第五章 重なる想い、重ならない想い5

「冗談はやめてください、ロベルト様!」

 それ以上は聞きたくないと、カメリアはロベルトの言葉を遮るようにして叫んだ。


「冗談ではないぞ」

 カメリアの言葉はロベルトに即座に否定されてしまった。


「お前を俺の物にするのは、お前が思っているよりも簡単なことだ」


 ロベルトはカメリアの襟元に手を伸ばすと、片手で器用に襟をくつろがせた。

 さすがのカメリアもロベルトが何をしようとしているのかを悟った。


「離せ!」

 カメリアは暴れるが、ロベルトはもう片方の手でカメリアの両手をとらえると、カメリアを楽しそうに見下ろしていた。


「どうした? なぜ剣を抜かない? その剣で不届き者など斬り捨ててしまえばいいだろう」

「そんなこと、できるはずが……」


 王子であるロベルトにカメリアが剣を向けることなどできるわけがない。


「違うだろう。抜かないのではなく、抜けないからだ。違うか?」


 カメリアの動きを片手で封じたまま笑うロベルトの姿に、カメリアは恐怖を覚えた。それは今までカメリアが感じたことのない類いの恐怖だった。

 寒くもないのに身体が震え、ロベルトがまるで知らない誰かのように見える。

 身体の芯が、心が冷え込んで、固まっていくのがわかる。


「お前の力だけでは俺にはかなわないい」

「そんなものやってみなければ」

「無駄な抵抗だな」


 ロベルトは鼻で笑うと、カメリアの耳元でささやいた。


「そんなことを続けるくらいならば、助けでも呼べばどうだ?」

「助けなど、私には必要ない」

「ほぉ……なら、このまま俺の好きにしても問題ないということだな」

「っ……」


 ゆっくりと輪郭をなぞり、首筋へと徐々に下がっていくロベルトの手は恐怖でしかなかった。

 しかし助けてと叫ぶことのできる名前など、カメリアにはなかった。


(私を助けてくれる人なんて、誰も……)

 そんなカメリアの脳裏によぎったのは、あの日の夜空のような瞳だった。

 気付いた時には、カメリアはその名前を口にしていた。


「ほぉ……」


 ロベルトはそう言うとカメリアから手を離した。

 突然のロベルトの行動を不思議に思いながらも、身体を起こすカメリアにロベルトは言った。


「意外だったな。まさか、お前の口からその名前が出てくるとは」

「……私をからかったのですか?」

「俺なりに真剣に考えた結果だ。こうでもしないとお前は話さないと思ったからな。それにああしたことがまったくないとは言い切れない。お前にとっても訓練になるだろうと思った」


 ロベルトはカメリアにたずねた。


「好きなのか?」

「……どうして、そんなことを?」

「何故、お前がその名前を呼んだのか気になってな」

「それは、偶然思い浮かんだだけで」

「別にあいつでなくともよかっただろう?」


 ロベルトはカメリアに問いかけた。


「お前の兄であるルベールならば、お前があんな目に遭っていると知れば、俺を殺さんばかりの勢いでお前を助けに来る。それこそどこに居ようがな」


(ロベルト様の言うとおりだ……)


 ルベールならば、どこにいたとしてもカメリアを助けに来るだろう。

 カメリアにとって一番身近にいる、そして唯一頼れる存在。

 それがルベールだったはずだ。それなのに、何故カメリアは別の名前を呼んだのか。


「教えてやろうか? 何故お前がその名前を呼んだのか」

 ロベルトは静かにカメリアを見た。

 その視線から逃げるようにカメリアは後退さるが、すぐに逃げ道はなくなった。


「それは」

(嫌だ……)


「お前が」

(聞きたくない!)


 カメリアは目の前にいたロベルトを突き飛ばすと、執務室を後にした。

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