第四章 咲かない花4

 城に着くなり、メイド達に「ロベルト様がいない」と泣きつかれたカメリアは城内を捜し歩いていた。


 普段ならばすぐに街に探しに行くのだが、何故か今日に限っては、ロベルトが城を抜け出した形跡がどこにも見られなかったのだ。


(ロベルト様もセロイスも一体どこにいるんだ?)


 朝から探しているロベルトも、今朝のことを話そうと思っていたセロイスも見つからないまま時間だけが過ぎ、気づけば昼になっていた。


 昼時のせいなか。騎士達や城内を警護をしている兵達の姿もひどく少ない。


 そのことを不思議に思っていたカメリアの目に飛び込んできたのは、廊下を抜けた二階との間にあるホールに出来た人垣だった。


(こんなところで、一体何をしているんだ?)


 誰かにそうたずねるわけにもいかず、後ろの方から人垣をながめていたカメリアだったが、カメリアがいることに気付いた兵達は何も言わずに道をあけた。


 普段では考えられない兵達の行動を疑問に思ったものの、カメリアはあけられた道を通って、人垣の中を進んでいく。


 そうしてたどり着いた中心には、カメリアが探していたセロイスとルベールの姿があった。


(どう見ても仲良くしているというわけではないな……)


「一体どういうことか、僕にもわかるように説明してくれないかな?」


 ルベールは顔に笑みこそ浮かべてはいるが、その目はまったく笑っていない。


「僕の知らない間に君とカメリアが婚約して、しかも君の屋敷で一緒に過ごすだなんて、嘘だよね?」


 そんなルベールと対峙するセロイスは平然と答えた。


「本当のことだ。俺達は婚約して、俺の屋敷にある部屋で寝食を共にしている」

「へぇ……」


 セロイスの答えを聞いてどよめく周囲に反して、ルベールは静かにそう答えただけだった。


(まずい!)

 女性と間違われることが多い、見た目の印象のせいで穏やかな性格をしていると思われがちなルベールだが、怒らせてはいけない部類の人間であることをカメリアはよく知っていた。


「兄上!」

 カメリアは思わずふたりの間に割って入った。


「あぁ、おはよう、カメリア。今日も可愛いね」


 突然現われたカメリアにルベールは驚いたものの、すぐににこやかな笑みを浮かべた。


「おはようじゃありません、兄上! こんなところで何をしているのですか!?」

「カメリアがセロイスと婚約しただなんて面白いことを兵達が話しているのを聞いて、いても立ってもいられなくなって、ついね」


 そう言いながらルベールはセロイスを見やると、再びカメリアへと視線を戻した。


「でも、そんな話は嘘だよね、カメリア?」


 首を傾げて笑うルベールにどこか恐怖にも似たものを感じるが、今更ごまかすことも出来ずカメリアは正直に答えた。


(怒るとは思っていたが、さすがにここまでとは思わなかったな)


「……いえ、本当のことです」

「セロイスをかばう必要なんてないんだよ。こんなくだらない嘘を流した人間は、僕がきちんと見付け出して注意しておくから」

「別に私はかばっているわけでは」

「そんなところもカメリアは可愛いんだから」

「話を聞いてください、兄上!」


 ふふふと笑うルベールは、とてもカメリアの話を聞いてくれそうな状態ではない。


 しかし、そんなルベールでも話を聞いてくれる言葉をカメリアは知っていた。


(本当は嫌だ……)


 このままでは、拉致があかないのは目に見えている。

 それに、いつまでもこんなところで騒いでいるわけにもいかない。


(しかし、こうなれば仕方ない)


 深くため息をついたカメリアは、覚悟を決めると口を開いた。


「……お、お兄ちゃん」

「カメリア……今、僕のことをお兄ちゃんって呼んでくれたのかい?」


 幼い頃のようにお兄ちゃんと呼ばれた感動で肩を震わせているルベールの目の前で、カメリアはルベールに向かって高らかに宣言した。


「私達は共に夜を過ごした仲なんです!」


 カメリアの一言に周囲は完全に静まり返った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る