第5話

 今年度、星花女子学園の始業式と入学式は、かつてない大騒ぎだった。

 理由は、若手トップ女優と、大人気アイドルの、日本を代表する美少女2人が、生徒に加わったから。


 今日は食堂で、彼女たちに、動画3人娘などを加えた、星花芸能人組の歓迎会。


「皆、ジュースは持った? それでは、新たな仲間たちとの出会いを祝して、乾杯ー!」


 音頭を取るのは、高等部2年2組、美滝みたき百合葉。

 亜麻色の長い髪をツーサイドアップにまとめた、星の瞳のアイドル。今日の歓迎会の、発案者だ。

 歌手活動がメインながら、ノリのいい性格でバラエティのお仕事も多い百合葉、芸能人が集まる、こんな面白イベントを、見逃すはずがなかった。


 さっそく主賓の一人に抱き付く。


「もー、みやびんってば星花に来るなら、教えてくれればよかったのに。びっくりしちゃったよ!」


 無闇に距離の近い百合葉へ戸惑いながらも、にこっと微笑む美少女。

 食堂を貸し切ってはいないので、星花の全生徒が見に来たような騒ぎになっているけど……それにも動じず、皆に手を振る、プロのかがみ


「ごめんね、あまり騒ぎになっちゃうの、嫌だったから。皆も、特別扱いしないで、気軽に話しかけてくれると嬉しいわ」


 緩く波打つ茶色の髪に、表面にシルバーを入れた、バレイヤージュカラー。

 今年星花に編入してきた、高等部2年3組、天野あまのみやび

 「雨野みやび」名義で大活躍中、若手女優のトップとして君臨する、人気者だ。

 彼女を見ようと食堂に詰めかけたファンに、笑顔を振りまく……嬉しさのあまり、卒倒する生徒も。


 けれど百合葉、


「んー、みやびんったら、なぁんか、まだまだ笑顔が固いゾ? うりうりー☆」


 指で雅の頬っぺたぐりぐりするので、、主賓のもう一人が慌てる。


「ゆ、ゆりりんってば、距離が近過ぎだよ! 雅さんとお仕事したこと、無かったよね!?」


「い、いいのよ、律歌りつかちゃん。少し、驚いてはいるけど」


 姫咲部ひさかべ律歌りつか、高等部の新1年生。

 艶々つやつやの黒髪姫カットで、清楚系を絵に描いたような美少女。

 年末の歌番組にも出演する人気アイドルグループ、椚坂くぬぎざか108ワンオーエイトで、不動のセンターを務める、現代の歌姫だ。


 ソロ、あるいは少人数のグループで活動する美滝百合葉と、大グループのセンター、姫咲部律歌。

 迫力あるシャウトで知られる、ロックな百合葉と、しっとりとしたバラードを得意とする律歌。

 まさにアイドル界の双璧、あるいは竜虎……でも誰に対しても距離が近い百合葉、律歌にも抱き付く。


「ひさひさもだよー。聞けば、去年も中等部にいたって言うし。教えてくれればよかったのに」


「ひ、ひさひさ?」


 律歌のあだ名といえば「ひさかべちゃん」で全国的に通っているけど。何かとオリジナルなあだ名で呼びたがるのが、百合葉なりの愛情表現だ。

 ハグして頬っぺたスリスリしてくる百合葉に、困って赤くなる顔も美少女な律歌。


「アイドルなのに、ゆりりんは誰に対しても、こうなのね」


 ちょっと、悔しいな。ぽつりと漏らした律歌の呟きに、


「一期一会って言うでしょ? 仲良くなるのも、全力、全力ぅ☆」


 百合葉は一瞬、誰にも気づかれないくらいの一瞬だけ、真面目な顔をして。

 すぐに、にこっと笑った。


「はーい、みやびちゃんも、もっと寄ってー。ひさかべちゃんも、ゆりりんも、一緒に映ろ☆」


 スマホを構えて自撮り、3人と一緒に映るのは、ピンクの髪の動画配信者、津辺つべ侑卯菜ゆうな。根っからの陽キャだ。


「つ、津辺さんっ。その……動画撮影は、け、消されるのでは……っ!?」


 中等部新1年、双子ユニット「夜来香」で歌の動画をアップしている、長泉ながいずみ夜来よる。先日のめぐみん先生の話を思い出して、怯える。


「でもでも、こんなチャンス滅多にないし。うちは、攻めるよ!」


 パチッとウインクする侑卯菜に、百合葉と雅が続ける。


「スポンサーとかの話? 私は平気だよ。無礼講、無礼講!」


「ええ、わたしも事務所は天寿系列だし。学園内で映る分には。……律歌ちゃんは、どうかしら?」


「えっと……多分大丈夫、だと、思います」


 すると、4人の下からにゅっと出てきて、画面を独占するツインテールのスーパー美少女。

 ダブルピースでご満悦の……我らが「クイズ姫」多賀島たがしま紗幸さゆきだ!


「ふぇははははは! 細かいことは気にすんな。主役はわたし様だからな! スポンサーだの権利だの、わたし様がOKって言えば、全部OKなのだ!!」


 というわけで、夜来よるっちも映ろうぜい、なんて言い出す紗幸に、夜来よるは首をぶんぶん振って拒絶。


「そんな華やか空間……入れません……!」


「なんだよ雑魚メンタルだなぁ! 夜来よるっちも動画人気だし、芸能人だろ、芸能人」


「貴女が強過ぎるんです。ああ、帰りたい……」


 そう言って、横に視線をチラチラ。

 視線の先には、マイペースにジュースを飲んで、お菓子を摘まむ、黒髪おかっぱの双子の姿。

 高等部2年の、泉見いずみなつめと泉見つかさ

 長身で整った容姿は、鏡合わせのようで……目の下の泣き黒子ぼくろだけが、左右異なる位置に付いている。

 国内屈指の演出家を父に、大女優を母に持つ彼女たちは、メディアへの露出こそまだ少ないが、業界注目の、演劇界のホープである。


 双子の姉、泉見なつめが、食堂に詰め寄せた生徒たちの数に、呆れながら言う。


「去年、美滝さんが入学した時は、こんな騒ぎにならなかったけど。さすがは雨野みやびってとこかな?」


「百合葉さんは、良くも悪くも気安いから。親しみやすいっていうか、だからじゃない?」


 妹の司が言うのを聞いて、


「つーちゃんが褒めてくれた!? 百合葉、嬉しいっ♡」


「ボクは苦手ですけど。そういうとこ」


 ハグ魔百合葉が抱き付こうとするのを、潔癖症の司、除菌スプレーを吹きかけて撃退。

 もはや高等部では見慣れた光景。


「ふふっ。でも、泉見さんたちが同じ星花だとは、思わなかったわ。貴女たちとは、だいぶ前に、演劇で共演して以来ね」


 雅が微笑む。彼女と泉見姉妹は、ともに天才子役として、しのぎを削ったライバル同士。

 雅の才能を見出したのも、泉見姉妹の母親である女優、竹田桔梗だとか。


「若手トップのみやび様に覚えていて頂いて、光栄の至りだね」


「……なっちゃん、何だか、毒ある」


 司がたしなめると、棗は少し膨れながら、


「だって、先週脚本ホン読みで会ったばかりじゃないか。あの時も、星花に来るなんて話、出なかったし」


 雅と泉見棗は、今度、舞台「銀河鉄道の夜」で共に主役を演じる。棗がジョバンニ、雅がカムパネルラだ。

 姉妹の父、泉見はじめが監督を務めるこの舞台、若き女王、雨野みやびと、知る人ぞ知る天才、泉見棗の共演とあって、すでに演劇関係者の間で話題騒然。

 チケットは発売開始から数秒で完売したという。


「ボクらも星花だって、知らなかったとか。ライバルとして、見てないってことだろ」


「そんなこと無いわ。貴女たちの舞台は、全部チェックしてるもの。また、同じ舞台でり合いたいって、ずっと思ってた」


 雅の言葉に、棗は口笛を吹く。


「ひゅう、優等生な回答。まあ、ボクは本気で、食っちゃうけどね?」


 顔の良い棗。肉食獣な笑顔で、雅のあごに白い指を伸ばし、クイッと持ち上げる。

 さしもの雅も赤面。


「え、えっと、食うって……エッチな意味で?」


「違うよ!? 舞台の話だよ!」


「ふふ、でもり合いたいって言うのは、本気よ」


 雅、にこっと笑ったまま、女王の覇気を解き放つ。


「桔梗さん、わたしの演技を見て、言ってたもの。『うちの娘たちにも、負けてない』って。……負けてないってことは、勝ってもいないのよね。ちょっぴり、根に持ってたんだから」


 もちろん、勝つのはわたし。そんな、たゆまぬ努力に裏打ちされた、絶対の自信を覗かせる雅へ、棗も不敵に笑う。


「おっと、ようやく仮面を外してくれたかな。いいね、その方がよっぽど、ボクは好きだよ。まあ、それでも、ボクが上を行くんだけど。ね、つー?」


 妹の司へ笑い掛けると、


「当然でしょ。……ボクたちの『泉見棗』は、誰にも負けないんだから」


 当たり前のように言う。そこには、妄執じみた感情は無く、ただ純粋に、双子の姉への信頼が有った。


「み、雅さんだって、誰にも負けませんからっ!」


 姫咲部ひさかべ律歌りつかが、勢いよく叫ぶ。


「雅さんは綺麗で優しくて誰より頑張り屋さんで、それはもう素敵な人なんです。私にとっては女神様みたいな……憧れの存在なんですっ」


「り、律歌ちゃん、ちょっと恥ずかしい……」


 照れる雅。ともあれ、若手女優の頂点を争うライバルたちが、火花を散らすのを見て、


「おおー、盛り上がってきたね。よーし、じゃあ食堂に集まった皆! 舞台を配信で見たら、どっちが上だったか投票しちゃおう♪ 食券を賭けて、皆で参加だよ☆」


 生徒たちへ呼び掛けて、何かギャンブルの胴元を始める美滝百合葉。

 このトラブルメーカーっぷり、星花の暴走機関車と呼ばれる所以ゆえんである。


「あ、津辺ちゃん、これ動画で撮ってるよね? よし、せっかくだから視聴者の皆も巻き込んで、全国レベルでやろっか!? 雨野みやびVS泉見棗の女優決戦、大投票。これは絶対面白いっ♪」


「どこまでも暴走するなこの人!?」


 長泉ながいずみ夜来よるが恐怖する。


「これが芸能界……ボクには、やっぱり無理だったんだ!」


 と、食堂の大騒ぎを尻目に、紗幸が出て行こうとする。

 侑卯菜ゆうなが声を掛ける。


「どったの、姫ちゃん?」


「ふぇひひ。せっかくアイドル女優大集合なのにさ、めぐみん先生いないの、可哀想でしょ? 先生、アイドルオタだし。わたし、連れてきてあげようかなって」


 そして。当のめぐみん先生はというと。


「ゆ、ゆりりんに、ひさかべちゃんに、みやびちゃん……芸能人が集合ですって!?」


 もちろん、情報はキャッチ済み。だけど。


「そんな……そんなアイドルいっぱいの尊み空間に入ったら……私、溶けちゃう……!」


 ガクブルしながら、トイレにこもっていた。


※ ※ ※


【後書き】星花女子辞典


天野あまのみやび (人名)

 今年度から星花女子学園に転入した、大人気女優。高等部2年3組。

 女優としての名義は「雨野みやび」。1歳下の妹、麗と2人で、空の宮駅前の高級マンションに暮らしている。2年前に大河ドラマで主役を演じ、トップ女優に登り詰めた。

(五月雨葉月様「わたしをわたしで在り続けさせて ~女優とアイドルのフクザツなカンケイ~」主人公。「小説家になろう」で完結)


姫咲部ひさかべ律歌りつか (人名)

 高等部1年2組所属。アイドルグループ「椚坂くぬぎざか108ワンオーエイト」でセンターを務める、トップアイドルの一人。

 実は中2の冬から星花に通っていたが、わけあって正体を隠していた。この春、正体を解禁したばかり。

(五月雨葉月様「わたしをわたしで在り続けさせて ~女優とアイドルのフクザツなカンケイ~」もう一人の主人公)


泉見いずみなつめ (人名)

 高等部2年2組所属。星花を代表する曲者双子の、姉の方。演技の天才だが、何人もの女子を泣かせてきたプレイガールで、先ごろめでたく?風紀委員のブラックリスト入りした。

(桜ノ夜月様「ハレーションに弾丸を」主人公。「小説家になろう」にて連載中)


・泉見つかさ (人名)

 高等部2年1組所属。星花を代表する曲者双子の、妹の方。姉の棗に比べると、演技よりもプロデュース、演出に長けている。潔癖症で、消毒スプレーを常備。美滝百合葉のように抱き付こうとすると、容赦なくシュッシュッってされる。

(黒鹿月木綿稀様「木を染めし 泉の司は天を見ゆ」主人公。「小説家になろう」にて連載中)


・銀河鉄道の夜 (作品名)

 宮沢賢治の小説。ジョバンニ少年が、友人カムパネルラと共に銀河鉄道で旅をして、「本当の幸い」を見つける……というあらすじだが、作者の死により未完に終わっており、様々な解釈がなされている。

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