第六章 終わりなき初恋を君に6
「おら、どうした? 覚悟は出来てたんじゃねぇのか?」
軽々と斧を片手に持って凄むバルドに男達は悲鳴を上げた。
「待ってくれ! お、俺らは、ただ頼まれただけだ!」
「頼まれただ?」
「そうだ! 誰にも見付からずに、その娘を連れてきたら金をやるって……」
「そ、そいつを攫えば、紅の騎士も釣れるとか何とかって」
男が指差したのはバルドの後ろにいるドロシアだった。
しかし、ドロシアには自分が連れ去られる心当たりは全くない。
「で、誰がこんなことを頼んだんだ?」
「それは腰抜け達のかわりに、俺から説明してやろう」
そこに颯爽とあわれたのはロベルトだった。
ロベルトはこの状況にも関わらずひどく落ち着いた様子で、カメリアの元に歩み寄るとカメリアを縛っていた縄を解いた。
ロベルトが連れてきたらしい兵や他の騎士、舞踏会に招かれた者達の姿もある。
「大丈夫か?」
「どうしてロベルト様が、ここに」
「俺が用意した舞踏会の余興のためだ」
「余興?」
「だが、俺が招待した覚えのない者も混ざっているようでな。そういった者には早々にご退場願おうか……なぁ、ワルター」
ロベルトに名前を呼ばれたワルターはわざとらしく肩をすくめると、ロベルトの方へと近付いてきた。
「何を言われるのですか。私は新たな紅の騎士の誕生と、婚約を祝いに来ただけにすぎません」
ロベルトはそんなワルターを鼻で笑った。
「これが祝いだと。とんだ祝いもあったものだな、お前の中の祝いとはこのようなことを言うのか」
「何を言っておられるのか、理解に苦しみますが」
「カメリアから紅の騎士の称号を奪い取ろうと躍起になっていたかと思えば、今度は人攫いとは……救いようのない馬鹿とは、お前みたいな奴のことだな」
「なっ、馬鹿だと!?」
ワルターはロベルトをにらみつけた。
「こいつはお前みたいな馬鹿に屈する奴ではない。こいつのことを軽く見ていたお前はひどく焦っただろうな……そしてそこに振って湧いてきたのが、セロイスとの婚約だ」
これを逃すほど、ワルターは馬鹿ではなかった。
カメリアのことをよく思っていない者達を煽るのは簡単だった。
「お前はそんな奴らを隠れ蓑にうまく動いていたつもりだろうが、残念だったな。お前がこれまでカメリアに対して行なっていたさまざまな嫌がらせも、城門近くでナイフを投げ付けたことも全てわかっている」
(それは……)
カメリアが口を開くよりも早く、ワルターが声を上げた。
「違う……それは私ではない!」
「見苦しい。証拠は挙がっているんだぞ」
「何かの間違いだ! 私が城門でそいつに投げ付けたのはガラスの花瓶だ! ナイフなど知らん!」
ワルターからの告白にロベルトは笑った。
「お前からの告白、たしかに聞いたぞ。この場にいる皆が証人だ」
「まさか……この私を騙したのか!?」
「騙していたとは心外だ。物が違うだけで、お前がやっていることはそう変わりはないだろう。実際、お前が何をしたかの証拠はすべてそろっているからな。お前に言われてくだらないことをしてきた奴らも大概のものだが、お前のしたことは反逆行為だ」
ロベルトの言葉にワルターは焦りを見せた。
「反逆など私は一度も考えたことはない! 私がやったことなどただの嫌がらせにすぎない。それを反逆などと大層なことを言うな、くだらない!」
「ならば、お前は騎士にふさわしくない。同じ騎士である者に対して嫌がらせなどというくだらないことをする者を騎士とはいわない」
「なっ……」
ワルターは今度こそ言葉を失った。
これまでのことを認めようが認めまいが、ワルターが騎士の称号を取り上げられることはあきらかだった。
「それともこの場で自ら騎士の称号を返すか」
「……誰かそんなことをするか!」
ロベルトの言葉にワルターは剣を抜いた。
その先は何の迷いもなく、ロベルトに向けられた。
「お前のせいだ……お前がそいつを騎士だと認めさえしなければ、私は紅の騎士になれた。こうして称号を奪われるようなことはなかった」
「ロベルト様!」
カメリアはロベルトの前に出ると剣を抜こうと腰に手を伸ばすが、その手が剣をつかむことはなかった。
(しまった、剣が……)
そう思ったカメリアだったが、剣はもう目前にせまっている。
(せめてロベルト様だけでも)
カメリアはその場を動くことはせず、盾となる覚悟を決めると目を閉ざした。
しかし、いつまでも覚悟していた痛みが襲い掛かってくることはなかった。
不思議に思ったカメリアが目を開けると、そこにはひとりの女性の姿があった。
その女性の手には剣が握られており、カメリアに向けて振り下ろされるはずだったワルターの剣を受け止めていた。
青いリボンに、青いドレスがひるがえる光景に呆然とするカメリアを振り返った女性にカメリアは見覚えがあった。
(まさか、彼女は……)
しかしカメリアが何かを言うよりも早く再び剣がぶつかり合う。
「何なんだ、お前は!? 女が出しゃばるな!」
ワルターの質問に答えることもせず、女性はただ黙ってワルターの剣を受け続ける。その様子をカメリアはただ見ていることしかできなかった。
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