後編

 停電から一か月後。

 ついに体育館と校庭は避難所となった。さらに追加していくつかの教室さえそれに使われた。賢明な市会議員の一人が、

「どんな時でも教育の場を奪ってはいけない‥」

 と主張しなければ、きっと全教室に避難民があふれただろう。

 公民館や公園にも人が避難した。

 別の意味で、市役所と市議会堂にも人が殺到した。これはデモであり抗議だった。

 電力は太陽光発電と地熱のみで、通常時期‥、そう一か月前の1割にも満たない量しかなく、食糧、水はすべて配給制となった。

 大人の顔はどんどんと青くなり、避難生活のストレスも見てとれた。みんな機嫌が悪く、絶望的で不満ばかりを口にしていた。

「政府はなにやっているんだよ‥」

「こんな時のために税金を納めていたのに‥」

 もはやひげもそらず、朝、顔もあらわない大人が多くなってきた。ただ配給を待ち、暗い顔をして終日一言も話さない大人もいた。

 避難所の雰囲気は、暗く、ぎすぎすしたものになった。


 短い授業のあと、大半の子供達はそんな避難所には戻らなかった。といって、教室の照明もすべて消されるので、いくところは一つだった。

「きっと、風が戻ったのを一番最初に気付くのは、僕ら子供達だね‥」

 タカはつぶやいた。

 ドームには天然の照明があふれ、そこにはどこからか机を持ちこんだ児童たちが本を読んだり、勉強したりしていた。

 端のスペースでは、トランプやその他のカードゲームで遊ぶものもいた。これもどこからか持ち込まれた電子ピアノで順番に練習する生徒もいた。ただ、これは空が晴れているとき、さらに昼間にしか音がです、夕方や曇りの時には、即席でつけた太陽光発電機が機能しなくなってしまった。でも、練習熱心な数人は、運指の練習をそれこそ暗くなるまでやっていた。

 勉強はさらにはかどり、教師にもっと宿題を出すようお願いする生徒もいた。


 ドームが暗くなると、子供達は本、教材を片付け、さびしそうに階段を下りていった。

 僕もタカといっしょに、懐中電灯で足元を照らしながら下りた。

「子供達がドームで勉強したり遊んだりしているんだから、エレベーターくらい動かせばいいのにさ‥。子供達が避難所にいなくてみんな助かっているのにさ‥」

 タカはこれを毎日言う。

「仕方ないよ‥、きっと大人はこれも体育の授業の代わりだっていうさ‥」

 僕もこれを毎日言う。これをみんなが少し笑ってそれで終わり。不満のガス抜きには少しはなっているだろう。

 下りはいいけれど、登りはさすがにつらく、低学年の児童のみ使うため、昼、8往復のエレベーターが動かされ、夕方はすべて止められてしまう。ちょっと前までは僕ら高学年も乗れたし、その後は二十往復くらいあったのだけれど、だんだん少なくされてしまった。そして、夕方の運行は完全に止められて、今は低学年の子もいっしょにドームから下るようになった。

「誰が成績つけるのよ」

 ちょっと前を下っている妹がいきなり言った。

「ミホのは僕がつけるよ‥、文句も言わず安全に下りたってね‥」

「それじゃあ、お兄ちゃんのは誰がつけるのよ」

「ミホちゃんがつければ?」

 後ろからタカが笑いながら言うと、みんなが笑った。

「そうだ、ミホがつければいいさ‥。大人がつけるよりよっぽど正直につけるよ」

 後ろでタカがうなずく気配がした。

「大人だとさ‥懐中電灯を何個使ったとか、電池の消耗がこんなに多かったとか、どうでもいいことで差をつけて、自分たちだけで満足するけれど、ミホならきっと違う評価になるよ‥」

「例えばなによ?」

 タカが後ろからすかさず返した。

「きっとみんなを笑わせた回数とかじゃない?」

 みんながまた笑った。

「今のはタカさんにプラス。お兄ちゃんにはプラスなし!」

「おかしいな‥。体育の授業の代わりじゃないのか‥」

 僕はかなり大きな声でつぶやいた。みんなが大笑いした。でもミホは僕にプラスはしてくれなかった。


「新式の風車はすでに実験段階です。機能は十分とは言えませんが、弱い風速においてもかなりの発電が期待されます。」

 テレビでの政府の定例会見上、大臣がそう発言した。すかさず若い記者が質問をした。

「機能は十分ではないというのは、現在の風速で従来のエネルギーをまかなうだけの性能がないということでしょうか?」

「なんでも完全とまでは言えません。かなりの性能アップにはなっています」

「風速、1~2メートルは常に吹いているところがあり、それでも従来のエネルギーをまかなえるだけの風車の開発ということではなかったですか?先ほどは弱い風とのご発言であり、具体的な風速のお話はなかったですが‥」

「何度も申し上げますが、性能はかなり良くなっています。実験段階ですので、さらに詳しい機能はまだ申し上げられません」

「いつできるのですか?」

「近いうちです」

「人類は滅亡の危機にあるのですよ、完成して設置したけれど、人類が滅亡していたら意味がないではないですか?」

「そうならないために急がせています」

「いつできるのですか?」

「‥‥」

 大臣は、救いを求めるように会場を見回した。すると別の年配の記者が質問した。

「エネルギーが不足し、動力が不足しているなか、風車はどのように作るのですか?」

「そこで皆さまにお願いがあります」

 大臣は一度頭を下げ、また画面に険しい顔を向けた。険しい顔を作っているようだ。

「新式の風車の製造に向け現在動力が足りません。よってさらなる節電をお願いします‥」

 テレビを見ていた大人達の失望の溜息が聞こえた。

「これ以上どうしろって言うんだよ、まったく‥」

「元は政府の無策のせいだろう‥」

 一斉に子供達の何人かが懐中電灯と本やカードを持って立ち上がった。そして皆、暗い廊下を歩き、暗い教室へと向かった。

「俺の方の電池少なくなっちゃったよ‥」

 タカが懐中電灯を振っている。ほぼ消えかかっている。

「みんなの消してさ、これひとつだけ使って、ババ抜きでもしようよ。こうやって上からつるせば、ここに集まればできなくはないよ」

 僕は天井からひもをたらし、それに僕の懐中電灯をひとつだけスイッチをいれたままつるした。みんなの中心が明るくなった。

「自分のカードも見にくいな‥」

 タカが言った。

「そのうち蛍光のカードができるわね」

 この声はマリだ‥。

「それ特許とったら売れるよ‥」

 誰だろう‥?タカの声じゃないな‥。

「大人は文句ばっかり‥。そんな政府を選んだのは大人じゃない!」

 またマリだ。

「確かにね‥。文句を言う前に工夫すればいいのにさ‥」

 タカだ。

 誰かがカードを配っている。誰だろう‥?手際がいいな‥。

「蛍光のトランプね~」

 すべてのカードを配り終えてから、しみじみとその誰かが言った。

「そうゆうのを工夫って言うんだよね、きっと‥」

 何人かのうなずく気配がした。

「でもさ‥、俺、カード全部配ったけれどさ‥」

 皆が扇状に自分のカードを広げ、ペアのカードを捨てはじめた。

「俺、確かにジョーカー持ってたんだけど、今ゲームが始まってもいないのになくなっちまったんだよ‥」

 全員が捨てられたカードに注目した。でも暗くてよく見えない。

「みんな覆いかぶさるなよ、かえって見えないよ‥」

 タカが言った。

 ゆっくりと、手だけを出して、捨てられたカードをまさぐっている人がいる。

「あ‥あった‥。でも黙ってたら面白かったかもね‥」

 ケンだ‥。

「蛍光のカード作ろうよ‥。ケンのためにも、世界の子供達のためにも‥」

 マリの声が笑いながら響いた。

「それこそ人類の叡智だね‥」

 タカが続けた。そしてあの教師の口真似を大げさにしてこう締めくくった。

「人類の叡智は、またもこの危機を乗り越えるのです」。

 

 懐中電灯に使う電池さえも取り上げられ、僕らも夕方から家族とともに過ごさなくてはならなくった。

“異常気象”風が止まってから、五十日がたった。

 疲れ切った大人達は、期待も希望も失ったようでただふらふらと配給の列に並ぶだけの日々を過ごしていた。

 政府の新式風車は稼働していたが、当初の予定されていた性能を発揮できず、かつ、生産も滞り、いわゆる焼石に水となっていた。

 デモも抗議も誰も起こす気力もなく、誰もが、ほぼ大人の誰もが、将来を悲観していた。未来なんてないと思っていた。ただ静かに何かを待っていた。風か、それとももっと悪い知らせのどちらかを待っていた。


 残念ながら、それを最初に見つけたのは、僕らの学校の生徒ではなかった。

 でも、他の国の生徒がそれを最初に見つけ、瞬く間に、一瞬にしてその知らせが世界を、そう、“風”よりも速く世界を巡った。

「ええ、最初は小さい音でした。でもだんだん大きくなって、木々がちょこちょこと揺れて、砂があがって、草が震えました。近くの風車がゆっくりと回りはじめて、あっというまにそれは目にもとまらぬ速さになって、ブンブンと音を大きくたてたんです‥」

 ニュースが明るく流され、世界各国で風が観測された。

 ドームへのエレベーターはすぐに動き始め、いつも使っていた子供達をさしおいて、偉そうな大人が何人も乗り、上がり、そして降りてきて、満足そうに、うれしそうに、自慢げに他の大人達と握手を繰り返していた。

「誰が、何をしたから風が吹いたってわけではないのにね‥」

 タカがあきれながらつぶやいた。

「そうだね、少なくとも、今降りてきたあの大人のおかげではないね、風が吹いたのは」

 僕は応えた。

 ドームに上がるのを待っていたマリやケン、その他の低学年の児童達もあきれていた。

「普通に戻っちゃうんだね‥」

 マリの声がさびしそうだ。

「いい事なんだろうけれど‥、なんかな‥、これでいいのかな‥」

 ケンもつぶやいた。

 何だろう?僕もそんな気分だ‥。普通に戻れる、普通に戻っちゃう‥。いいのだろうか?


 風が復活してから約一か月後‥。僕らはエネルギー省発電局の見学に行った。

 一連の見学、説明の後、僕はカッコいい、長身の技術者に質問した。

その人は、男から見ればちょっととっつきにくい嫌味な人に見えるのに、周りの女子の小さい声が、<奥さんがいるかどうか聞いて‥>と聞こえた。勿論僕はそれをあえて無視した。

「異常気象の時に上に出たのですか‥?」

「ああ、出たよ。整備があるからね‥」

「どうでしたか?」

「どうって?」

「上に出てどうでしたか?」

「いつも出ているからね‥。どうってことなかったよ‥」

「異常気象の影響はなかったですか?いつもと違うことはなかったですか?」

「仕事はいつも通りさ‥。別にどうってことないよ‥」

 そんなことじゃない。

「仕事はいつも大変だと思います」

 大人の扱いは難しい。

「その‥、風のない状況で上に出た感じはどんなっていう質問なんですが‥」

 大人は手元の水を一口のみ、ちょっと考えた。

「うん‥、そうだね‥」

 難しい顔をした。

「やることはいっしょだからね、命綱を二本付けて、工具も飛ばされないよう、落とさないようにワイヤーで作業着に止めて、」

 困った顔をしている。いい言葉が思いつかないようだ‥。

「う~ん、しいて言うなら‥」

 ニコっと笑った。そう悪い人でもないんだな。なにかぼくら“子供”にもわかるような言い方を見つけたようだ。

「そう‥、なんと言うかな‥」

 カッコよく笑った。周りの女子の顔が一斉に輝く気配を感じた。

「まるで‥、街にいるようだったよ‥」。


 街はいつもどおりに戻った。

 ただ、大きな倉庫が造られ、食糧や水が信じられないくらい多く備蓄された。

 夜は使えない、という理由で大規模にはつくられなかった太陽光発電システム構築が、予算が通ったとのことで、急ピッチで建設が進められた。

 さらに大規模バッテリー施設も造られ、その容量は、通常生活における一か月分の電力量に相当すると言われていた。

 各家庭でも、節電システムの導入がはやり、国はそれに補助金を出すとのうわさも流れはじめた。

 街はいつもどおりに戻った。風が止まる前と同じになった。風が吹き続けているのだからね、当然だけれども‥。


 久しぶりのドーム。タカと二人だけで登った。

 今はほとんど誰も登ろうとしない。異常気象が終われば、いつもの見慣れた風景だからだろう。

「なんか‥、変な気持なんだ‥」

 僕は言った。目の前には風に耐える木々、走るような雲、横殴りの砂が見えた。

「あれ‥?、僕もだよ、不思議だね‥」

 タカが言った。

「おかしいんだ‥、風が吹いて、異常気象がおさまって、普通に戻ってうれしいはずなのに、何か残念な気持ちなんだ‥」

 ドームのガラスをなでながら、僕はつぶやいた。

「うん‥」

 うなずくタカ。

なぜだろう‥。異常気象のときは、なんかドキドキしていた。暗闇でトランプをやったり、天然の照明で勉強したことだって、いつもとちがって面白かった。滅亡の危険があったのにね‥。その気持ち、どうすれば‥。

「今度、風が止まったらわかるかな‥」

 僕はタカのほうを向かずにそう言った。目はドームのガラスの上を動く小さいものを追っていたから。もちろん、外側だが、小さく動くものがいた。

「どうだろう‥。でも、残念な気持ちは確かにあるんだ‥。でも、なんだろう、その気持ちの理由って‥」

 タカも同じ動くものを見ながらつぶやいた。

「風‥、止まらないかな‥」

 僕はその動くものに、ガラスの内側から指をあてた。

「そうだね‥、でもそんな変なこと思っているの、僕らぐらいじゃない‥?」

 僕の指とその動くもの‥、小さい虫とその歩みを眺めながらタカは言った。

確かに不謹慎だね、そんなこと思うのは‥。

虫の歩みが止まり、僕の指も止まった。虫は風に耐え、ガラスにしがみついている。

「こいつ、僕たちのこと見えるのかな‥」

 今度はタカを見ながら僕は言った。首をかしげるタカ。僕は続けた。

「どう思っているんだろうね‥こいつは‥僕らのこと‥」

 タカは話しかけでもしそうな様子で、虫と僕の指に顔を近づけた。そして少し笑いながら、

「そうだね、こいつも僕たちのこと、変なやつだと思っているんじゃない‥?」

 と言った。そして、こんなふうに続けた。

「きっとさ‥どうして外に出て来ないんだろうって思っているんじゃないかな?」

 強い風が吹いたのか、目の前から一瞬にして虫は飛ばされていった。

 僕の指だけがそこに残った。

「そうだね」

 僕は残った指を見つめながら言った。

「あいつ、不思議だと思っていたろうね‥」

 ようやく僕はガラスから指を離した。そして小さい、自分の体から見ればほんの小さい僕の指先を見た。

「俺達小さい虫が外で生きているのに、大きい人間たちが穴倉にこもっているなんて‥って思っていただろうな‥」

 僕は虫が飛ばされていった方を見た。山と森が風に吹かれている。風車が狂ったように回っていた。

「飛ばされちゃったね‥」

 タカが少しさびしそうに言った。

「戻ってくるよ‥」

 僕は本当にそう思った。

「風が止まれば‥、絶対にね‥」。

                                      了

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