パラダイス横町の見習い職人(ペンギン)

HiroSAMA

パラダイス横町の見習い職人(ペンギン)

 パラダイス横町の朝は早い。


 中でもかき氷専門店『南極の心エンターティカソウル』は特に早く、まだ日ものぼりきらぬうちから多くの職人ペンギンたちが活動をはじめている。


 職人ペンギンはみな、可愛らしいペンギンパーカーをフンドシの上エレガントに着こなしたおとこたちである。

 こおりきで鍛えた屈強な肉体ストロングボディで、南極から空輸されたばかりの氷塊を店内へと運び込む。


 見習い二年目のペンコもそこに紛れ懸命に働いていた。


 ただ、他の職人ペンギンたちと同じようフンドシにペンギンパーカーを重ねているが、小柄で色白な身体はやはり目立つ。


 なにより、重い氷塊を運ぶには少女の腕は細すぎる。

 無理をしては足を滑らせ、かえって周囲に迷惑をかけてしっていた。

 

   ◆


 店内に運び込まれた氷塊は、巨大ノコギリでかき氷欠き機マシーンに収まるよう切り分けられる。


 おなじ氷塊から切り出された氷でも、部位によってわずかなバラつきが生じる。

 特に『南極の心エンターティカソウル』では、その日の天候に合わせ、扱う氷を使い分けている。

 暑い日には涼をとりやすいように固くからく溶けにくい氷を粗く削り、涼しい日には氷の味をしっかりと味わえるように柔らかくあまく溶けやすいものを細かく削るのだ。


 氷の目利きはかき氷の味に直結する重要な仕事。

 それを行うのは立派な眉のペンギンパーカーをまとった店長の仕事である。


「コウテイ、今日は『辛め』が良いのではないでしょうかペン」

 ペンコは空の純度を確認しながら、レシピをうかがいたてる。


 コウテイは「ペペンペンペン」と、見習いの予測を半分だけ肯定したものの、午後からは天気が崩れて気温が低下するだろうことを告げる。

 そして、それに対応できるよう予め甘い氷も用意するよう指示し、開店準備を急がせるのだった。

 

   ◆

 

 開店するとパラダイス横町を歩いていた人間きゃくたちが『南極の心エンターティカソウル』へと足を向ける。


 だが、いかに人気店とはいえ、平日の昼間からかき氷を求める人間きゃくはそう多くない。


 稼ぎ時はサラリーマンやOLがひと仕事終えた昼以降。

 店先には並べられた五台のペンギン型かき氷欠き機マシーンもボチボチ程度にしか稼働しておらず、いまはまだ穏やかな時間が流れていた。


「ペペンペンペン」

 職人ペンギンは注文を復唱すると、 極太ごくぶと職人ペンギンアームかき氷欠き機マシーンのハンドルを回す。


 かき氷欠き機マシーン頭部に付けられたハンドルは、内部の刃と連動し氷の表面を削る。

 粉雪のように削られた氷片は、ペンギンの愛らしいクチバシから放出されると、ガラスの器に積み重ねられていく。


 やがて白麗な氷山ができあがると、井戸水に良質の白ザラメ(粒が大きく糖度の高い砂糖のこと。果実酒や菓子作り、煮物などにも用いられる)を溶かしたスイをひと振り。

 最後に季節の果物とアイスクリームをトッピングして完成である。


「ペペンペンペン」

「ありがとうね」

 常連人間きゃくである老婆は、ペンギンパーカーのおとこから出来たてのかき氷を手渡され笑顔を返す。

 その笑顔は極上のかき氷に対する感謝に満ちていた。


 ほおき片手に店外を掃除するペンコにもその笑顔は微笑ましい。

 だが、笑顔それ自分に向けられないことには、ささやか以上の焦りがあった。

 

   ◆

 

「やっぱりちがうペン」

 昼時の混雑がさばけると、職人ペンギンたちの休憩時間となる。


 ペンコはその時間を利用し、先輩の職人ペンギンたちの技を真似たかき氷をいたのだが……結果はかんばしくなかった。


 材料は人間きゃくにだすものとおなじである。

 素人が適当に欠いただけでも十分美味いかき氷は作れる。


 だが、ペンコはベテラン職人ペンギンのように軽快にハンドルを回すことができない。

 そのせいで完成に時間がかかり、溶けかけの部分が増えてしまうのだ。

 それに全力でハンドルを回したせいで、氷の削れも粗くなっている。

 とても人間きゃくにお出しできるようなものではない。


 見習いとして店にやってきたとき、非力なペンコが一流の職人ペンギンになるには時間がかかるだろうことをコウテイから指摘されていた。

 一流への道がたやすいものでないことは覚悟していたが、それでも二年の歳月を経ていまだ満足に氷もけない有様には、忸怩じくじたる思いがあった。


「ぺぺんぺんぺん」

 自らが欠いた失敗作を消化していると、先輩職人ペンギンが声をかけた。

 どうやら仕入れ先から、なにやら確認の電話があったらしい。


 ペンコは先輩職人ペンギンの「ペペンペンペン」という言葉に頭をさげると、急いで対応に向かう。


 片付けを引き受けた気の良い職人ペンギンは、彼女の使ったさじに手を伸ばすと、こっそり後輩の成長具合を確かめるのだった。


   ◆   ◆   ◆


 その日、ペンコはコウテイから呼び出しを受けていた。

 『南極の心エンターティカソウル』では、かき氷の配達デリバリーも受け付けており、それをペンコに任せようという話だった。


 雑用以外の仕事は初めてである。

 新しい仕事をもらえたことに対する喜びはあるが、同時に疑問も生じていた。


「その、私で良いんですかペン?」

 ペンコはコウテイに確認する。


 配達員は現地に氷を運ぶだけではない、その場でいてかき氷を振る舞わねばならないのだ。

 まだ人間きゃくに己のいた氷を出せぬペンコでは、その役割を果たすことはできない。疑問を持つのも当然だ。


 そして、「ペペンペンペン」という返事もまた、ペンコの喜びを半減させるものだった。


 今回の配達先は女子高だという。

 そんな場所に、ペンギンパーカーをまとったオス職人ペンギンたちを派遣することにコウテイは憂慮したのだ。


 女子高生とはまことに自分本位で身勝手な生き物である。

 そのことは二年前までおなじ女子高生をしていたペンコにも十分理解できる。


 職人ペンギンのフンドシに紙幣を挟み込むような女子高生はさすがにマレであろうが、こっそり盗撮するくらいのことは悪意もなしにやってのける。

 その点、同性であるペンコならば性的なハラスメントを受けることはまずない。


 だが、中退を選択した身で再びそこに足を運ぶことには躊躇ためらいがある。

 なにより、メスであることを理由に仕事を回されるなど『味は認められない』と言われているようなものである。


 見習いの不満を感じとったのだろう。

 コウテイはそれを溶かすよう「ペペンペンペン」と告げる。


 誰しもおなじ氷を削ることはできないのだ。

 例えおなじに削れたとしても、食べる環境はその都度ちがう。


 むしろベテランの職人ペンギンたちは、あえてちがう氷を欠き、その都度最高の氷を削り出しているのであると。


 そして、コウテイはロッカーから一台のかき氷欠き機マシーンを取り出すと、ペンコに手渡す。

 それは他の職人ペンギンたちの使うものよりも二回りは小さいかき氷欠き機マシーンだった。


「これは……」

「ペペンペンペン」


 戸惑うペンコに、それが彼女のためだけに作られた専用機であることが教えられる。


 試すようにハンドルを回すと、それは従来のものよりもズッと軽く回すことが出来た。


 小粒なくちばしの内側から粉雪のような氷片が放出される。

 その量は通常のかき氷欠き機マシーンよりもずっと少ない。


 だが、今回の配達デリバリーは、こまめに多数のかき氷を配布することを求められている。

 一度の量が少ないことは、バリエーションを楽しむことができるメリットとなる。


 それに、ハンドルを自在に操れるのであれば、相手きゃくに合わせた繊細な削り別けも容易よういとなる。


 ニューかき氷欠き機マシーンから生み出された氷をコウテイが最初に確認した。


 匙を置いたコウテイは満足げに微笑むと、改めて最高ペンコオリジナルのかき氷を配達デリバリーするよう命じる。


「わかりましたペン」

 ペンコは己の相棒を抱きしめると、『南極の心エンターティカソウル』の職人ペンギンとして恥ずかしくないかき氷を人間きゃくに届けることを誓う。


 そして、配達用のペンギンバイクにまたがると、パラダイス横町から勢いよく羽ばたき出ていくのだった。


〈了〉

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