第三章 未知なるもの2
「……ここに入るのか?」
ロベルトはカメリアやメイド達に紙袋いっぱいに入った菓子を脱走のみやげとして買ってくることがある。
ルベールもカメリアをよく女性客が多い店に連れて行ったこともあり、あまり考えたことはなかったが、そうした店に慣れていない男性の反応をカメリアは初めて見た。
「気持ちはわからなくはないが、探して連れ帰る役目がある以上、そういうわけにもいかないだろう」
「わかっている……」
カメリアはセロイスに諭すように言うと、扉に手をかけた。
軽やかなドアベルの音と甘い香りに迎えられて店内に入ってきたカメリアに女性客達は驚いていたが、カメリアのあとに続いて店にやってきたセロイスに店内は騒然とした。
「あれって、蒼の騎士じゃ……」
「どうしてセロイス様がここに?」
「それもふたり一緒にだなんて」
客達のどうしてと言いたげな視線がカメリアに向けられる。
セロイスの告白のせいもあるが、改めてセロイスの人気をカメリアは感じることになった。
なにも知らない者達からすれば、突然連れ立って店を訪れたふたりにしか見えないだろう。
(これで婚約のことが知られたら、一体どうなるか……)
婚約のことはどうやらまだ知られていないようだが、知られるのも時間の問題だろう。
自分に向けられる視線に気まずさを感じていたカメリアだったが、店の奥から二本の銀色の三つ編みとフリルの付いた白いエプロンを揺らしながらひとりの少女が駆け寄ってきた。
「まぁまぁ、カメリア様じゃないですか!」
「今日も繁盛していてなによりだな、ドロシア」
「えぇ、おかげさまで」
見知った顔があらわれたことに、カメリアは少しほっとした。
ドロシアは店主の孫で店の看板娘をしている。
ルベールがこの店の菓子を気に入っていることや、城を抜け出したロベルトが立ち寄る店のひとつということもあって、カメリアとは親しい仲でもあるのだ。
ドロシアはカメリアを頭の先から足の先までじっとながめていたかと思うと頬を染めた。
「今日も凛々しくてとても素敵です、カメリア様」
「ドロシア、何度も言ったと思うが、様付けで呼ぶのはやめてくれないか」
紅の騎士という立場からすると、そうした呼ばれ方をするのは当たり前なのかもしれないが、敬われるべきはその称号の元になった騎士でありカメリアではない。
「私はそんな立派な者でもないし、それに私とドロシアは親しい仲なんだから」
「何を言ってるんですか、カメリア様!」
ドロシアは水色の瞳でカメリアを見上げた。
「カメリア様はカメリア様です! 立派でないなんてとんでもないです!」
拳を握って熱く語るドロシアに店内の女性達の視線が集まってくる。
看板娘であるドロシアはその可愛らしい容姿から男性達に人気があるのだが、当の本人であるドロシアは男性に興味がないのだ。
その証拠にセロイスのことなど視界にまったく入っていない様子でドロシアは続ける。
「むさ苦しくて繊細さの欠片なんて微塵もない男の中に美しく咲き誇る。まさに一輪の花なんですから!」
「私が花なんて……ドロシアはまたそうやって大げさなことを言う」
ドロシアが事あるごとにこうしてほめてくれるのはありがたいことではあるが、誰がどう見ても、カメリアに花などと言う表現は似合わない。
(むしろ花という言葉が似合うのは自分なんかではない)
「ドロシアやこの店に来ている人達の方が、花と言うのによほどふさわしい」
カメリアがそう言うと店内にいた客のひとりが突然床の上に座り込んだ。
何事かと驚いたカメリアがそちらに目を向ければ、少女が顔を赤くして床に座り込んでいた。
そのまま放っておくわけにはいかないとカメリアは少女の元へと歩み寄ると手を差し出した。
「大丈夫? 怪我は?」
「あ……な、ないです……」
おそるおそるカメリアから差し出された手をとった少女の手はひどく熱く感じられた。
ふと周囲を見れば、カメリアと少女のやりとりを見ていた客達の顔もひどく赤い。
「最近、風邪が流行っているのか?」
「え、えぇ、まぁ……」
不思議そうにつぶやくカメリアに、ドロシアはあいまいな笑みを浮かべた。
「それより、今日はどうしたのですか? 制服のままで店に来られるなんて珍しいですね」
「あぁ、人を探していてな」
カメリアの言葉にフィオナは表情を曇らせた。
「もしかしなくても、またあの若様ですか?」
「あぁ……」
ロベルトは街では「城に出入りしている某商人の道楽息子」という設定を通しているため、顔馴染みになった街の人達からは「若様」と呼ばれているのだ。
店をたびたび訪れるロベルトとドロシアは一応顔馴染みではあるものの、カメリアを振り回すロベルトのことをドロシアはあまりよく思っていないようだ。
「今日は来られてませんね」
「そうか……」
「それにしても、こうもカメリア様をわずらわせるなんて、あの若様は何様のつもりなのですか!?」
(この国の王子様なんだが……)
さすがに言えるはずもない。
ロベルトが城から脱走していることは、城の中でも限られた者達の間だけの秘密とされており、何も知らない者達からすればロベルトは「執務室にこもって執務に励む品行方正な王子様」でしかないのだ。
(しかし、ここにもいないとなると、ロベルト様は一体どこに?)
まさかなにかあったのではというカメリアの想像を打ち消すように、少し乱暴なドアベルの響きが客の訪れを告げた。
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