第3話 変わってしまった世界

十月十六日 日曜日 午後一時


 目を覚まし最初に目にした光景は見慣れぬ白い天井と白いベッドに心拍を計測するモニター。病室のベットの上で目覚めた俺は状況が飲み込めずにいれば隣で泣きじゃくる唯と目が合った。

 どうやら着ている服や部屋の状況から察するに俺は病院のベッドの上にいる患者そのものだ。けどどうしてこうなったのか思い出せない。 


「おにぃーーー無事で良かった。そうだお母さん達を呼んでくる」


 これでもかと言わんばかりに強く抱擁すると唯は、俺が言葉を発するよりも早く部屋を飛び出していき一人病室に置き去りにされた俺は何故病室にいるのかいまいち状況が飲み込めないまま、唯が戻ってくるのを大人しく待つしかない。


「あきらっ!」


 次ぎに扉が開くと同時に母さんの感極まる声が部屋に聞こえてくる。

 母さんは俺のもとへとすぐさま駆け寄ると精一杯力強く、まるで俺が生きているのを直接肌で感じるように抱きつく。

 また母さんも唯と同様涙を流して、俺の生存を噛み締めているといった具合だ。


「良かった本当に無事で良かった。心配したのよ」


 母さんのハグは俺の担当医だと名乗る医者が到着するまで続き、部屋に辿り着いた眼鏡をかけた三十代後半の男性は俺の身体に異常が無いか口頭質問を投げたあと軽い検査をしてくれた。


「うん通常通り会話も可能ですし、特に身体への外傷も見受けられません。本当にこれは奇跡としか言えません」

「本当ですか」

「はい、ただ身体の内側については改めて検査してみないと判断出来ません。精密検査を行っても?」


 最初誰に向けて医者が質問したのか分からなかったが、明らかに医療関係者とは呼べぬ担当医と共に病室に入り扉の前で沈黙を貫く黒スーツの男へと向けられたものだと気づいたのはその謎の人物が発した次ぎの言葉だった。


「すみませんが先生こちらも急を要しています。手短に終わらせますので少々お時間を下さい。それと彼と私の二人きりで話させて頂きたいお願いします」


 一刻も早く検査をしたそうな医者も男の頼みを断れないのか歯痒い感情を表情に滲ませるが瞬時に元の顔に戻り、母さんや唯と共に出て行く。

 部屋には俺と謎の男だけが取り残される。


「自己紹介が遅れたね。どうも初めまして国家安全管理局の柿大地だ。まぁまずは君になにが起きたのか説明しよう」 

 

 柿さんは昨日の夜まだ記憶がハッキリと思い出せずにいて、今こうしてこのベッドで寝ていたのか俺に何が起きたのか、その事を細かく説明し始めた。 

 元々アクロス彗星は地球の近くを通り過ぎるだけの予測だったが彗星の一部が割れる事態が起こったそうだ。これを研究者は誰一人予測出来ておらずしかも最悪なことに割れた破片は殆どが大気圏を通過する際に燃え尽きたのだが、一部が燃え尽きずに大気圏を通過してしまった。

 その燃え残った破片は何の因果か天文部が活動していた大宮高校の校庭に墜落したそうだ。

 ただ墜落した破片の一部が僅かなもので被害は最小限に留まったそうだ。

 具体的に述べるならば彗星の破片が落ちた中心地にいた天文部の面々は俺を含め全員がこうして同じ病院に運ばれたらしいが、俺ら以外は墜ちた時の衝撃で起きた風圧で学校近くの民家の窓が吹き飛び、割れた破片が人に切り傷を負った人物こそいるが、死者は誰一人居ないそうだ。

 柿さん曰く結果死傷者ゼロという奇跡的数字を生み出し、直下に居た俺らでさえ大きな怪我もない現状に彼は幸運が舞い込んだとたとえ話で語っていた。


「それじゃあ思い出せる範囲で構わないから、お兄さんに教えてくれるかな。あの場で何が起きたのかを?」


※※※


「…………。それで権ちゃんが叫んだ後急いで校舎を飛び出して校外に出ようとしたところまでが俺の覚えている範囲です」


 柿さんから状況説明を受けると、彼は当時の様子がどのようであったかを聞くなかでまだぼやっとする事もあり記憶に靄が掛かっているように思い出せない箇所もあるがそれでも、思い出せる範囲で俺は答えた。

 

「なるほど天文部の他の人たちとの食い違いもないようだしその内容で間違いなさそうだね、協力ありがとう。でも本当君たちの運は凄いね何しろ彗星の一部が落ちた中心地にいたのに共目立った外傷もなく無事だったんだから」


 何気なく言ったであろう彼の言葉に違和感を覚えた。

 今彼ははっきり口にした。「四人」と。


「ちょ待ってください。四人ってどういうことですか?」

「ん、あぁだからこの病院に運ばれてきた君たちのことだよ」


 心臓の鼓動が異様に速くなって高鳴る。理解が追いつかない。ここに来て嘘をつく理由はないはず。ならばこそどうして柿さんは今四人と言ったのか俺には分からない。もしかしたら聞き間違いかも知れない。

 恐る恐る否定するように聞き返す。


「嘘ですよね。俺たちは確かに五人いた」


 俺と亜香里。

 そして権ちゃん、恭子ちゃん、哲平。

 この五人揃って始めて大宮高校天文部であり、アクロス彗星を観察した昨日も確かに全員が学校の屋上にいたのを覚えている。

 確かにあそこには五人居た。それは間違いようのない事実。


「ちょっと待ってくれ!五人いただと君たちの部活に所属にしているのは学校側にも問い合わせたし、他の天文部の部員は君が目を覚ます前に聞き取り調査を済ませたが確かに四人だけ。五人目があの場に居たとは誰一人言わなかったぞ」

「部長の安藤権兵衛、副部長の岩沼哲平、理事長の娘の貝塚恭子、そして白石亜香里それに俺を含めて始めて大宮高校天文部なんです。一人欠けていますよ」


 この時ばかりは冗談だと思ったが、柿さんの顔は曇りどうにも嘘をついている人の顔には見えなかった。

 更に言えば彼の態度は嘘をついているようには見えず、本当に今新たに生まれた事実を受け止めることが出来ず困惑しているといった具合で病室には変な空気に包まれる。


「あの場にいたのは君に安藤権兵衛君、岩沼哲平君、貝塚恭子さんだけ。それ以外はいないはず………それを裏返すように病院に運ばれたのは四人しか、でも五人目があの場にいた?済まないその者の名前をもう一度教えてくれないか」

「白石亜香里って言います」


 亜香里の特徴の説明をすると柿さんはそれを手帳に書き入れ病室から慌てて出て行く。そして一分程時間を置くと柿さんは担当医と母さんそれと唯を引き連れて戻ってきたが、暗い表情は重く険しくなっていた。

 喋りづらい空気を打破するように担当医が真っ先に口を開ける。


「落ち着いて聞いて下さい。本堂くん当院には白石亜香里というお名前の患者は入院しておりません」

「一応あきら君のお母様にご確認しましたがその様な名前に心当たりはないとのこと、君らは四人であの場に向かったそうだよ」


 申し訳なさそうに柿さんは担当医の言葉に付け加えた。俺はますます意味不明なことに巻き込まれ、まさかドッキリに掛けられているのではと思いもしたがこんな一般人を仕掛けることにメリットはないだろうと考えを瞬時に排除する。

 だがならどうして彼らはそんな嘘を?


「柿さんの話と我々の考えを総合すると彗星が落ちたときの衝撃で頭部を強く打ち、一時的な記憶障害を引き起こしているものだとの結論に致しました。一度詳しい検査をしてみないとどうと言うことが出来ませんし、今すぐ精密検査を致しましょう」


※※※


同時刻 大宮高校前


 大宮高校の校門の前には彗星が落ちたというニュースを聞きつけ取材に来たテレビ局のクルーや稀に見る衝撃的な現場を一目見たい野次馬達で溢れかえり、中への侵入を許さないように警備員が数人体制で門の前に張り付き誰も通さなかった。

 しかし通さないだけで諍いは起こる。


「この彗星を長年調査してきた者だと何度言えばわかる。言うなればこの案件の関係者なんだぞわしは。だから中に入らせろと言っておるのじゃ」


 激しい剣幕で老人が詰め寄り、その様を面白おかしく周りは見ていて観察無許可で動画を撮る若者がいれば、ここに至るまで撮れ高のなかったテレビ局は一斉に報道し視聴者を楽しませようと躍起になる。


「だからおじいさん困りますってば。いくら関係者と仰ったところで許可書をお持ちでない者を中に入れることは出来ません。関係者だと仰せられるのであれば中に入る為の許可証をご提示下さいそれがルールです」

「そんなものは持っていないからこうして頼み込んでいるのだ」

 

 頼み込んでいるとはとても言い難い態度で決して引こうとしない老人に警備員も強攻策に出ようとしたその時だった。

 テレビ局のクルーはこれから始まる騒動の目撃者となるべく、カメラをしっかり構え注目する。しかし狙った画を撮影することは叶わなかった。

 老人に応対していた警備員の胸の所に持つ無線機に連絡が入り、その様子を老人はただ静観していると「了解しました」という警備員の声が聞こえやれやれと呆れた態度で答える。


「願い叶いましたねおじいさん」


 テレビのクルーだけでなく、そこにいた誰もが驚くことが起きた。

 なんと老人が警備員の手を取り学校の敷地内へと招き入れていくではないか。

 その様子に一瞬静かになったが老人が中に入れば、どよめき自分も中へ入れろと声を上げるが頑なに警備員は許すことなくこれより先誰も通すことは無かったが、そんな喧騒等老人が知る由はない。

 老人は案内されるがまま敷地内へと入れば校門の真横に急ごしらえで建てられた仮設テントの内部へと誘われれば、テントの中には黒髪の毛に少し白髪が混じり込んだ感じの五十代ぐらいの男性が出迎える。


「これはこれは初めまして阿笠博士、私はこの現場を任されている国家安全管理局局長の相葉秋と申します」


 相葉が老人と顔を合わせると握手を求め、老人もまたそれに応えた。


「元国立科学研究所の職員であり世間に名の知られた貴方に会えて光栄だと存じておりますが、しかし今の貴方は一介の研究者に過ぎないはず。ここは未知の細菌がうようよいるかも知れない危険地帯そんな環境に一介の研究者つまりは一般市民である貴方を巻き込むわけにはいかないのです。どうかここはお引き取り下さい」

「そんないらん心配はしなくて良い。わしはアクロス彗星を研究してきた第一人者だ、未知の細菌などわしは気にしない。それにわしの研究がきっと主らの役に立つはずそれでもいいのか」

「えぇその点につきましては問題ありません。なにしろ調査を任されている研究機関は阿笠博士が以前勤められていた日本最高峰の研究機関国立科学研究所なのですから」


 老人はこれ以上何を言っても状況は変わらないと思ったのか大人しく引き下がり外に待期していたさっきの警備員と共に、仮設テントから出ていった。

 

「ふぅ一先ず立ち去ったかあの老いぼれめ」


 相葉は落ち着きを取り戻すように椅子に腰を下ろし、阿笠博士が学校の外へと出たことを無線連絡で確認するば時を同じく机の上に置いてあった受話器の音が鳴った。


「柿です。頼まれていた被害者の件ですが四人とも目立った外傷もなく健康状態でした」

「そうかそれは良かった」

「ただ一つ問題がありまして身長百六十五センチ程で黒髪ショートの女の子が被害に遭ったという報告は上がっていませんでしたよね」

「あぁそんな報告は受けていないがどうかしたのか?」

「実は相葉さん被害者の一人本堂あきら君があの場にもう一人白石亜香里という女の子がいたと証言したんです」

「本当なのかそれは、ならば急いで捜索しないといけないぞ」

「いえそのことなのですがご家族と担当医の話によると脳に記憶障害が起こっており、そちらに関しては…………………………とのことでしたのでそれが原因で記憶が混合しているものと思われます。ただ白石亜香里という女の子ではないにしろあの場に女の子がいたという言葉を無視することは出来ないのでそちらでもう一度確認の方をよろしくお願いします」

「分かった報告ご苦労、君達は先に管理局の方に戻っておくよう昌一郎君にも伝えておいてくれ」


 相葉が電話を切ると部屋に白い研究着を身に纏ったひょろ顔の男が中に入ってきた。そして入ってきた男は大きな茶封筒を相葉の机の上に置く。

 茶封筒には秘匿事項と記載がある。相葉がそれを破れば報告書に目を通す。


「こちらが内藤所長から手渡された現時点までの報告書になります」

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