二人の距離を近づける儀式



 重なり合う熱はおれの心を刺激する。

 尖ったを差し入れられる感覚。


「ねえ、実篤さねあつ。そんなに力を入れたら、入るものも入らない」


「無理言うなよ……。これ以上はちょっと……」


「実篤の中、濡れていてうまくできない」


 せつ白緑色びゃくろくいろの瞳は、熱っぽい視線で濡れている。舌なめずりをするような表情はおれをじっと見下ろしていた。


「おれのせいじゃないだろう? 体が勝手にだな……」


 言い訳染みた言葉を返すが、雪は止める気配はない。これから自分自身が自覚するであろう感覚を想像しただけで、おれの躰の奥底が疼いた。


「いい? もう少し、奥まで入るよ」


「で、でも——」


「いいじゃない。ほら——」


 ずきっと心臓を刺すような痛みにおれは、思わず手でそれを遮った。


「も、もういいって! わかった。わかった。自分でするよ。贅沢は言いません。くらい、自分で致します。お前の手を汚したりしませんから」


「え! なんで? 耳垢が取れる瞬間って面白いのに」


 躰を起こし雪から逃げるように立ち上がったおれは、さっさとその場から離れた。


 近くにいたら、ねじ伏せられて続きをされそうな雰囲気だったからだ。


 梅沢市のゆるキャラである『ゆずりん』が頭についた耳かきを持ち、目をぱちくりさせている雪が恐ろしい。なんでも夢中になる男だ。きっと『もう止めて欲しい』と懇願しても、続けるに違いない。チリ一つ、ほこり一つ残さないくらい徹底的に耳の中を清掃されるに決まっているのだ。


 帰宅してから「耳の調子がおかしいんだよね」なんて言うものではなかったと後悔する。耳掃除って、新婚夫婦がイチャイチャするためのツールだと思って甘えたのが誤りの始まりだったのだ。


 やはり雪にはそういうロマンスは通用しないらしい。


「おれは面白くない」


「耳孔をきれいにしておくと、よく聞こえるようになる。なんだから、人の話はよく聞こえるようにしておいたほうがいいと思う。いつも頓珍漢なことを言う実篤が、更に頓珍漢になっては困るでしょう?」


「いやいや。いいんだ。頓珍漢でもなんでもいいんだって。おれはおれらしく生き抜いて見せる!」


「あ、そう。わかった。自分で認めて、その人格でこれからの残りの人生を過ごしていくと決めたのなら、おれは応援する」


 雪は嬉しそうに微笑を浮かべておれを見ていた。


 ——なんで耳掃除からそんな話になるんだよ!


「わ、わかったぞ! おれがやってやろう。お前の耳掃除をおれがやってやるぞ」


 ——それならいい。主導権はおれが握る!


「実篤は不器用でしょう? 鼓膜に穴でもあけられたら困るから。いい」


 雪は無表情のままため息を吐いて腰を上げた。


「冷たいよぉ。冷たいよ~。雪」


「なにが? 寒いの? エアコンの温度上げたら」


 おれはソファで一人取り残された。淡い思いはいつも打ち砕かれる。





***


 今年初めての実篤・雪コンビ。お題は「重なる」「入れる」「たつ」「濡れる」「入らない」「舐める」「やられた」「尖る」「汚れる」だそうです。全部入ったかな? 笑


 いつもワンパターンな二人ですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします笑



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