第一章 戦いの合図は教会の鐘で7

「お前の気持ちはよくわかった……そこまで言うなら、私も協力しよう」

「本当か?」

「あぁ」


 しかし、カメリアが協力するとは言っても、告白するのはセロイス自身だ。

 そのセロイスが告白すると覚悟を決めてしまえば、話は早い。


 報われない恋などと言っていたが、セロイスからの告白ならば、どんな女性もむしろ喜んで告白を受けるだろう。


 セロイスは想っていた相手と結ばれて、カメリアも結婚させられることはなくなる。どちらも無理な結婚をしなくてすむ。

 これほど素晴らしい解決策は他にはないだろう。

 この話が白紙になるのも、もはや時間の問題だと言っても過言ではない。


「それでお前の好きな相手というのは、一体誰なんだ?」

「……お前に言う必要はあるか?」

「あるに決まっている。相手が誰かわからなければ協力のしようもないだろう」

「そうだな……確かに、そのとおりだ……」


 セロイスは深くため息をつくと、想い人の名前を告げた。


「……ルベールだ」

 静かな部屋の中、セロイスの声がひどく大きく響いたように感じた。


「……おい、今、なんと言った?」

 何かの間違いかと、カメリアは思った。

 しかし、セロイスは再びカメリアにその名前を告げた。


「ルベールだと。そう言った」

 セロイスの言葉に沈黙が部屋の中を包んだ。

 セロイスが冗談を言わない人間だということを、カメリアは知っていた。

 そしてルベールのことをカメリアはよく知っている。

 だからこそ、カメリアはたずねずにはいられなかった。


「……本気で言っているのか?」

 何故なら、セロイスが口にしたルベールという名前。

 それはカメリアの二つ年上の兄のものだったからだ。


「あぁ」

 何の迷いもなく、セロイスははっきりと肯定してみせた。

 なにか吹っ切れたようにも見えるセロイスの態度にひどく焦ったのはカメリアの方だ。カメリアはセロイスの肩をつかんで問い詰めた。


「待て、落ち着いて考えるんだ! たしかに兄上は髪が長い上に女顔で私よりも女性らしく見えるが、れっきとした男だぞ!?」


 カメリアの兄であるルベールはひとつに結んだ長い髪にやわらかな顔立ちと、知らない人間からすれば女性に見えないこともない。

 実際に幼い頃から何度もカメリアと姉妹だと思われていたことや、女性に間違われていたことがあった。

 しかし、ルベールのことを知っているセロイスが、今更ルベールのことを女性だと間違えるはずもない。


「知っている」

 カメリアの目の前にあるセロイスの表情こそ普段と変わりはなかったが、その顔はかすかに赤く染まっていた。


「だが、俺は本気だ」

 じっとカメリアを見て答えるセロイスの目は本気だった。

 その目にそれ以上、カメリアは何も言うことはできなかった。

 たとえ、セロイスが思っている相手が自分の兄だとしてもだ。

 しかし、そうなると色々と事情が違ってくる。


(だからセロイスは私にあんなことを言っていたのか)

 セロイスが叶わない恋と言っていた意味も、話を聞いた今ならばカメリアにも理解することができる。

 もしかしなくとも、自分はとんでもないことを知ってしまったのではないか。

 カメリアは後悔するが、今更後悔してももう遅い。


「お前は、その……男性が好き、なのか?」

 見合い話を断り続けているセロイスにそのような噂があることはカメリアも知っていたが、所詮は噂だとカメリアがそれを本気にしたことはなかった。


 しかし、ルベールのことが好きだということはそういうことなのか。

 そんなカメリアに対して、セロイスは淡々と答えた。


「女性に興味を持ったことはない。俺はずっとこの想いを胸に抱いてきたからな」

 セロイスの答えは噂が暗に事実であると肯定するものだった。

 結婚する気のないカメリアに、女性に興味のないセロイス。

 それもセロイスの想い人はカメリアの兄であるルベールときている。


 同性との恋愛が珍しくない時代もあったようだが、それは過去の話だ。

 そういった昔話が物語として語り伝えられているため、同性との恋愛に対する偏見はそこまではない。

 しかし、今の時代ではひどく珍しいものであることに変わりない。

 初恋もまだのカメリアにとって、セロイスの恋愛を成就させることは無理難題であり、あまりにも荷が重いものだった。


「言っておくが、このことを誰かに言ったのはお前が初めてだ」

 気が付けば、先程までとは逆にカメリアはセロイスに肩をつかまれていた。


「そ、そうなのか……」

 セロイスに肩をつかまれているカメリアの背中に嫌な汗が流れていく。


「あぁ。それにお前ならば、誰かに言い振らすこともしないからな」

(一応、信頼されているのか……?)

かすかな感動にも似たものを覚えたカメリアだったが、カメリアに見せたセロイスの笑みはどこか含みのあるものだった。


「お前は誰とも結婚する気はない。だが、命令に背く気もない。そうだな?」

「そ、そうだが……」

「なら、この話を白紙に戻そうとしていることがばれることは、お前にとってはひどくまずいことだな」

「どうして、それを!」

「お前の考えそうなことくらいわかる。むしろ、よくバレないと思っていたな」

 セロイスは呆れたようにため息をついた。


「……私を脅しているのか?」

「さぁな。どう考えるかはお前次第だが、荷が重いと言うなら、俺との約束はなかったことにしてもいいが」

 まるで自分をからかうかのようなセロイスの態度に、カメリアは怒りを覚えた。


「甘く見てもらっては困る……私は脅されなくても約束を違える気などない!」

 カメリアはセロイスを見据えると、セロイスに向かって指差した。


「いいだろう……一週間だ。一週間、きっちりお前に婚約者として付き合ってやる!」

「たしかに聞いたぞ」


 そう宣言したカメリアの姿に、セロイスは口端を上げて笑ってみせた。

 まるで狙っていた獲物を見事に仕留めたかのような満足げなセロイスに、カメリアは悪寒に似たものを感じた。


(ま、まさか、こいつ、わざわざ言質を取るために……)

「約束を違えるのは騎士の恥だよな?」


 とても恋をしているとは思えないようなセロイスの表情の後ろにある窓の向こうから、朝の訪れを告げる教会の鐘が響いていた。


 そしてこの鐘の音がカメリアとセロイスの一週間の始まりの合図でもあった。

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