第三章 未知なるもの8

「……いい加減、笑うのをやめろと言っているだろう!」

「っ、おい!」


 カメリアが胸元を掴むと、セロイスはそのままカメリアの上に倒れ込んできた。


「何をしているんだ、情けない」

「情けないって」

「騎士は一度した約束を違えることはない」

 自分の上にいるセロイスを見上げて、カメリアは告げた。


「お前も騎士ならば約束を違えるな。たとえそれが自分自身とした約束であったとしてもだ」

 その言葉を聞いたセロイスは何も言わず、カメリアの上から退いた。

 そんなセロイスを追うようにカメリアも身体を起こした。


「お前はどうして俺に協力しようとする? お前を巻き込んだのは俺だ。それも俺の好きなのはお前の兄だ。普通、協力はしないだろう」

「……最初はお前の恋がうまくいけば、私との婚約が白紙になる。そう思っていた。だが、今は違う……私は誰かを好きになったことはない。恋をどこか恐ろしいものだと思っている」

 

今まで剣一筋で色恋沙汰などには目も触れることなく、カメリアは生きてきた。


「そんな私にでもお前がどれだけ真剣に兄上を想っているかくらいはわかる」

 

カメリアには恋が一体どういうものなのかよくわからないが、セロイスのルベールに対する想いは間違いなく本物だ。

 セロイスの真剣な想いを無下に扱うことはカメリアにはできなかった。

 たとえ相手が誰であろうともだ。


「だから、私はお前に協力する」

 何も言わずにカメリアを見ていたセロイスだったが、ふと息をついた。


「……そうだな。お前はそういう奴だったな」

「そういう奴とは何だ! 私は騎士として当然のことを」


 カメリアの腕を引き、上体を起こさせたセロイスはまっすぐにカメリアの目を見て告げた。

「礼を言う、カメリア」


(今、なんて……)

 思わずセロイスを見たカメリアだったが、すでにそこには普段と変わらないセロイスの姿があった。


「それで今日見た不審な男の話だが」

 セロイスの一言にカメリアは即座に表情を変えた。


「すまない。捕まえることができなかった」

「いや、俺も悪かった。お前を責めることはできない」

 その時のことを思い出したのか、セロイスは一瞬苦々しげな表情を浮かべた。


「あの男に見覚えはあるか?」

「いや。ロベルト様にも報告の際に聞いてみたが、覚えはないと」


 あの場にいたのはカメリアとセロイスの他にロベルトとルベール、そしてルベールの恋人らしき男だ。

 ロベルトの顔は一般の人々にはあまり知られておらず、街へ遊びに行った際にロベルトは「商人の放蕩息子」という肩書きを自ら名乗っている。


 ただの物盗りならばその可能性も考えられるが、あの男の動きは物盗りではなかった。そして気になるのは大通りに出た途端に、姿をくらましたところだ。

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