていて、俺を騙して一杯食わせてやろうという陰謀じみた気配は露と感じられなかったものだから、一体どうしたものかと軽く途方に暮れてしまったのだ。

 トラヤさんは、重たい空気を吹き飛ばすように勢いよく顔を上げた。


「そこで、我々の出番というわけなのだよ、タカスギ君」

「あの……タカナシです」

「……度々失礼、タカナシ君。すまないね、本当に」

「あ、いえ、お気になさらず」

「すまない。――それで、だ。もう察せられたとは思うが、我々クリスマス防衛軍の任務は、悪サンタたちの討伐だ」

「討伐? 討伐って、え、あの――」

「使うのは単なるエアガンだ。これを見たまえ」


 トラヤさんの上半身が一瞬テーブルの下に消え、戻って来た時にはその両手に黒塗りのケースが四つほど抱えられていた。どかどかどか、と騒音を伴って無造作に卓上に並べられたケースは、大きいのと小さいのとでそれぞれ二つずつあった。


「開けてみたまえ」

「では――」


 俺は一番近くにあった小さいケースを開いた。


「ベレッタ92F……」

「ほう、詳しいね。素晴らしい」


 確かにそれは紛うことなくエアガンであった。これならば殺傷することはない。

 トラヤさんの細い指先が大きい方のケースをコツコツと叩いた。


「こっちにはレミントンM700が入っている。弾はこれだ」

「普通のBB弾ですね」

「あぁ、普通のものだよ――悪サンタを殺せる成分が含まれていること以外はね」


 と、トラヤさんはBB弾を数個取り出して、俺に差し出した。


「よく見てみたまえ。紋章が刻まれているだろう」

「――あぁ、本当、だ……?」


 なんだこの紋章。リースっぽいギザギザの輪っかの内部に簡略化された骸骨が描かれている。周囲には可愛らしい星が散らばっていて、妙にファンシーなところが逆に不吉さを煽ってくる。トラヤさんは「良い意匠だろう。実を言うとこの私も、デザイン制作に携わったのだ」と得意げに胸を反らしている。おそらくマスクが無ければ究極のドヤ顔が拝めたことであろう。


「その紋章に、悪サンタを祓う力が込められているのだ」

「はぁ」

「特注品だからね。無駄撃ちは出来るだけ控えるように頼むよ」

「ええと、つまり……これは、このエアガンで、悪サンタを片っ端から撃っていくお仕事、ということですか?」

「その通り。理解が早くて助かる。さぁ、続きは街に出て、実際に悪サンタどもを見ながら話そうじゃないか、カオナシ君」


 何やら現実感のない仕事ではあるが、犯罪の香りはしない。サンタ(悪)がどうのこうのという話は正直信じられないし、半分以上この人の作り話だろうと確信しているが、危ない橋を渡らされることは無さそうである。

 俺は少しだけ緊張を解くと、笑って言った。


「タカナシ、です」


 某有名アニメ映画じゃねぇんだからよ。


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