第36話 エピローグ

「ねえ、今日あたりに凄い法案が可決されるみたいよ」


 街を歩く女子大生と男性は、スマホを片手に耳に音楽を流して、何やら会話をしている。


「何だよ、その凄い法案ってのは」


「ベーシック何とかってやつみたいよ、低所得の人にお金を渡すんですって」


「ああ、ベーシックインカムか。てかな、つい最近国会に若造が入ったよな、25歳ぐらいの奴が」


「そうみたいね、何でも学校を出たっきりらしいわね」


「卒業して直ぐってやつか、凄いんだな」


「ねえあんたも立候補しなさいよ」


「うーん、俺も立候補しちゃおうかな、どうせこんな国は誰かが行動しないと変わらないしな」


 その女子大生は、男の腕を掴み、街頭テレビの方を見やる。


 既にそこには、低所得者らしき男女がおり、彼等は食い入るような目つきでテレビを見ている。


『本日付で、ベーシックインカム法案を導入致します……』


 総理大臣の春日の横には、慈愛党きってのホープと呼ばれる男がいる。


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 ロシアンルーレットに辛くも勝利した健吾は、クマや春日の勧めもあってか裏口入学で有名私立大学K大に入学を果たし、苦学の末に卒業して、議員選挙に立候補して、クマの資金援助の甲斐あってかトップで当選を果たし、晴れて政治家の仲間入りを果たした。


 勝は世界選手権で優勝して、梶原の勧めで健吾の秘書となり、昼間は健吾の事務所で働き、夜はジムで体を鍛えて防衛戦に備えるという贅沢な二足の草鞋を履いている。


 美智子は弁護士事件に合格を果たして、クマの資金援助で弁護士事務所を開設、健吾の顧問弁護士となり、社会で苦しんでいる人達の為に熱弁を振るっている。


 ベーシックインカム制度が導入が決まったその晩、健吾達はクマのいる燈火公園へと足を進めている。


「来たか」


 クマ達は鍋を囲んでおり、健吾の祝いを兼ねているのか、珍しく海外のビールや刺身などが並べられている。


「オオカミちゃん! やったわね! 流石ね!」


 ミカドは妊娠しているのか、臨月気味の腹をさすり、健吾にビールを渡す。


「ミカドさん、お腹の子の様子は大丈夫なのか?確かあんたは年はもう、45歳な筈だったが……」


「それならば、俺がいい産婦人科を進めたから大丈夫だ」


 髭を生やし、ストレスで少し頭が剥げてきたドクは、にやりと笑いながらビールを口に運ぶ。


「全くねえ、この人ったらねえ、3万渡すから生で出させてくれって頼まれてね、仕方なく妊娠させちゃったのよ、でもね、勝君のジムでコーチに就任したから別にいいけれどねえ」


 天狗は顔を赤らめて煙草に火を点ける。


「マイコンは、結局実家の会社を継ぐしねえ、いい男がいないわよ」


 彼等の酒宴を動画で撮影するマイコンは少し照れくさそうにしてうつむく。


「だってさ、親ももう年だし、後継ぎが俺しかいねえんだよ、仕方ねえじゃん」


「でもお前、年商200億円の大企業の跡取りだろ?俺達よりも勝ち組じゃねえか」


『超カンパニー』は、ミカドがプロデュ―スした大人のおもちゃが大ヒットして、大企業の地盤を固めた。


「なあ、クマさんは何処にいるんだ?」


 健吾は、クマに会いたいのか、さっきからしきりにクマを探している。


「クマさんならばあそこにいる」


 天狗は、ベンチの方向を指さす。


 ベンチには、缶コーヒーを口に運びながら煙草をふかしているクマがいる。


 *

 「やあ、来たか」


 クマは、健吾をいとおしい顔つきで見つめる。


「クマさん、俺、やっと政治家になれたよ」


「そうか、ベーシックインカムの導入有難うな」


「いやいや、なあ、クマさん……」


「何だ?」


「俺仕事探すから、クマさんは普通に働かないのか? クマさんぐらいの実力ならば、何処にでも……」


 クマは立ち上がり、月夜を見上げて、煙草を地面に落とす。


「俺は人様のおこぼれにあずかるホームレスだ、誰からの援助は受けねえよ……」


 クマはゆらゆらと、天狗達の方へと足を進める。


 その後ろ姿は、気のせいか、健吾にはでかく見えた。


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群狼伝ー或る青年ホームレスの人生逆転劇ー @zero52

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