第二章 そして王子は逃亡する6

「カメリア……? 一体どうしたんだい?」

「いえ、その……」


 いくらなんでも今のカメリアの行動はルベールも不信に思ったらしく、不思議そうな顔でカメリアを見ていた。


(どうする……まさかセロイスのことを、私から兄上に言うわけにはいかないし)

 ルベールはセロイスの気持ちを知らない。

 そんなルベールにカメリアからセロイスの気持ちを伝えるなどあってはならないことであり、さらにルベールにセロイスの気持ちを悟られてしまうわけにもいかない。


「私もさすがに十六となると恥ずかしくて……兄上もいい歳なのですから、そろそろ妹離れしてもらわなくては困ります」

「それは困るなぁ。僕にとってカメリアはいくつになっても可愛い妹であることに変わりはないんだから。それに妹を可愛がることのどこが恥ずかしいことなんだい?」


(そ、そう来るのか……)

「兄上の気持ちは嬉しいです。嬉しいんですが……」


 そこでカメリアはあることを思いついた。

(この流れなら自然と兄上の好みを聞き出せるかもしれない……!)


「兄上にも結婚相手や、結婚を考えている人がいたり」

「それはないね」

「そ、そうですか」

 食い気味でルベールはカメリアの言葉を否定した。


「なら、仮に結婚を考えている人がいたとすれば、兄上がいつまでも私のことばかりかまっていては悲しまれると思いますよ」

「そうか……そういうことだったのか……」

「……なにがですか……?」

「カメリアは僕のことが好きなあまり恋人や結婚相手に嫉妬していたんだね! なんて可愛いんだろう、僕の妹は!!」


 ルベールはそう言うが早いか。再びカメリアを抱き締めた。


「いや、兄上……私はそんなこと、一言も言ってません!」

「言わなくても僕にはちゃんとわかってるよ。安心して、僕にはそんな相手はいないし、仮に僕が恋人や結婚相手に選ぶにしてもカメリアを僕と一緒に大事にしてくれる人を選ぶから」


(それはもしかしなくても兄上のような人がふたりになるということか!?)

 カメリアの脳裏によぎっていくのは、ルベールから可愛がられてきた思い出の数々。文字通りルベールはカメリアのことを可愛がってくれた。

 それはもう純粋に、真綿どころか絹で包み込むかのように、時には父親からいい加減にしないかと止められてしまうくらいに。

 そのことを思うとルベールが選ぶ相手というのは、少しばかり大きすぎる愛をカメリアに惜しみなく注いでくれる、それこそルベールのような女性になるだろう。


(色々と複雑すぎる……)

 思わずカメリアが頭を抱えたくなったところで、ルベールは初めてセロイスの存在に気が付いた。


「あぁ、君もいたのかい、セロイス」

(最初からセロイスはそこにいました。なんならずっと見ていました、兄上)

「あぁ」

「すまないね。城の中でカメリアに会えることは滅多にないから嬉しくて」

「聞いていたから知っている」

(そうだな。ずっとそこで聞いていたからな)

「いやぁ、どうもカメリア以外は無意識に視界から追い出してしまっているようでね」

(兄上、なにを言い出すんですか、兄上!?)

「そのようだが、俺は気にしない」

(そこは気にしてくれ!!)


 ルベールに正面から抱き締められているせいで、ふたりが今どんな表情で話をしているのかはカメリアから見ることはできない。

 しかし聞こえてくる会話の内容やどこか棘を感じるルベールの口調、そして緊張のせいかどこか固く感じるセロイスの口調から、俗に言う「いい雰囲気」ではないことはわかる。


「僕の妹が随分と世話になっているようだね」

「……」


 僕のという部分を妙に強調するルベールに対してセロイスはなにも答えなかったが、答えるかわりにルベールの腕の中にいたままのカメリアの腕を引いた。

 突然のことにカメリアは腕を引かれるまま、背中からセロイスの胸元へと倒れ込んだ。


「こんなところで立ち話をしている暇はない。行くぞ、カメリア」

「行くぞって、おい……」


 歩き出したセロイスはカメリアの腕をとったままだ。

 そのせいでカメリアは半ばセロイスに引きずられるような形でその場をあとにするはめになった。



 セロイスとカメリアの姿を見送っていたルベールだったが、やがてふたりの姿が見えなくなると、ふとその笑みを消した。


「さて……」


 ルベールは手にしていた本を抱え直すとともに、ふと胸元にあるポケットへと目を落とした。そこには文官らしく数本のペンが挿さっているのだが、ルベールのこだわりでそれぞれペン軸の色が違っている。


 そんな何種類かのペンの中からルベールは赤いペンを手にすると、すぐに取り出せる位置へとそのペンを挿し直した。


「……早めに駆除しないとね」


 ルベールは小さくそうつぶやくと、ふたりが向かったのと逆の方へと歩き出した。

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