第17話 それ、経費で落ちますか?

「無理にとは言ってないんだけどな」

 西の壁、とやらへ向かう途中。

「はあ? 強制的な感じだったじゃん。『肉食っただろ?』って」

「はは、それは言ったが、別に肉代分働かせようと思ったわけじゃないぞ」

 ほんとかよ。そんなつもりない奴が言うセリフかぁ?

「はは、すまん、本当はあれでトモがのってきてくれたらいいなと思って言った」

「ほれ見ろやっぱそのつもりだったんじゃねーか」

「すまんすまん」

「…………」

 ちょっとぉぉぉ! なんかこれアレじゃね? ちょっとイチャコラしてるっぽくなっちゃってません? 違うからね! おれ、今の肉体は美女だけど、心は男だからね!

「街を横断するから移動には時間がかかるが、夕方までは時間がある。見てみるか? 仕事屋」

 というわけで、寄ることになった。仕事探しは別にしたくないけど、興味はある。名前くらい実体もださいのか、実体はアニメとかゲームみたく雰囲気あるとこなのか。

「ここだ」

 通り過ぎたおれをテーベが呼び止めた。

「えっ、ここ?」

 すっごくほっそい。入り口のドアは片側開きで、その辺の店とか、おれらがいつも泊ってる宿とかと似た経済レベル感。ドアの上半分には暗い色のガラスがはまってて、中はよく見えない。ガラスに飾り文字っぽい書き方で、「仕事屋」って書いてある。

 とにかく、それより何より、ほっそい。ドアの両脇にドアと同じくらいの幅がある。それが建物の幅。ドア三枚分。

「あっ、ちょっ」

 さっさとドアを開けて中に入るテーベ。細いけど大丈夫なの? ここ。

 中に入ると、やっぱり細かった。そんで、それなりに奥行きがある。あれだ、いわゆるウナギノネドコってやつ。

 向かって左側には、ドア一枚分の幅のカウンター。ドアから正面まっすぐと、向かって右側、合わせてドア二枚分幅は、客がうろうろするエリア。右の壁には紙が雑然と貼られてる。一面掲示板のようになってるっぽい。

「テーベ~……」

 すでにテーベは店の半分くらい奥まで進んで、壁を眺めてる。

 あのさ、ここさ、すっごく入りにくいんだけど……。おれは入り口から中を覗き込んでためらい中。

 だってさ、ここ、すっごく治安悪げなんだけど……。

 まずカウンターの中の人たち。二人いるんだけど、どっちも強面で怖い……。客の動向に目を光らせ……あっ、こっち見た。

 とっさに中に入ってドアを閉めるおれ。

 はははは入っちゃったよ! だ、だって、今カウンターの人が責めるような目でおれを見るから! そ、そうですよね、入り口で立ち止まってたら、邪魔ですよね……。

「テーベ~」

 こういう時知り合いのいる心強さよ……!

 横通り過ぎてくのもちょっと抵抗感じるくらいにカタギじゃない感出てる他の客たち。その中にまざってると、テーベ氏、通称・でかい剣持ったおっさんが、むしろ身ぎれいで優しそうで頼れそうに見える。

「何か気になる仕事はあったか?」

 おれは首を振った。

「か、帰りたい」

 テーベ氏、おれの恐怖心を察した様子。

「ああ、出るか」

 入口へ向かってる途中、すれちがいざまに小汚い小男に舌打ちされた。

「女連れで来てんじゃねーよ」

 はっ? こ、こ、こ、こんなセリフ、言われる側になるとは……。しかも連れられた女として……。

 テーベはその男に一瞥もくれずに店を出た。おれももちろん何も言わない。視線も合わせない。

「冒険者はまだ女が少ないからな。ああいう輩もいる。ま、気にするな」

「こっえーんだけど。何? 冒険者って全員犯罪者上がりなの?」

「はは、あながち間違いじゃないな」

「えっ!」

 やば! なんつーとこに連れてきやがったんだよ! 巣窟かよ!

「この街は特に王国と折り合いがよくない輩が多いからな。政治犯みたいな連中が隠れ済む街だったんだが、それで徐々に社会不適合者のような連中も増えたらしい。……すまなかったな」

「え? あ、いや、まぁ別に」

 テーベが謝ることじゃなくね? まぁ入らずに済むなら入りたくはなかった、仕事屋。

「でもお前もあの態度は良くなかった」

「え? おれ何かした?」

「ああいう女っ気のない連中の前で、甘えたような声を出すのはいかがなものか」

「は?」

 甘えた? は? おれが? いつ?

「お前はふざけただけなんだろうが、ああいう連中は冗談は通じないからな」

 あれか⁉ びびりながらこいつを呼んだ時の。

「ちっげーよ‼ ふざけて甘えたわけじゃな……あっ、ちげ! そもそも甘えたりとかしてねーの‼ 違う! 違う違う違う!」

「…………」

 えっ何⁉ なんでそんな呆れたような顔してんの⁉ くそ~こいつの勘違いなのに!


「で? もう行くの?」

 まだ昼過ぎなんだけど。

「気の早い吸血虫がすでに壁に張り付いてることもあるが」

「気の早いって……」

「このまま行ってもいいが、ちょっと買い物をしていいか?」

 で、武器屋。

 治安、悪げじゃない。むしろ、なんか大きめのスポーツ用品店、って感じで、さわやかささえ感じる。

 え? デブのひきオタがスポーツ用品店なんて行ったことあるのか、って? それがあるんだよ。会社の謎の球技大会とかいうものに参加させられた時にウェアとスニーカー買いに行ったり、会社の謎のマラソン大会に参加させられた時にランニングシューズ買いに行ったり。あとは会社の先輩が健康診断で引っかかったからとかいって、ジョギングに付き合わされることになった時のジャージとか。

 ん? シューズとウェアが重複してるぞって? いや、ほら、それはさ。それぞれ期間あいてるからさ。大会と大会の間とか、大会と先輩の付き合いの間とか。その間にシューズもウェアもおれの日用着になってヨレヨレになったのだ。

 ちなみに先輩の付き合いでジョギングすることになった時は、おれは二日で断念した。先輩は四日で断念した。いまだに先輩に「二日でやめやがって」ってたまに言われてたけど、こういうのなんていうか知ってるか? 「五十歩百歩」っていうんだよ!

 って、おれの過去の話はいいんだわ。スポーツ用品店……じゃなかった、武器屋は、店員はおばちゃん一人で、奥にいるおじさんと大声で話してる。多分おじさんが武器職人で、夫婦でやってるのかな? 店舗自体は広いけど、こじんまり経営のようだ。

 テーベが弓をひとつひとつ手に取りながら言う。

「お前を召喚した時に、王国兵に追われている間に、山中で弓を落としてな」

「弓。弓も使うのか」

 じゃあこれからは剣と弓のおっさんだな。まぁ呼ばないけど。

「吸血虫は日の光を浴びるために、壁の高い位置に張り付いていることが多いからな。剣じゃ届かない位置にいた場合用だ」

「ふーん」

「トモは弓は使えるか?」

「えっ」

「買ってやろうか? 後でナレディに請求できるし」

 ちょっと笑った。しかし。

「弓、使えねぇな。使ったことない」

 ん? なんで驚いた顔でおれの顔見てんの?

「トモの世界に魔法はないんだろ? トモは剣を持つのもあの時が初めてだったと言っていたよな? 弓も使ったことがない? どうやって身を守っていたんだ?」

「え⁉ いや、あの、え~……、武器とかは使わず、」

 持ってたら捕まるからな。

「素手か⁉ 素手で戦っていたのか⁉」

 おっと、そんな尊敬のまなざしやめてくれ!

「ちっ、違ぁ‼ 戦わないんだよ! 戦う必要がなかったの!」

 テーベが困惑顔になった。

「もしかして元の世界では冒険者じゃなかったのか?」

「……冒険者じゃねーし、冒険者も戦闘はしないんだよ……」

 前に説明したはずなんだが……。いや、ナレディに説明しただけで、こいつは聞いてなかったのか。

「もしかしてとても平和な世界だったのか?」

「うーん、まぁそう、かな? 色々あったけど、平和な世界だったと思うよ」

「そうか……」

 神妙な顔になるテーベ。

「そんな平和な世界なのに、凶悪な術でやられることもあるんだな」

 ……ん?

「スイミンジムコキューショーコーグンだったか? あ、いや、すまない、辛いことを思い出させたな」

「…………」

 確かナレディも「危険な魔法」とかなんとか言ってたけど、こいつらの間でそういう認識になってるのか、睡眠時無呼吸症候群。

 で、結局説明しなかった。いや、だって、「寝てる間呼吸が止まる」とか言ったら、また「それは恐ろしい呪いだ!」とか言われそうだし。めんどくさい。会話が続かな過ぎて気まずくなった時にでも説明することにする。

 結局テーベは自分用の弓と矢、あとは「ナレディに請求する」とかいって、初心者用の弓と矢を別会計で買ってた。

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