第二章 そして王子は逃亡する4
「……なぁ、今、何か聞こえなかったか?」
「そうやって私の話をごまかそうとするな! お前の屋敷で過ごすって、どういうことだ!?」
「俺に聞くな。俺の屋敷で共に過ごすように言ってきたのはロベルト王子だ」
「ロベルト様が?」
「あぁ……俺だってこれでも驚いたんだ。いきなり荷物が運び込まれてきたかと思えば、お前との婚約だと聞かされて、下手に断ることもできない状況だったからな」
その時のことを思い出したのか。
困ったようにため息をつくセロイスの姿に、カメリアは落ち着きを取り戻した。
(そうだ。こいつ、本当は兄上のことが……)
セロイスが好きな相手はカメリアの兄であるルベールだ。
それなのにルベールの妹であるカメリアと無理矢理婚約をさせられたことを思えば、セロイスにとって、この婚約は気の毒以外の何物でもない。
セロイスの好きな相手が同性で、さらにカメリアの兄であったことがまったく気にならないと言えば嘘になる。しかし協力すると言った以上、カメリアに二言はない。
(それにあれほど真剣な目で兄上が好きと言われてしまってはな)
ルベールのことが好きだとカメリアに告白した時、セロイスは一体どんな気持ちだったのだろうか。きっとカメリアが想像する以上の覚悟が必要だったに違いない。
そんなセロイスをほうっておくなど、カメリアの騎士道精神に反することでもある。しかし形だけの、それも一週間だけのこととは言っても、婚約のことを皆に話してしまった以上、せめて一週間の間だけでもそれらしく振る舞っておくことも必要だ。
「まぁ、不便はあるが、互いに一週間我慢すればすむことか」
「随分と簡単に言うが、どういうことかわかってるのか?」
「もちろんわかっている」
年頃の娘が男性と一緒に寝食を共にするなどふつうならば考えられないことだが、カメリアとセロイスは形だけとは言え、婚約者なのだ。
婚約者という立場であれば、寝食を共にしていても問題はない。
「それにお前が好きなのは兄上で、私に興味はないんだろう?」
「まぁ、たしかにそうではあるが……」
「なら、なにも問題はない。私のことは少しの間共同生活を送ることになった同僚とでも思ってくれ」
「……わかった、努力しよう」
なぜか歯切れの悪いセロイスが気になったものの、これで一週間の猶予ができたことに違いはない。
この一週間の中でセロイスの告白を成功させて、婚約を白紙に戻す方法を考えなければならないのだが、最大の問題はどうやって告白を成功させるかだ。
カメリアは改めてセロイスを見た。
夜空を映したような紺色の髪に、空のように青い瞳。
すらりとした容姿に「蒼の騎士」の名前にふさわしい剣の腕前。
興味のないカメリアから見ても、セロイスがひどく整った容姿をしていることはわかる。
(女性がほうっておかないわけだ……)
きっとセロイスの想う相手が女性ならば、セロイスがたとえどんなにかっこ悪いような告白をしたとしても顔を赤らめて幸せそうにうなずき、その告白を受け入れるだろう。
(しかし、相手は兄上だからな……)
ルベールの女性の好みなど、まして男性の好みなどカメリアが知るはずもない。
(まずは兄上の好みを探るところから始めるべきか。いや、でもセロイスは既に整った顔をしているからな……)
そんなことを考えている間に、どうやらカメリアはセロイスのことを凝視していたらしく、気付いた時にはセロイスの顔が随分と近くにあった。
「俺の顔に何かついているか?」
「い、いや、そういうわけでは」
「なら、どうして俺の顔を見ていたんだ?」
「それは……」
先程までとは逆にセロイスに凝視される形になったカメリアは困惑した。
セロイスほど整った顔の持ち主ならばこういったことにも慣れているのかもしれないが、あいにくカメリアはこうしたことにはまったくと言っていいほど慣れていない。
こんな距離で顔を見られた経験などないカメリアにとってはひどく落ち着かない。
「どうしてだ?」
セロイスは再度問いかけてくるが、カメリアは何も答えなかった。
(さすがに整った顔をしていると思っていたなんて言えるわけがないだろう……!)
カメリアはどうにかしてこの場をごまかそうと必死だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます