第18話 根城襲撃

「吸血虫ってどんなんなの?」

 西の壁へ向かう途中。

 やっぱ敵は知っておかなきゃな。

「なんかこう、吸血されないようにするスプレーとかないの?」

 完全に蚊をイメージしているおれ。

 テーベは黙って少し上を見た。上に虫がいるわけじゃない。どう説明するか考えてるっぽい。

 一分後、やっと口を開いた。

「黒い」

「えっ」

「吸血虫は、黒い」

「いや、あのー……」

 それ、一分も考える必要あった?

「おれの知る限り、かなりの種類の虫は、黒い」

 って、こっちの世界では黒い虫は珍しいのかな? と思いきや。

「確かに」

 おーーーーーーい! 

「あとは、そうだな、吸血虫と言われているが、雑食だ」

「そうそう、そういう情報!」

「普段は生ゴミや生き物の死骸、他の小型の虫や、草も食べる」

「へ、へぇー」

 スライムといい、死骸食べる生き物多いな。スカベンジャーってやつか?

「吸血するのは繁殖期のみだ。それも、人間では足りないから、大型の動物、例えば馬の血を飲む」

「え? 人間じゃ足りない?」

 おれは大きな思い違いをしていた。地球に蚊なんていう血を吸う虫がいたせいだろう。

「お、見えてきたぞ」

 テーベが前方を指さした。そびえる壁。一枚岩ではなく、石を積み上げてできている、かなり高い壁。ここが街の西側か。

 壁の下の方にくり抜かれたような通路があって、まぁ最初の街と同じような感じなわけだけども、そこを抜けて外に出た。

 外に出た瞬間、西日ってほどじゃないけど少し傾きかけた午後の太陽光を思いっきり浴びた。目がくらむぅ。これ世界観違いのとこだったら、浴びた瞬間におれ消滅してたぞ、ってくらい、強い太陽光。

「すでに何匹かいるな」

 テーベが手で目の上に影を作りながら壁を振り返って見上げてる。その視線の先を追ったおれが目にしたのは……。

「えっ、ゴ、ゴ、ゴキ、ゴ……ひぃっ」

 小判型の黒光りする本体、伸びる触角。いや、待て。頭と尻の両側に触角ついてんじゃん。いや、いっそそんなのどうでもいいレベルに、でかい。でかすぎ。

 おれの見た過去最大サイズのアレは、五センチくらい? 中学生の頃、実家の台所で遭遇したのだった……。

 今の前にいる触角が前後に一対ずつついてるアレは、五センチとかそんなレベルじゃない。えーと、……胎児くらい? 胎児の手でも頭でもなく、胎児全体と同じくらい。

「やだやだやだやだ! 無理!」

「あれを倒すぞ」

「だから無理だって!」

「全部は無理だが、一回あたり十匹倒せば依頼は達成だ。もう少ししたらどんどん出てくるから」

「無理ってそういう意味じゃない! やだ!」

「普段は壁の隙間に潜んで、西日の当たる時間帯になると、熱を求めて多数出てくる」

 今まで無口だったくせになんで急に吸血虫の気持ち悪い豆知識出してくんの……?

「すでに壁にとまってるやつは別の冒険者が狙ってるようだな」

 もうそのまま全部やっちゃってください、別の冒険者さん。

「こっちだ」

 テーベは何もとまってない壁の近くに寄った。

「や、やだよ。どうせその壁も隙間の中にいるんだろ、吸血虫」

「ああ」

「やだーーー‼」

 テーベが顔をしかめた。

「トモは元々男のはずだろ? 虫を怖がるとは」

「なんでそんな憐れむような目で見るの⁉ こっちの世界にもいるだろ、虫が嫌いな男! てか、虫全部だめなわけじゃ、ないんだからねっ! 黒くてテカテカしてるやつと足がたくさんあるやつと足がやたら長いやつが苦手なんだよ‼」

 なんでため息吐いたの⁉ おれ傷つくよ⁉ 恐怖に打ちひしがれながら仲間に傷つけられてるよ⁉

「トモ、お前はその辺からこの辺りに向かって」

 テーベが剣を抜いて地面にすっと線を引いた。

「火の壁を出してくれ。その熱でこの辺りの壁に吸血虫が出てくるはずだ。それを俺が斬って倒す」

「え、え、斬っちゃうの? 一刀両断?」

「まぁそうだな」

「え、あの、上半分と下半分に斬っちゃったりしたら、どっちもそれぞれ再生して動き出したりしない?」

「はあ?」

 ……まぁ再生して増えないならいいけど。

「じゃ、じゃあ、斬った時に体液がどばぁとか……」

「とりあえずやってみよう。ここまで降りてこなかったら、弓で倒す」

「出てきた瞬間に弓で速射してよ……」

「矢一本当てても、当てどころが相当良くないと、落ちてこない。刺さったまま飛び去ってしまう」

「…………」

 飛び去る、というか、こっちに向かってきそうな……。

「というわけで、剣でぶった切る方が確実だ。弓は保険だ」 

「だからそれ、どばっとはしない⁉ しないんだな⁉ ねぇ! うんって言って! 嘘でもいいから!」

 とりあえずやってみることになった。

「よし、火の壁だ」

「え、えぇ~? 急に言われると呪文ぱっと出てこねえんだわ」

 おれは懐を探ってノートを出した。

「インテグメントゥム、デ、フラマ」

 昨日までの数日間、だいぶ反復練習させられたからな。イメージ通りの火の壁を狙った位置に出せた。

 え? だいぶ反復練習させられたんだから、呪文も完璧に覚えろよって? だから言ったじゃんか! 急に言われるとぱっと出てこないんだよ、呪文!

「お、さっそく出てきたぞ」

 壁の、そんなとこに隙間あったの⁉ってとこから、触角が出てきた。

「ひぃ‼」

 一匹目が全身を表した。

「倒して倒して倒して早く‼」

「落ち着け。ここで倒したら奥にいる奴らが警戒して出てこれなくなる。少し動かしてからだな」

「えええええええええん‼」

 一匹目の吸血虫が壁を少し進んだところで、テーベが上からはたき落とすような動きで斬って落とした。真っ二つだ。吸血虫は地面に落ちてピクピクしていた。

「どんどん来るぞ。火の壁が消えたらまたすぐ次を出してくれ」

「ひぃぃぃぃぃぃ」

 ほんとにおれはただ焚火……じゃなかった、火の壁出しっぱなしにして、テーベがどんどん吸血虫を斬ってくのを見てるだけだった。

 とか思って油断してた。

「あ、火の壁」

 弱まってきた。おれの背より少し高いくらいだったのが、腰くらいの高さまで下がってきた時。

「あ」

 テーベがこっち見た。

「え?」

 視線の先を見ると。

 真っ黒い生き物がこっち向かって飛んで来てた。

 おれ、頭真っ白だよね。視界は吸血虫で真っ黒なのにね。

「うっうわっうっ……イーニス‼」

 顔面の十センチくらい手前に迫った吸血虫。を、襲う、おれの放った特大の火の玉。

「おぉ……」

 おれ、叫んだ後びびりきってそのまま地面にしゃがみこんだ。なんかテーベが「おお」って言ったけど、どういう感情で言ったのかさっぱり分かんない。なんせ両手で頭部をガードする態勢でしゃがみこんだからね。何一つ見えてないからね。

 おれはそっと両手のガードを解いた。だ、大丈夫、黒いやつはその辺にはいない。てことは、地面?

「うわっ!」

 下を見て引いた。バラッバラの虫の破片が落ちてる。しかもなんか異臭が……。

「あの、もしかしてこれ、おれが……?」

 テーベがうなずいた。

「ああ、お前が燃やした」

「ひぃっ」

「すごいな。すごい威力の火炎球だったぞ」

 も、もしかして褒められてる? お褒めにあずかれたのは光栄なんだけど、でも、あの……。

「た、たすけて……」

 テーベが怪訝そうな顔をした。

「もうこの辺の吸血虫は全部死んだぞ」

「違う、あの、動けない……」

「は?」

「虫のバラバラ死体が……おれを包囲している……」

 テーベが怪訝そうな顔を解除しない。

「死んでるだろ」

「死んでても無理なもんは無理だ……!」

 だってほら、なんかところどころねちょっとしてる感じの部位が……ひぃ。

 結局係の人が片づけた。

「ずいぶんバラバラにしちゃいましたねぇ」

「ごめんなさい……」

 係の人もまぁ似たような経緯で日雇いされたスタッフで、冒険者が倒した死体の回収と、討伐数カウントの記録をつけたりするのが仕事らしい。

「残り九体ですね」

「え? いや、テーベがたくさん倒してたよね?」

「お連れ様はあと三体ですね」

「は? じゃあ合わせて八体倒してんじゃん。残り二体でしょ?」

「……あー、そういう感じでやってたんですね。すんません、もう一人ずつってことで記録つけちゃったんで」

「えっ、つけちゃったんでって何⁉ もうつけ直し効かない感じ⁉」

「はぁ、まぁ、そっすね」

「えっ」

「じゃああと九体と三体で」

「は?」

「次倒したらまた来ます」

「はぁ⁉」

 テーベに肩ぽんってされた。

「はぁぁ⁉」


「インテグメントゥム、デ、フラマ」

 少し場所を移動して、また炎の壁を出した。

 もうね、こっちがそわそわする間もなく、岩の隙間からわさわさ出てくる。

「時間帯的にも、吸血虫が一番活発に活動する頃だ」

「一番活発かあぁ~、そっかぁ~、帰りたいなぁぁ~帰りたい!」

 結局残り十二体はおれが炎の壁でおびき出して、テーベが剣で斬るか弓矢で射るかして倒した。そのうちの九体はおれが倒したものとしてつけてもらった。

 少なくとも、今日の仕事でおれは火の壁、インテグメントゥム・デ・フラマを覚えたし、どうやらとっさのカウンター的な感じに火の玉、イーニスを出せるなってことは分かった。

 討伐対象が虫じゃなければとっさのイーニスは出せなかったかもしれない。収穫はあった。ただおれの心にトラウマも残った。

「お疲れ様です」

「あ~い……」

 ほんと、疲れたわ。主に精神が。

「はい、これ、討伐証明書です」

「え? はい、どうも」

 討伐証明書を受け取った。

「……え?」

 テーベの方を見た。テーベは察して説明してくれる。

「これを仕事屋に持って行くと、報酬と引き換えられる」

「なるほど。……えっまたあの店行くの⁉」

「ああ」

 うぅ、またあの治安の悪い空間に……。

「今日はもうそろそろ閉まる頃だし、明日俺が換金してくる。お前の分は後で渡そう」

「えっおれほとんど何もしてないのに?」

 って、半分もらうつもりでいたけど、そこはあれか? 歩合制か?

「最初から炎の壁を出してくれてただろ。あれがなければ俺だけじゃもっと手こずってた」

「いやいや、そんなそんな」

 で、何割?

「じゃあメシにするか。ナレディはいつ帰ってくるか分からんから、適当に肉でも食うか」

 何割なの? もうこの話題終わり? 


 結局何割かはこの時は聞けなかったけど、翌日半分もらった。

「千ガジュ?」

 この国の通貨ってガジュっていうらしい。どっかで聞いたことあったな~どこだったかな~。

「トモガジュ」

 あ、あれだ。ナレディがおれの名前ちゃんと発音できなくて、さんざん「モモカズ」とか「ホモカズ」とか言ったあげく、最終的に「トモ」が言えたと思ったら「カズ」が言えなくなってた時のアレ。

 そうか、通貨だったのか。

「本当は一人当たり千二百ガジュだが、百ガジュは仕事屋へのコミッション、百ガジュは所得税だ」

「所得税とかあるんだ……」

「というのが建前だが、大体仕事屋が俺たち冒険者の所得税の何割かを着服してる場合が多いな」

「ええ~」

「ま、しかたない」

 ちなみに千ガジュがどれくらいの価値なのかよく分からない。昨日ナレディに貰った金で今さっき朝食を食ったんだけど、それは二十八ガジュだった。百ってこっちの文字で書いてあるコインを渡して……というか、手に持ってた金を宿のばあさんに見せたら、百を一つ持ってかれて、五十を一枚と十を二枚、あと一を二枚戻された。で、計算したら二十八だなっていう。

 ええと、約三十として、この千ガジュでは……あ、だめ、暗算ができない。とりあえず三食強はコミッションと税金にそれぞれ持ってかれた。

 百で三食強ってことは、千なら三十食強か。

 日本で朝食セットはざっくり五百円で計算してみると、それの三十倍。一万五千円くらい? なるほど。

 単発の仕事で、しかも夕方だけで一万五千円か。悪くない。むしろいいな。……虫退治だけど。

「ナレディは?」

 テーベの声におれは視線を金から上げた。

「お? あー、なんかいないっぽい」

 昨日あれから帰ってきてないのか、帰ってきてまた朝早く出て行ったのか。

「そうなのか」

 で、結局この日もナレディは帰って来なかった。

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