第8話 彼女を虐める女に仕返しをしました

「やった……のか?」


 我ながらフラグっぽい発言をしてしまった。


 けど、どうやら本当にやったらしく、大型デビルベアーはピクリとも動かなかった。


 ――クマの弱点は眉間。


 いつだったか忘れたけど、テレビでその情報を見たのを思い出したオレは、足を攻撃して動きを止め、バウンド後に勢いの増すドライブ打ちで攻撃したという訳だ。


 相手はいくらクマのモンスターとはいえ……オレが殺したのか。


 こいつらもエサを求めて来ただけらしいし……本当にこれで正しかったのだろうか。


 いや、これもミリアを守るためだ。きっと正しかった。そう思う事にしよう。


「ソラさん! 大丈夫ですか!」

「ああ……なんとか」


 疲れと安心感でその場で仰向けになって倒れてしまったオレに元に、ミリアが涙目で駆け寄ってきた。


 ったく、ミリアにそんな顔は似合わないっていうのに。


「オレは生きてるから。だからそんな悲しそうな顔をするなって」

「ぐすっ……そんなボロボロになったら、悲しくなるに決まってるじゃないですか!」


 そ、そういうものなのだろうか。生きてるんだしそれで良いと思うんだけど。


 オレはミリアに苦笑いをしながら、なんとかその場で立ち上がった。


「これは……一体何があったというのだ?」


 今頃になって、リリアーダさんは仲間を連れて戻って来やがった。


「……オレが倒した」

「貴様が……?」

「すごい……リリアーダ様と強者数人で戦って勝てなかった相手を、一人で倒してしまったというの!?」

「凄いわ! 英雄だわ! これは我らの里長になってもらうのに相応しいのではないかしら!」


 他のデビルベアーを倒したのだろうか? 続々とエルフ達が集まってきた。


 オレが里長? 一体何を言っているのだろうか。


 いや、昨日ミリアが言っていた。里長は最強の戦士が務める。そして、エルフ達の賛成があれば外部の人間でもなれる、と。


「いいんじゃないかしら? 穏やかで優しそうだし!」

「賛成ー!」


 オレの知らない所で、どんどんと里長になる事への賛成票が集まっていく。


 ちょっと待ってくれ、誰も里長になるなんて一言も言ってないんだけど??


「くっ……私の方が弱いのは確かだ。周りの賛成も多数……男……いや、ソラ様。あなたが今から里長です。数々の非礼、お許しを」

「…………」


 急にしおらしくなったリリアーダさんは、俺の前にひざまずいた。


 リリアーダさん――いや、リリアーダは一体何を調子のいい事を言っているのだろう。こいつはオレを利用してミリアを殺そうとしたんだぞ?


 それどころか、ミリアはあんなに酷い目にあわされたってのに――死んでもおかしくないのに、里を守るためにここにきた。


 こいつはそんなミリアをまるで物のように扱って囮にしたんだぞ!?


 それに周りの連中もなんだ! そんな簡単に里長を変えても良いはずがないだろう!


 ああもう、どいつもこいつも! ふざけんのもいい加減にしろ!


 ――いや、待て。


 てめえらにミリアへの仕打ちの仕返しをする為に、里長という立場を利用してやろうじゃねえか。


「…………わかった。オレが今日からこの里の長だ!」

「キャー!!」

「新しい里長の誕生よー!!」


 周りのエルフ達から黄色い声援が聞こえてくる。


 調子のいい奴らだ。てめえらもミリアをいじめてたくせに……そんな連中の為に、里長なんか誰がするか。


「じゃあ、里長として最初の命令だ……リリアーダ。お前をミリアの殺人未遂で追放する」

「かしこまり――は?」


 オレの命令が理解できなかったのか? リリアーダは間抜けな声を上げていた。


 里長というエルフの頂点から、一気に森の外へと追放して権力を根こそぎ奪う……一気に転落しそうになる気分はどうだ?


「お前はミリアをデビルベアーの囮にして殺そうとした……だから追放だ。黒霧の森に追放だとアンタと同じになっちまうから、森の外にとどめてやる。ありがたく思え」

「な……私を追放だと!? 寝言は寝て言え!!」

「里長の命令は絶対。それが掟だったな?」

「くっ……わ、私が悪かった……だから追放だけは許してくれ……」

「ふざけんな。今頃謝っても、もう遅いんだよ。反論があるならかかって来い。こちとらあんたらが数人で挑んでも勝てなかった相手に、一人で勝つほどの実力はあるぜ?」


 逆ギレされて襲われるの防ぐために、敢えて挑発するように言ってみる。


 エルフという種族は恐らく実力主義……だからこそ、外部でも強ければ里長になれる。なら、その力を前面に押し出せば黙るはずだ。


 ……ダメだったらどうしよう! ミスった気がする!


「誰か! リリアーダをさっさと森の外へ放り出せ!」

「かしこまりました! リリアーダ様、行きましょう」

「離せ! 私はこんなの認めんぞ!!」


 リリアーダは散々暴れて見せたけど、数人のエルフに森の外へと連れていかれた。


 ざまあみやがれ。ミリアを殺そうとしたバチだ。


「よかった~リリアーダ様、横暴で嫌だったのよね~!」

「わかる~。強いからってやりたい放題だったわよね」


 リリアーダの取り巻きだったエルフ二人が、やや嘲笑するような笑みで言う。


 随分とすんなりと受け入れられたと思ったら、リリアーダは嫌われていたのか。納得。


 さて、あともう一つやらなきゃいけない事がある。


「ではもう一つの命令だ。里長であるこのオレ、卓山大空も森の外へと追放する!」


 全員がオレの言っている事の理解が出来ないのだろう――目を丸くして固まってしまっていた。


「森の外に出たら、二度と戻れないのも掟だったよな。でも里長を追放してはいけないという掟は無い。それに、オレは勝手に森に入った罪人だから追放されて当然だ。オレはもうこの森には戻ってこないから、勝手に次の里長を探してくれ」


 昨日ミリアから聞いた話の中にはそんな内容は無かった。まあ言ってなかっただけってのもあるが、その時はその時だ。


 現に全員黙っているところを見ると、そんな掟は無いようだな。


「今日中には里を出ていく。新しい里長はあんたらの中で決めるなり、外から連れてくるなり好きにしてくれ」


 そう言い切ったオレは、ミリアの手を取って彼女の小屋のある方角へと歩き出す。


 後ろから騒々しい声がいくつも聞こえてくるけど無視だ。


 小屋へと向かう道中、オレもミリアも一言も喋らなかった。


 本当はもっとエルフの連中に仕返しがしたかったけど、考える時間も無かったし、リリアーダを追放できたし良しとしよう。


 そんな事を考えているうちに、オレ達は小屋へと帰ってきた。到着するや否や、オレはミリアに勢いよく頭を下げた。


「そ、ソラさん!?」

「ごめん! どうしてもミリアに酷い事をした仕返しがしたくて……勝手に出過ぎたマネをしてしまった……本当にごめん!」


 ――あの仕返しはオレが勝手にした事だ。


 ミリアの為にと思っていたとはいえ、自己満だろうと言われたら正直反論は出来ない。


「えへへ、謝らないでください。ソラさんが私の為にしてくれた事だってわかってますから! ちょっとやり過ぎかなとは思っちゃいましたけど……」

「うっ……ごめん……」


 やっぱりやり過ぎだったか……。


「あの、ソラさんは外に行くんですよね?」

「そうじゃないと里長にされちゃうからな。それに外に行けば、家に帰る方法があるかもしれないし」

「なら、私も連れていってください!」


 ミリアも……だって? お別れしなくて済むのはとても嬉しいけど、外は完全に未知の世界。危険がないとは言い切れない。


「きっと私が頑張っても、この里は誰も認めてくれません……すっごく悲しいけど……それが今回の件でよくわかりました」

「ミリア……」

「えへへ、そんな悲しい顔をしないでください。きっとまたいつか、因縁をつけられて追放されちゃうと思うんです……殺されるのに怯えるくらいなら、外に行きたい。それに、ソラさんとせっかく知り合えたのに、お別れなんて悲しいです」


 モジモジしながら顔を赤くするミリアに、オレの心臓は飛び跳ねた。


「あ、あと! 私がいないとソラさんは魔法を使えないですよ! 絶対連れていくべきですよそうしましょう! うん!」

「わ、わかったからそんなに詰め寄ってこないでくれ……当たってるから!」

「あっ……その……えっと、ソラさんなら、別に私はいいですよ……?」


 え……それってどういう意味だ……?


「あ、ちょっと待っててください!」


 ドギマギするオレを置いて、ミリアは小屋に戻っていった。


 胸が押しあたっててもいいって……まるであなたは特別って言ってるようなものでは……流石に自意識過剰か。


「お待たせしました!」

「その背負ってる杖を取りに行ってたのか?」

「はい。それと、これを取りに行ってたんです」


 そう言いながら、ミリアはオレに左手を見せてくれた。そこには、シンプルな銀の指輪が薬指にはめられていた。


 左手の薬指……え、ミリアって結婚してたのか!? って、異世界にオレのいた世界の風習があるわけないな。


「これ、お母さんが唯一残してくれたものなんです。これがあると、お母さんが近くにいるみたいで……」

「……そうか。なら大切にしないとな」

「はい!」


 ミリアの気持ちはわかる。オレにとって、卓球が母さんとの一番強い繋がりになっているようなものだろうな。


「さあ行きましょう!」

「うおっ、わかったから手を引っ張るな!」

「えへへっ! ダメですよ! 時間は待ってくれないんですから!」


 ミリアは今までで一番輝いた笑顔でオレに手を強く引っ張った。


 ――ずっとオレは、なんで卓球を続けているのか自分に問い続けていた。


 母さんの様になりたかったのもある。けど、オレが良いプレイをすると、母さんは笑顔になった。それが凄い好きだったんだ。


 きっとオレは卓球で誰かを笑顔にしたかったんだ。


 思い描いていたものとは違うけど……オレの卓球が、ミリアの人生と笑顔を守る事が出来た。


 ひょっとしたら、オレはこの為に異世界に来たのかもしれない。


 ——母さん。


 卓球を教えてくれありがとう。


 オレは母さんが教えてくれた卓球で、この可愛くて優しいエルフの女の子を守る……だから、空から見守っててくれよな。

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異世界で目覚めたら【卓球のラケットとピンポン玉の生成スキル】というハズレスキルを与えられていた 〜虐げられていたエルフの美少女を助けたら一緒に追放されそうなんだが? そんなの許せない! 仕返しだ! 〜 ゆうき@呪われ令嬢第一巻発売中! @yuuki_0713

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