第9話祟りアリ、タタミ叩いて立ち有りて

「君がためぇ、お……」

バシィ……ッ

美しく響き渡る、畳を打つ平手の音。

……どうして?

どうして俺様はこんな場所で

正座していないといけないのだ?

畳の縁に綺麗に膝を揃えて顔を突き出す。

突き出したくもないのに。

畳の縁は縁起が悪い。

その昔、弟である範頼の従者・当麻太郎は

寝所の下に潜んで俺様を刀で狙っていた。

「誤解ですっ!」

って涙ながらに叫んでたけど

古今東西、犯罪者は大抵そう言うものだ。

「いまはただぁ……」

バシィ……ッ

痛そうな音がまた響く。

大体、畳というものはだなぁ、

もっと丁寧に扱わねばならぬ……

って、どっかのじじぃみたいな

小言を言いたいわけでもない。

ああ、もう。

俺様は溜め息をついて肩を落とした。

帰っていいだろうか?

「おい」

低い声に顔を上げれば、

目の前で、政子の兄の宗時が膝を詰めていた。

「やる気がないなら帰れ」

どしりと座った目に、大きく曲がった口。

「やる気なんかあるもんか」

そう言ってやりたいのを、じっと我慢して睨みつける。

「三枚取れば私の勝ちなんでしょ? やるわよ!」

事のおこりは、

もうすっかり忘れかけていた古地図だった。

(忘れた人は「俺さま、頼朝さま」を読み返してくれ)

スカートのポケットに入れたまま存在を忘れていたソレ。

制服ってよっぽど汚れない限り、月に一回くらいしか洗濯しない。

だからすっかり忘れてた。

ここ数日、走り回ったり暴れたりしたので

一回洗濯しておこうかとポケットを探ったら出てきたのが

すーっかり脳みそから零れ落ちていたその古地図。

早速、ツネを捕まえてどこでどう入手したものなのか

確認しようとした所で捕まったのだ。

学園の女ボス、静に。

「それは我が会が所有する物」

小さい癖によく振動する声。

その波動は空気を震わせ床を伝い

足を這い上ってビリビリと身体を震わせる。

足が竦んで動けなくなった俺様に

静は音もなくスーッと近寄ると

優美な所作で俺様の手の中の古地図を取り上げようとした。

蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない中、

俺様は指先だけに力を込め

奪われまいと集中した。

ビリッ

その結果、古地図は見事に千切られる。

「あ……」

静が小さく悲鳴を上げた瞬間に

俺様を縛っていた呪縛が解けた。

「ひどいっ!」

俺様は叫ぶ。

こういうのは先手必勝だ。

「これは先祖代々の家系図なのにっ」

静の眉が上がる。

「歴オタのツネに頼まれてガッコに

持って来てあげただけなのに破くなんてっ!

静さん、ひどすぎますっ!」

ここぞとばかりに大声で喚いてやる。

昼の講堂。昼食を買いにやって来た連中が

皆、何事かと足を留める。

さすがの静も怯んだ顔を見せた。

手にしている紙の大きさからして

静の手の中に残った部分は端の一部。

あれだけなら、元が何かも分からないだろう。

だが、端がなければ後々困るかもしれない。

「返してくださいっ!」

泣きはらした(雰囲気の)目で静を睨み

大きく手を広げて前に突き出した。

『返してください』

前にそう言ったのは静の方だったな。

薄ぼんやりと思い出す。

義経を、子を、

自分の元へと返せと

赤く恨む目で俺様を見ていた。

静は今は青い目で俺様を見ている。

それから静かに口を開いた。

「そう。家系図だと言うなら

今ここで見せてみなさい」

あ、しまった。

ひと目見れば家系図じゃないのが

ばれてしまう。

「駄目です!」

静が眉を上げた。

「あら、どうして?」

「それは……」

「家系図なら見せられるでしょ?」

「駄目なんです!」

「怪しいわ。やっぱり寄越しなさい」

「め、目垢っ!」

静の目が大きく開かれる。

「……は?」

「目垢がつくから、一族以外の人間には見せるなと

お祖父様がおっしゃいました!」

「目垢? それは……」

続けようとする静の言葉をぶった切る。

「とにかく! そういう家訓なんですっ!」

静は一度口をつぐみ、

それからチラと義経を見た。

「じゃあ、なんでツネ君には見せるのかしら?」

う……

俺様は詰まる。

あー、もう、しつけぇっ!

「ツ……ツネは親戚だからですっ」

「嘘でしょ」

「嘘じゃありませんっ!」

睨み合う俺様と静。

その時、脳天気な声が

場の空気をビリっと破いた。

「じゃあ、勝負したら?」

脳筋男、ツネ。義経の声。

「静ちゃんはそれが見たい。

兄ちゃんはそれを見せたくないんでしょ?」

オイオイオイ……

何、てめぇは第三者的な顔で

そこに立っちゃってんだよ!

大体なぁ、てめぇのせいで

俺様頼朝様が静に逆恨みされてんじゃねぇか。

脳天気に口開くんじゃねぇ!

……まぁ、確かに今回は

静に見つかっちまった俺様の落ち度ではある。

だが、元はと言えば、

こんな危険な女に手を出したお前が悪いっ!

こんな……院の手先の女にっ!

ぎろりと睨みつけてやる。

が、ツネは無邪気に笑った。

「ほら、今日は同好会の日だけど、

先輩方は遠征に出かけちゃってるしさ。

もっと競技かるたのファンを増やしたいって

静ちゃんも言ってたじゃない」

静がムゥと口を曲げる。

「それはそうだけれど、

こんなズブの素人を入れたいわけじゃないわ。

それも勝負なんてバカバカしい」

「でも彼女はこう見えて和歌は詳しいんだよ」

そして義経は勢い良くこちらを振り返る。

「な、兄ちゃん?」

俺様は勢いにのまれてつい頷いてしまう。

「え、あ、うん」

そりゃ、当たり前だ。

和歌で静なんぞに負けるものか。

「じゃあ、決まり。かるたで勝負しよう。

静ちゃんが勝ったらその紙を見せる。

兄ちゃんが勝ったら見せない。いいね?」

静が頷く。

俺様もつい頷きかけ、

そこではたと気付く。

「ちょっと待ってよ!

競技かるたなんて、私やったことないわよっ!

和歌がわかったって勝負できるわけないわっ!」

「ちはやふる」の漫画とアニメで

競技の流れは何となくは知ってる。

馴染みの歌には心を寄せたりもする。

が、それで知ってるのと

実際に勝負するのとじゃ絶対に違う。

大体、競技かるたは瞬発力と

運動神経と体力勝負がキーっぽい。

この俺様に、んなこと出来るわけがない。

「そうだね、静ちゃんは

クイーン戦狙うくらいの実力者だし、

まともには相手にならないよね」

カチン。

ツネの口調に頬を引き攣らせるも、

俺様は懸命に我慢した。

そう、俺様の一番のウリは

冷静さと我慢強さ。

戦国武将で言えば、家康系なのだ。

ここでわざわざ喧嘩を買う馬鹿ではない。

「じゃあ、静ちゃんじゃなくて、

かるた部の誰かとにして、

また札も五枚取るまで、とかにしたら?」

「一枚で!」

俺が叫ぶ。

「一枚? ふざけないでよ!

そんなのまぐれで取れるじゃない。

勝負にならないわ! 五枚よ!」

「二枚!」

「四枚!」

静と俺様、グググ……と睨み合う。

で、互いに値切った結果、

相手の陣の札が無くなる前に

俺様が三枚取れば俺様の勝ちということになって

今、俺様は畳に膝をついてるってワケ。

三枚くらいなら余裕だろうと思ったのだが、

そうもいかなかった。

相手が宗時だったからだ。

宗時は事情を聞くや、相手として名乗りを上げてきた。

「三枚どころか一枚だって取らせるものか」

お前が競技かるた部にいるなんて聞いてねえよっ

なんでそんな体育会系の身体してながら

競技かるたなんてやってんだよっ!

俺は密かに思う。

ぜってぇ、こいつもアニオタだ。

「ちはやふる」を見て競技かるたを始めたに違いない。

それがなんで俺や俺の好きなアニメを

目の敵にしてるかって……

んなの決まってる。

俺様が頼朝様で、

あいつが北条の宗時で

石橋山の合戦で死んだからだ。

そして、もっと言えば

俺様が政子を

宗時から横取りしたからだ。

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