第5話 見習い冒険者

「すまん、名前は何だったか?」

 食事が半分ほど済んだ頃。

 そういえば一度も名前で呼ばれたことないな。別にいいけど。

「トモカズ」

「モモカズ」

「違う違う」

 日本人の名前は発音しにくいんだったっけ?

「トモカズ」

「ホモカズ?」

「違う!」

 間違える方向性!

「トモカズ! ト、モ、カ、ズ!」

 ト、に力を込めて言った。

「トモガジュ」

「なんでだよ‼」

 最初言えてただろうがよ、「カズ」部分は!

「……そもそもこちらの名前ではないな。怪しまれると厄介だ。こちらの名前をつけよう。ニックネームとして」

 ニックネームってなんか変な感じだな、このフード被った男が言うと。

「メツィアプーラでどうだ?」

「いや、原型ないんだけど! 微妙に長いし! おれが覚えられんわ! 『トモ』は? この世界的に変?」

「まあいいだろう」

「じゃあ『トモ』で」

 ちゃんと発音するだろうな。特に最初の一文字。

「モモ」

「……まぁいいか」

「トモ」

 急にテーベがおれを呼んだ。ちゃんと発音できてる。

「はい」

 とっさに返事しちゃうおれ。多分発音を確かめただけなんだけど。

 実際、それだけだったようで、その先会話には続かなかった。無口なあんちくしょうだぜ。

 ところで、おれは何も考えずにしゃべってたんだけどさ。どうやらおれがしゃべってる言葉は日本語じゃない。あまりに当たり前にしゃべってたから、この時まで気づいてなかったんだけど。

 多分、素体の脳がこっちの言葉を記憶してて、そのままおれが引き継いだから、こっちの言葉を母国語として自然にしゃべれるんだろう。いや、分からんけど。

 で、よくよく考えてみたら、こっちの言葉は一人称が男女で違わない。つまり、おれはずっと「おれ」って言ってるつもりだったんだけど、こっちの言葉では男女兼用の一人称になってるようだ。日本語では「おれ」ってわりと男向けの一人称だけど、ずっと「おれおれ」言ってたおれに、この二人も「そんな言葉づかいじゃ怪しまれるだろ!」とか言ってこなかったのも、そのせいみたいだ。まぁ、シンプルにそんなこと気にしないのかもしれないけど。

 で。

「お前は屍生者のわりによくしゃべるな」

 とナレディには呆れた顔をされた。一人称「おれ」は気にしないのに、よくしゃべることは気にするのな。ってことはやっぱ一人称は変換されてるってことか。

 いやいや、そんなことよりも。

 しゃべりすぎは仕方なくね? 聞かなきゃ分からないことだらけだしさ。「ググレカス」ってわけにいかない世界観なんだし。あと地味につっこみどころが多い。ついつっこんでしまう。

「今までの屍生者はもっとこう、覇気のない感じだったぞ。こちらの言葉は伝わるし、指示にも従ってくれることが多いが、お前のようにやたらめったら質問しない。せいぜい、ここはどこか、や、誰々さんはどこか、くらいのものだ。しゃべり方も老人のように穏やかだ」

 おれは首をかしげた。

「いや、それ、もしかして老人だったんじゃね? たまたま術の時に死んだ魂なんだろ? たまたま死ぬ確率って、全年代の中では老人がダントツじゃね?」

 ナレディは、顔に書いたように「なるほど!」という顔をした。分かりやすくておもしろかったけど、こいつ、もしかしてちょっとバカかな?

「さて、モモ。本題だ」

 おれの名前、本題じゃなかった。てか、前置き長っ‼ 食事もう終わるっつーの。

「お前をただの屍生者として使役するのは少々気が引ける。よくしゃべるからな」

「…………」

 言っとくけどな、おれ別に元々おしゃべりなタイプではないからな。いちいち聞かなきゃ分からないことが多すぎだっての。文化の違いってやつを分かってなさすぎる、こいつら。あとつっこみどころが多い。

「お前を冒険者として雇う、という形式でどうだろう?」

「……はい?」

「俺がお前を魔王討伐の傭兵として雇う、という形式にしよう。報酬を支払うし、その冒険の合間、つまり、宿にチェックインしてから翌朝の出発まで、自由時間として設定しよう。宿代等の冒険に必要な経費は俺が支払う。しかし、自由時間中の飲食代は、俺が適宜支払った報酬から自分で出してくれ。防具や武器も経費とするが、普段着等も同様に、受け取った報酬から自分で出してくれ」

「……お、おう?」

 冒険者として契約しようということか? 本来ならタダ働きだった、ってことだよな? 普通にそういうもんかと思って受け入れてたとこあったわ。うっかり搾取されるとこだった。あぶねーあぶねー。

「どうだ?」

「いいような気がするけど、えーと」

 しっかり確認するのだ、雇用条件。

「普段着等の私用のアイテムがな。支給しようにも、女物は分からない」

「えっ」

 そんなのおれだって分からない。

「その分は報酬から出してくれ。冒険者としては素人だろうし、こちらの資金の問題もあるから、そんなに多くは出せないが。どうだろう?」

「どうだろうも何も、他に選択肢もないのでは。そっちは別の冒険者雇い直すわけにいかないんだろうし、おれだってこの身体を追い出されたら行く当てもないし」

「それもそうか。では決まりだな」

「あーーーーー待って待って!」

「なんだ」

「明文化しよう。雇用契約書だ」

「ふむ」

 というわけで、おれは正規雇用の冒険者として改めてこの魔王討伐パーティに加わることになった。


「冒険者として雇ったからには、報酬額を決めなければならない」

 食堂を後にし、村の奥の細道から山の中へと入ってきて少し経った頃。

「お前の冒険者としての能力を把握しよう」

 まさかの試験制!

「ここから先、山の向こうへ抜けるまでに魔物が出る。それを倒してみろ」

「ええええ」

「その立ち回りで判断しよう。小物だが油断するなよ」

 いや無理でしょ魔物ってなに。何が出るの。猫みたいなレベル感のですか? そのくらいならなんとか……いや、猫は別の意味で倒せない。かわいすぎる。

「お、さっそくいたぞ」

 先頭を歩いてたテーベが、前方の草むらを指さした。

「えっなに?」

 何もいなくね?

「あそこだ」

 目を凝らしてみる。

「水たまり?」

「スライムだ」

「ス、スライム」

 おお、やっぱり最初の敵はスライムなのか! これぞ冒険! これぞファンタジー! 俄然やる気が出て……こない。くるわけねーだろ。

「えっ、あれってどうやって倒すの?」

 おれが持っているのは重くて長い杖。

「その武器なら軽い一撃で倒せるだろう」

 わ、分からない……。多分、武器は高性能なんだろう。重いし。なんか細工もしっかりしてるし。重いんだけど手になじむし。

 で、軽い一撃って? この杖の上の部分が重いんだけど、ここで殴ればいいの? それともずっと地面につけてるこっち側でこう、ぐさっと刺せばいいの? あんまり尖ってないけど……。

 そもそも刺したり殴ったりって、スライムのようなジェル状の生き物に効果あるの?

「…………」

 おれは困り果ててテーベをガン見した。

「どうした? もう始めていいぞ」

 煽ってきたのはナレディの方。

 は、は、始めると言われましても~~~~。

 とりあえずあれだ。この距離から眺めてても水たまりにしか見えん。表面ゆらゆらしてる気もするけど、近づいてきてるのか? わ、分からない……。

 三歩くらい近づいてみた。やっぱ表面揺れてるわ。どっち方向に移動してるのかは分からない。で、中身なんだけど。

「……なんか、ごちゃごちゃしたものが入ってる……」

「虫や小動物の死骸だろう。スライムはああやって栄養を取り込む。まれに人間の死体を食うこともあるらしいぞ」

「…………」

 こえーわ。てか、マジだ。黒いばらばらした物が浮いてるなって思ったけど、あれ全部虫だ……。一部バラッバラになってる虫だ……。き、気持ち悪いぃぃぃぃ。

「スライムの内容物はいいから早く倒せ」

 さらに煽られるし。

 よ、よし、刺そう。杖のヘッド部分はおれが持つ部分に近すぎる。殴った時にスライムとかスライムが取り込んだ虫の死骸の破片とかくっついてきたら嫌すぎる!

 刺した時に杖の先っぽに付いてきちゃったら、その辺の草にこすりつけて落とそう。そうしよう。

「うううう~~~~~」

 嫌すぎて変な声出た。手ごたえはあんまりない。水につっこんだみたいだった。

「何やってるんだ?」

「だ、だから、軽い一撃を……」

 ナレディとテーベが顔を見合わせてぽかんとしている。

「魔法を使えよ!」

 ナレディに怒られた。

「ま、まほお……」

 使えないよ~~~! 使ったことないよ~~~~! 使い方なんて分からないんだよ~~~~~~~~!

 スライムは苦しそうに身をよじっておれの杖から逃れた。そのまま向こうのやぶの中に逃げて行ってしまった。おれの杖の先っぽに、スライムのぬるぬるだけが残った。

「なるほど、冒険者見習いということだな」

「…………」

 妥当な結果すぎるわ。

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