第五章 重なる想い、重ならない想い6

*****


「似合うと思ったんだがな……」


 慌ただしい足音を聞きながら、ロベルトは床に落とされたドレスを拾い上げた。

 デザインはメイドなどの意見も参考にデザインさせたものだが、ドレスの生地はロベルト自ら店に足を運んで選んだものだ。


「お前もそう思うだろう?」

「当たり前のことを聞かないでくれないか。あの子に似合わないドレスなんてあるわけないだろう」


 そんな言葉とともに、物音もなく部屋にあらわれたのはルベールだった。

 ルベールは数冊の本を抱え、手には万年筆を持っていた。


「これはまた随分と物騒な物を持っているな」

「物騒だなんて心外だな、ただの仕事道具じゃないか」


 文官ならば万年筆を持っていたところで、何の不思議もない。

 しかしルベールにとって、それはただの仕事道具でないことをロベルトは知っていた。


「まぁ、君じゃなければ、どうにかしてしまっていただろうけどね。でも、君に消えられると色々と困るから……我慢してあげた僕に感謝してほしいよ」

「そう怒るな、ルベール。俺も少しやりすぎたが……まさか、あんな表情も出来るとは思わなくてな」

「まぁ、僕も驚いたよ」


 ルベールは苦々しさにその整った顔をしかめていた。

 無理もないことだが、ルベールのこんな表情を知っているのは恐らくロベルト達だけだろう。


「カメリアのことだから、一切躊躇することなく股間か目でも潰しにかかると思っていたんだけど」

「お前、それをわかったうえで、よく何もせずに見ているだけでいたな」

「僕は君の考えに従っただけだよ」


 そう答えるルベールはにこやかに笑っていた。


「お前、怒っているか?」

「さすがの僕もこうなるとは思っていなかったからね。カメリアにあんな顔をさせたことについて、怒りがまったくないと言えば嘘になるかな」

「俺が言っているのはさっきのことじゃない。さっきのことは悪かったと思っているが……」


 ロベルトは改めてルベールに問いかけた。

 

「ルベール、お前は俺を恨んでいるか?」

「どうして急にそんなことを聞くんだい?」

「いや……」


 ロベルトは椅子に腰を降ろし、膝の上で手を組むとルベールを見上げた。


「お前達を引き裂いたのは、俺のせいみたいなものだからな」

「君のせいじゃないさ。それに君は僕にこうして機会を与えてくれたじゃないか」


 ルベールは机の上に腰を降ろすと足を組んだ。

 その姿はどこか余裕さえも感じさせるものだった。


「やはり、お前にはかなわないな」

「僕を誰だと思っているんだい?」


 昔からルベールはそうだった。

 何も知らない者から見れば、女のような顔をした優男にしか見えないだろう。

 しかしロベルトから言わせれば、こいつが優男などとんでもないことだ。


 ルベールがどういった男であるかを、ロベルトはよく知っていた。

 そして、ルベールが剣の代わりに何を選んだのかも。


「お前だけは敵に回したくないと、つくづくそう思うな」

「褒め言葉として、ありがたく受け取っておくよ」


 さてという声とともにルベールは姿勢を正すと、机に置いた本に手を伸ばした。


「君が探していたものだよ」


 差し出された本を受け取ると、ロベルトはページをめくった。

 書かれている文字に目を落とすと、そこにはロベルトの捜し求めていたものが確かに記されていた。


「さすがだな」

「不覚にも僕にしては手間取った方だよ。ご丁寧なことに大切に仕舞い込まれていたからね。それとこれを見てくれ」


 ルベールはページとページの間を指差した。

 よく見てみれば、そこにはページの切り取られた跡がある。


「肝心の部分がなくなっているんだよ」

「それは興味深いな。まさか、そこまで考えが回る頭があったとは」

「まさか、そんな頭なんてあるわけがないじゃないか」


 ルベールはくすりと笑った。


「そのページがなくなったのは、最近のことじゃない」

 本に残っている切り取られたページの端は茶色く変化しているが、他のページと比べると色が違い、ここだけ時の流れが違うことはあきらかだった。


「ここにあったページは、かなり昔に切り取られたものだと考えられる」

「つまり誰かがこのページを切り取って、捨てたということか?」

「いや、捨てたということはないだろうね」

「どうしてそう思うんだ?」

「この本は後世に残すために作られた特別なものだ。ページも傷などに強く、そう簡単に破いたりは出来ないように出来ている。それに」


 言葉を止めたルベールは胸ポケットに挿していた万年筆を手にしたかと思うと、扉に向かってそれを投げ付けた。

 ルベールの手を離れた万年筆はロベルトのすぐ横を通りすぎ、扉に突き刺さっていた。


「そこに書かれていたと推測されるものは、決して捨てられないものだからね」


 そう答えたルベールは先程と何も変わらない様子で執務室の上に座っている。

 変わっているところと言えば、万年筆が一本減っていることくらいだ。


「相変わらず見事な腕前だな。騎士にならなかったのがもったいないくらいだ」

「病弱なこの僕が騎士? 冗談を言わないでくれ」

 ルベールは机から降りると、靴音を響かせながらロベルトの横を通り過ぎた。


「僕には文官が似合いだよ」


 そう言い残し、ルベールは執務室を後にした。

 執務室に一人残ったロベルトは首だけを後ろに向けて、扉が閉まる様を見ていた。


 ――扉に刺さったままになっている万年筆。

 それはまるで扉の向こう側にいた誰に狙いを定めていたかのように、いっそ見事なまでに扉を射抜いていた。もちろん、普通の万年筆が扉に刺さるわけがない。

 万年筆はルベールの仕事道具であると同時に、ルベールの武器でもある。

 ルベールにとって、万年筆は己の武器なのだ。


(一体どれだけの人間が気付いているだろうな)


 たとえばロベルトは外側から茨を次々に切り落としていく人間だが、ルベールは違う。ルベールは茨の内側に静かに入り込み、棘を切り落とし、そして茨を根元から断つ。


 気付いた時には、もう何も残っていない。

 己の行く手を阻む者は容赦しない。塵さえ残すことも許さない、まるで紅色の炎のような男だ。


「全く恐ろしい奴だ……そうは思わないか?」


 ロベルトの言葉とともに、執務室のドアが開いた。

 そこから顔を出したのは一人のメイドだった。


 三つ編みに眼鏡と、地味な雰囲気を漂わせているメイドは扉に刺さる万年筆に目をやると、信じられないものを見るように目を見張った。


「……あの、こ、これは?」


 メイドは脅えながらも顔を近付け、扉に刺さった万年筆をじっと見ていた。

 そんなメイドの姿を見て、ロベルトは笑った。


「安心しろ、この部屋には俺とお前だけしかいない。それにお前のことだ、全て聞いていただろう」

「……それは失礼いたしました」


 そう答えたメイドの眼鏡の奥が紫色に輝いて、ロベルトには見えた。

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