第六章 終わりなき初恋を君に7

(私にも剣があれば、ロベルト様やドロシア達を守れる……共に剣を振るうことができるのに……)


 剣を振るえないことをこれほどまでに悔しく思ったことは初めてだった。

 カメリアの想いを読み取ったかのようにロベルトは問いかけた。


「剣が欲しいか、カメリア」

「欲しい」

 カメリアは迷うことなく答えた。


「ならば、お前に問おう」

「よせ、やめろ!」

 何かを悟ったワルターは叫ぶが、かまわずロベルトはカメリアにたずねた。


「お前は何のために剣を欲する?」


(何のために……)

 カメリアは何かを決意するように一度目を閉じると、ゆっくりと目を開いた。

 その緑色の瞳には強い光が宿っていた。


「皆を守るために、そして私として剣を振るい続けるために」

「いい答えだ」

 ロベルトは腰に差していた剣を抜くと、カメリアに差し出した。


「これは」

「今この場において、カメリア・ヴォルドを我が紅の騎士と認める」


 カメリアに差し出されたのは金色に赤を基調とした装飾がされた一振りの剣だった。他の者達の剣よりも細身で、剣を納める鞘の根元には、花を形取った金色の髪飾りが輝いている。


「俺のため、そして己のためにこの剣を振るうがいい」

「謹んでお受けいたします」


 カメリアは頭を下げると両手でその剣を受け取った。

 それは正式にカメリアがロベルトの紅の騎士となった証でもあった。


「貴様、正気か!? そのような女を紅の騎士にするなど」

「俺はいたって正気だ」

 それにと、ロベルトは続けた。


「俺のそばにはどんな闇夜や寒さの中であろうと、色鮮やかに咲き誇る花こそふさわしい」

「認めない……俺は認めないぞ!」


 ワルターはそう叫んだかと思うと、一瞬の隙を付いてロベルトへと斬りかかる。

 ロベルトをかばい、前に飛び出したカメリアの翻ったドレスの裾をワルターの剣がとらえた。


 紅いドレスが破れ、カメリアの白い足が露になる。

 そんなカメリアの姿を見て、ワルターは笑った。


「無様だ、実に無様な姿だとは思わないか? どう見ても騎士の真似事をしているだけの小娘ではないか」

「――それは違う」


 そう言ったのはワルターと対峙していた女性だった。


「無様という言葉は、お前にこそ似合いの言葉だ」

「何だと……」

 ワルターにそう言った女性はカメリアに向き合うと告げた。


「忘れるな、お前は女だ。そして」

 そこで一度言葉を切った女性はカメリアを見た。

 カメリアを映す瞳はあの日の夜空の色をしていた。


「気高き騎士だ」

 その一言にカメリアは目の奥が熱くなるのを感じた。


(駄目だ、こんなところで、こんな姿を見せるわけには……)

 そんなカメリアの想いとは裏腹に留まることが出来なかった涙が一粒、カメリアの頬を伝って落ちていった。


「我が紅の騎士・カメリアへ、最初の命令を告げる」

 ロベルトはワルターを指差した。


「この愚か者に己との力の差を見せ付けてやれ」

 涙をぬぐい、カメリアは答えた。


「我が主の求めるままに」

 カメリアが剣を抜くと、そこから現われた刃は白銀の輝きを放っていた。


(そうだ、私は女だ)

 カメリアは邪魔になるドレスの裾に手をかけると、一気にフリル部分を引き裂いた。


(そして……)

 カメリアは静かに剣を構えると、ワルターを見た。

 ――紅の騎士だ。


「認めない……お前などに奪われてなるものか!」

 勝負は一瞬だった。

 剣が互いにぶつかり合う音が響いたかと思えば、柄を失った剣が虚しい音を立てて、地面へと落ちていた。剣をおさめ、カメリアは告げた。


「お前の負けだ。ワルター」

 時間をかけて整えられた髪はつけ毛もなくなり乱れ、ドレスの裾はカメリアが自ら破き、とてもではないが見られた状態ではないだろう。


 しかし、それでもカメリアはそこに立っていった。

 短くなったドレスをはためかせ、剣を片手に持つ姿は凛と咲く一輪の椿の花を思わせた。

 ワルターは柄だけとなった剣を握り締めたまま、その場に崩れ落ちた。


「どうしてだ……どうしてこの私が、こんな小娘なぞに負けねばならんのだ!?」

「すべてはお前のおごりが招いた結果だ」

 ワルターにそう告げたのはロベルトだった。


「剣の重みを忘れ、努力することを忘れ、騎士の誇りさえも忘れたお前にもはや騎士を名乗る資格などあるはずもない。恥を知るがいい!」

 ワルターを一喝したロベルトが手で何かを示すと、兵達がワルターや男達をそれぞれ捕らえた。


「……いいのか、お前達は本当にこれでいいと思っているのか!?」

 ワルターは最後の悪足掻きと言うように、カメリア達をにらみつけた。


「紅蒼の騎士はバレーノが建国された時より存在する名誉と歴史のある称号……それをこんな小娘に与えるなど、これまでに例がない。こんなことはバレーノ王国が始まって以来の恥だと思わないのか!?」


 ワルターの形相に兵の拘束がゆるむ。

 その隙をつき、ワルターは隠し持っていたナイフをカメリア目掛けて投げ付けた。


「カメリア!」

 気付いたロベルトが叫んだ時には、その切っ先はすぐそこまで迫っていた。

 その時、カメリアの目に留まったのは、鞘を彩る髪飾りだった。

 カメリアはとっさに髪飾りを手にすると、自分に向かってくるナイフを弾き返した。


「あなたの負けだ。ワルター」

「そんな馬鹿な……こんなことがあってたまるものか……これでいいと本当にそう思っているのか!? こんな者を騎士と認めるというのか!?」

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