第4話 謎謎謎

同日 午後六時


 精密検査の結果もこれといって特に問題も発見されることなく、母さんたちは一安心しているが、目覚めて数時間経った今でもあの時あの場で何が起きたのか記憶が蘇ることはなく。

 担当医からは様子見の為にも入院を強く勧められたが、その提案を俺は頑なに断り母さんの反対を押し切って自宅に帰ることを決断させる。自宅までのタクシーの中で亜香里の事について改めて尋ねてみたが母さんは知らぬ存ぜぬといった感じで全く理解できない状況が続く。

 真相をいち早く確かめたい。一刻も早く帰宅し、この目で確かめたかった。亜香里がどうなったのかを。その為には病室に軟禁など時間の無駄だ。

 その想いが俺を自宅へと帰る気持ちの原動力となる。


「早く家に……」


 急ぐ俺と関係なしにタクシーは平常運転で真っ直ぐ自宅前へと向かうなか、漸く窓から目撃した外の光景に唖然と言葉を失った。

 本来そこにあるはずの建物の消失。それは俺に虚無感を与える。

 タクシーを降りた俺はただ佇むしかなく。

 いつもの日常、昨日だって顔を会わせ並んだ彼女の家は微塵もなく閑静な住宅街の中でも異質と呼ぶべき何もない大地が姿を示しているだけであった。


「どうして……、唯隣に家は?」

「何言ってんのあにぃ元からそこ何もない空き地だったじゃない」


 唯の発言は俺に更なる現実を突きつけ、脳が思考を放棄しそうになるのを必死に堪える俺を心配そうに覗く唯に対し、これ以上は一旦止めようと深く追及することなく亜香里の家があった場所を一瞥し自宅に戻る。


「母さん、俺部屋に居るから何かあったら呼んでくれ」

「わかったわそれじゃ夕御飯出来たら呼ぶわね」


 帰宅早々俺は自室へと移動しようと母さんに一言説明し階段を昇る。その足取りは重く一歩一歩進む度憂鬱な気持ちになっていくのが感じられた。

 一日帰ってないだけの部屋が、何故かいつもと全く違って見える。まるで俺だけが世界から疎外されたように。

 そんな不思議な感覚に囚われつつ棚に並べてあるアルバムに手をかける。

 もう一つ残された希望を探して。


「これにも、あれにも無い。どうして?」


 片っ端からアルバムを開いて中身を確認しては、明後日の方角に放り投げ次のを手に取りの繰り返しをひたすら行う。

 それでも目当ての物は見つからない。

 自室の棚には、星に関する書籍等が陳列されているだけでなく幼少期から撮られ思い出の写真が収められたアルバムが幾つも置かれ、その中には亜香里が写り込んだものもあるはずだった。

 なのにいくら探したところで亜香里が隣に立つ写真は一枚として存在しない。

 一心になって探す俺は母さんが家庭用電話の子機を持って自室を訪れるとは全くの予想外で、最初人が部屋に入ってきたことに気づきもしなかった。


「岩沼君から電話だよ」

「哲平から」

「何かあきらに大事な話がある雰囲気だったよ」


 母さんは子機を俺に手渡すと、部屋に散乱するアルバムに目をやったが何も言わずそのまま部屋から出て行った。

 取り敢えずアルバムの事について、何も聞かれなかったのは幸いだ。


「もしもし哲平こんな時間にどうした」

「やぁ元気そうでよかった。病院で一度唯ちゃんと出くわした時あきら君はまだ目覚めていないって聞いたけど起きたんだ」

「なんか心配かけたみたいで悪いな。俺はこの通り元気にしているよって電話越しだとその辺さっぱりだよな」

「何年友達してると思ってんだよ、僕なら相談に乗るよ」


 普通にいつも通り話しているつもりでも、哲平には分かってしまうらしい。

 でもどう説明すればよいのだろうか。単純に亜香里を覚えているのかと聞いたところで満足のいく回答が戻ってくるとは限らない。そう思えば尻込みしてしまう。


「まぁ無理には聞かないでおくよ。但し本当に困っているのなら無理矢理聞き出してやるからな。話は変わるけどあきら君、君は校舎から出た後のこと覚えてるかい」

「それがあんまり覚えてないんだ。必死に校舎かた離れようとしたことだけは覚えているんだけどな、それ以外は」

「そっか分かったよ。変な質問してごめん気にしないでくれ」

「俺からも一つだけ聞いてもいいか」

「構わないよ。話す気になったみたいだね」

「なぁ哲平、お前は亜香里のこと覚えているよな。お前もあの時、あの場所に居たんだものな、答えてくれよ!」

「亜香里……?やばい見つかった、ごめんもう切るね」


 答えが返ってくるものだと思えば、切羽詰まった哲平はそう言い残し電話は一方的に切られてしまい、俺は疑問に思う。


「何をしているんだ彼奴?」


 哲平が今何をしているのか気になるところではあったが、もう一度電話を掛け哲平に亜香里の事についてもっと深く聞こうとすることは諦めるしかなく、哲平との電話が済んだ俺は急な電話で中断された作業に戻る。


「ちくしょ~何がどうなってるんだ」


 だが結局アルバム全てを見てもそのどこにも、彼女が写っている写真は一枚として存在しなかった。


※※※


 食事をする気など一切湧かなかったが、母さんに促されれば夕食を食べるしかなく、食事の席ではテレビが点き彗星落下を取り上げた特番が放映され、丁度番組は今日の昼間に撮影されたと思われる大宮高校校門前の画像に切り替わり野次馬の一人にインタビュー映像が映し出される。

 

「凄く大勢の人が来ているのね。そうだあきら、学校のことなんだけどまだ立ち入り禁止が解除されないらしくしばらく学校の方はお休みになるそうよ」

「了解、ご飯も食べ終えたし部屋に戻るよ」


 これ以上母さんを心配させたくなくいつも通りの振る舞いを心掛ける事にして食事を済ますと席を立つ。普段の俺ならば食事を終えるなり部屋にすぐに戻るなどしたことないが、それでも俺の行動に対し母さんも唯も何も言わないでくれた。

 部屋に戻れば置きっ放しにしていた子機に目が行く。

 哲平が駄目ならば……。

 権ちゃんの携帯に電話を掛けてみることにした。

 

「夜分遅くごめんな。権ちゃん起きてるか?」

「おぉどうしたあきら」


 電話に出たのは天文部の部長であり頼りなる存在、どっしりと落ち着いた彼の声が電話の向こうから聞こえてきた。


「会って話したいことがあるんだが、明日会えるか?」

「丁度良かった、俺もそう考えていたところだったんだ。それでさっきまで恭子ちゃんと話したんだけど、明日の午後二時過ぎに恭子ちゃん家に集まろうってことになったから空けとけよ」

「分かった」

「おいあきらもし悩んでいることがあるんなら相談しろ友達なんだからよ」

「ありがとう権ちゃん」


 電話で尋ねるのではなく、直接会って確かめたい想いが優り聞くと権ちゃんもどうやら同じ思惑だったのか、それとも普通に会いたいだけなのか分からなくとも彼の優しさは身に染みる。

 権ちゃんと話し終えればベランダの窓を開け外に足を踏み出す。

 そこから見る空の景色は昨日見た空と何一つ変わっていなかったはずなのにいつもそこにあったはずの白石家がないだけで全く違う景色のようだった。

 白石家が無いだけで、夜空の景色が変わることなど無いはずなのに……。


※※※


 岩沼哲平は一人学校に隣接する竹林を、夜の暗さの中物音を立てず静かに歩く。

 誰にも見つからないよう忍んで。おかげで竹林の手前にもいた警備員の監視の目を掻い潜り、目的地へと向け足を止めなかった。危険を犯しここまで来た理由はただ一つ。

 ただ普通に学校に入ろうと試みても正面突破は不可能だと体験したばかり、そうなればこの手段を取る道を選ぶしかなく。


「あの警備員、中に入れさせてくれても良いのに。一方的に駄目って言うなんて」


 理由を説明すればもしかしたら入れてくれるかも知れないが、そんなことを言う時間すら与えてくれず追い返されてしまった出来事を思い出し毒づく。

 やっとの思いで辿り着いた場所学校と竹林を隔てる高い金網フェンス。そこからなら校庭の様子を窺い知れると思っての行動で今に至る。

 哲平は目的地一歩手前、落下地点を伺えるフェンスまで近づくと彗星の落下地点はドーム型に布のような何かで覆われ中の様子は皆目検討つかず途方に暮れるしかなかった。

 そうなればダメ元で賭ける。

 ここまで都合良く事が運んだことに気を良くした哲平は、順調に行き過ぎた油断から竹林の中で友人に電話をつい掛けてしまった。

 それが良くなかったと後悔するのは、そう長くなく訪れる。


「おい貴様そこで何をしている!」

「やばい見つかった、ごめんもう切るね」


 懐中電灯の光が哲平の全身を照らす。

 気づかれれば時間との勝負。警備員に捕まらないように必死に逃げる。足場なんか気にせず走り、掠り傷があちこちに刻まれるが痛いとは感じなかった。

 竹林を抜け歩道へと飛び出たが、高校生とはいえ体育会系ではない哲平は体力が底を尽きかけ、逆に追いかける警備員の数は増え息切れする様子はなく段々距離も縮みこのままでは逃げ切れないと諦めそうになった瞬間。

 懐中電灯よりも大きな光、背後より近づくのは一台のワゴン車の明かりが通れば哲平の前に停車し助手席の扉が開けば老人が手招きしてきた。


「おい坊主、早く車に乗り込め」

「え、えっと……」

「いいから早く。このままでは奴等に捕まるぞ」


 背後からは今も警備員が数名追いかけ、前方には見知らぬ老人が自分を招く状態に追い込まれ、まだ捕まるわけにはいかない強い意志は一つの選択をさせる。

 やり遂げるべきことを遂行するため哲平は謎の老人が運転するワゴン車に乗り込む。乗れば即発進し見事追いかける警備員を振り切って道路を走り去っていく。


「ありがとうございますおじさん」


 無事に逃げ切れたことへの安心感、それに伴い疲れきった身体を休めるようにゆっくりと呼吸を整えながら助手席の椅子に深く腰を落とす。万全とはいかないが、落ち着きを取り戻して始めて助けてくれた老人に哲平は感謝の言葉を述べた。


「そんな礼は要らないぞ岩沼哲平君」


 運転に集中していた老人が前方を見たまま、隣に座る哲平に向け彼の名前を口にした。自分の正体を知っているその事実は目の前の謎だらけの人物を不安視して警戒を最大限強めることに貢献したのは言うまでもない。


「すまんそう警戒しないくれ、別に怪しい者ではないぞ。わしの名前は阿笠輝雄恐らく君が追い求めている謎の答えを知る科学者だ」


 依然として警戒心を緩めるつもりは毛頭ないがその言葉を聞いて哲平は少し謎のおじさんへの意識を少しだけ改める。

 どうしておじさんは聞くまもなく自身のことを「謎の答えを知る」科学者だと説明したのか疑問が湧く。

 ただ取り敢えずは……。


「何故僕の名前をご存じなのですか?」

 

 昼間の柿さんの話では報道各社への情報規制を行っていて世間には大宮高校に通う学生の誰が被害にあったのか報せるつもりはないし、秘密にすると約束してくれた。

 なのに何故おじさんは自分の名前を知っているのか気にならない訳がない。


「伝手を頼りにしただけじゃよ」

「伝手?」

「そんなことはどうでもよい。お主、知りたいことがあるからこそ、あの場に居たのじゃろ」


 自分の質問ははぐらかす癖に、質問はしてくるおじさんに物申すのをグッと堪えた。

 本当に彼ならば。一縷の希望は全く違う方角から降ってくるものだ。


「君の知りたいことを多分教えてあげられるはずじゃ。まぁわしの家まで来ればだがな、それが嫌ならここで降ろすが君はどうする哲平君」

「行かせてください。僕にはどうしても知りたいことがあるんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る