第28話 OgataSin M95 Kazu1111

「リスキルしている敵戦車の破壊が最優先事項だけど、対抗手段がない! くそっ。あの戦車、道路の真ん中で余裕ぶりやがって!」


 ケツから火花が散っているから、おそらく工兵が常に修理し続けている。

 アレはブロートーチで修理しているときに発生する火花に間違いない。


 どれだけ攻撃してもあの戦車を破壊することは不可能だろう。


 それに、僕が使用している突撃兵は対人戦用に特化した装備だから、戦車を相手取るには無力だ。

 かといって対車両装備の工兵にすれば、敵の歩兵を押し返すことが難しくなる。


「くそっ。位置がばれてる。敵は放送局を占拠してる。いや、違う。放送を使えば、マップ全体に音声が再生されるから、僕達にも聞こえるはず……。無人偵察機と連携して、こっちの位置を報告しているやつが居る?」


 空を仰いだが、見える範囲に敵の偵察機は飛んでいない。

 だが、必ず何処かでこちらを窺っているはず。


 さらに地上でも狙撃手が見えない位置からこっそりと僕達の様子を見ている。


 おそらく、未だにキルログに出てこない突砂リーだ。

 発砲せずに、完全に隠れきっている。


 偵察兵は倍率の高いスコープを使って遠距離から相手チームのプレイヤーを見つけ、仲間のミニマップに位置情報を送ることが可能。


 リーは僕たちの位置情報を味方に伝えることに徹している。


 悔しいけど、上手い!


 認めたくはないけど「自ら得点を上げることには拘らず、味方の勝利に貢献する」という、僕が理想とするプレイスタイルだ。


 やばい。

 完全にプロチームから油断が消えている。

 個人の得点を優先していた敵が、今はチームの勝利を優先している。


 隠れて毒牙を剥いているリーこそが、本当の敵だ。

 早く見つけ出して仕留めないと、僕達は何もできないまま負けてしまう。


 僕が生き延びているのは、アリサが護ってくれているからだ。

 どこかに潜んでいるアリサの狙撃が敵歩兵の進行を食い止め、辛うじて拮抗状態を作り上げているにすぎない。


「この状況は拙い。アリサが狙撃以外の仕事をさせてもらえない状況だ。1ラウンドみたいに僕とアリサで一点突破を狙えない!」


 狙撃もこなすけど、本来のアリサは突撃馬鹿だ。

 僕みたいに戦術を練ってじっくり攻めるのではなく、個人技で敵陣を蹴散らすのを好んでいる。

 アリサは敵陣のど真ん中に隠れもせずに飛び出し、自分の姿を餌にして釣った敵を迎え討つ戦い方を好む。

 そのうち狙撃が嫌になって、突撃したくなるはずだ。


「落ち着け。アリサの心配をしている場合じゃない。なんとかしないと……」


「アルファーワン、地雷の宅配です!」


「えっ?」


 隣に来たのが誰か、IDを見なくても声だけで分かる。

 プリティーローズの声優ガチさんだ。

 他のメンバーが拠点から出られない中、単独で走ってきてくれたのだ。


「対戦車地雷2つ、確かに届けたよ。一緒にあの戦車を倒そう。私、この戦いが終わったら故郷で喫茶店を――」


 死亡フラグを立てるというジョークだったのだろう。

 言葉は途切れ、ガチさんがゴム鞠のように跳ねて転がっていく。

 ほぼ同時、いや僅かに遅れてライフル音が響いてきた。


「え? なんでこの位置が狙撃されるの? 射線、切ってるでしょ?」


 僕もガチさんも、ビル脇にあるブロックの陰で腰を落としていた。


 何処から狙撃された?

 ガチさんの位置取りは正しかった。

 敵拠点の方角から狙撃されるはずがない。

 敵からは見えないはずだ。


 ……もしかして、高い位置から撃ち下ろしているのか?

 このマップの高層ビルって、屋上に上がれるのか?!


 くそっ。

 知識が少ないせいで、理解できない状況が続く。


 僕に対戦車装備がないと踏んだのか、敵戦車と、随伴歩兵が前進を再開した。


 埃を孕んだ陽光の中、戦車隊が重々しく前線を押し上げてくる。

 なんという威圧感!

 46トンの車体が路上の瓦礫を踏み潰す音が徐々に迫ってきた。


 駄目だ。

 これ以上接近を許したらゲーマーチームは完全に抵抗不可能になってしまう。


 ライフル音がしたので、僕は意識を戦車からキルログに移す。

 たった1発のライフル弾がゲーマーチームをふたり倒していた。


「同時に死んだ? いやいやいや。狭い通路で近距離の出会いがしらならともかく、遠距離から撃った弾丸が、地面と水平に飛んで縦一直線に並んでいた兵士の頭を貫通するって、いくらなんでも有り得ないだろ!」


 確信した。

 全員ではないかもしれないが、プロチームは数名が何かしらのチートをしている。


 けど、どうやって?


 動画配信しているんだから、そんなにあからさまなチートは使えないと思うけど……。


 でも、配信されるのは、誰かひとりのゲーム画面かプレイヤーの姿……。


 そういえば、昨日配信された動画を夜中に少しだけ見てみたけど、銃型コントローラーを振り回してきゃあきゃあ叫んでいる声優さんの姿ばかり映っていた。


 相手プレイヤー視点の画面は配信されていなかった。


 敵の悪質プレイヤーが、誰にも気付かれないと思って、好き勝手やってる?


「つうか、さっきから何発も撃ってきているスナイパーを、アリサが未だに排除出来ないってのも不自然じゃん。アリサだったらとっくに、敵スナイパーの位置を見つけて倒しているでしょ!」


 大会スタッフの居る方に一瞬だけ視線を向けてみるが、誰もプロチームの不正には気付いていないようだ。


 そもそも、ゲーム経験者でなければ、不正を見抜くのは難しい。


 怒りで操作をミスるわけにはいかないのに、指が強ばってしまう。


「くっそっ。むかつくっ! 卑怯な手段で一方的に攻め続けやがって! ひとりかふたりの悪質プレイヤーが混ざっているんじゃなくて、リー分隊全員だろ!」


 斜め前のゲーム台に居るリーに抗議の視線を向ける。

 奴もこっちを見ていた。

 偶然か?


 違う。挑発目的で僕を見ていた!

 ニヤケ面で舌を出して、首を小刻みに振っている。


 リーは銃肩コントローラーを僕の額に向けて、口を動かした。

 僕はヘッドセットをしているから聞こえないし、何を言ったかなんて、知りたくもない。


 ただ、ただ、不愉快だった。


 絶対にリーは、僕が倒す。

 戦場に姿を現さない奴を見つけ出して、背後からナイフで切ってやる!


 僕がゲームに意識を戻すと、後方から歩兵同士の銃撃音が届いた。


「ふざけんなよ。なんで後に敵がいるんだよ。一瞬、目を逸らしただけで突破されたなんて、ありえないだろ! この道、僕が見てたけど、まだ誰も通過してないだろ!」


 キルログにGameEvent11(ジェシカさん)が死亡したと出現したのを見て、心の中で何かが切れた。


「今日、一緒に楽しむって約束したのに! 台無しにすんなよ! バグ技で勝った気かよ! ふざけんな! 同じ条件なら、こっちのが上だってこと、教えてやる!」


 不幸中の幸いだが、少し下がった位置には、死んだ味方が残していった武器や弾薬が大量に転がっている。


 僕はモルヒネやRPG-9を拾う。


 僕はコントローラーを手早く操作し、自分の足下にある地雷の上に手榴弾を投げ、モルヒネを構える。


 そして、手榴弾が爆発し、地雷に誘爆する瞬間、R2ボタンを押しこむ。


「楽しく遊ばせろよ!」


 周囲の景色が炎に包まれ、一瞬で街並みを見下ろす視点に切り替わる。

 僕の操作する兵士が地雷の爆発で空高く吹き飛ばされ、普通は既に死亡しているが、事前にモルヒネを打っておいたので死なない。


 地雷の爆風で高速移動するという、BoDシリーズ伝統の高速移動テクニックだ。

 通常は、車両の後部座席から地雷を落としつつ爆破することによって加速し、本来飛び越えられないはずの川を飛び越えるために使う。


 非常にタイミングがシビアな技だ。1秒でもズレれば死ぬ。


 僕のライフは残り1ポイント。


 地面に落下すれば死ぬ。

 しかし、空中に居る間にやれることがある。


 僕はRPG-9を構える。

 これで敵戦車の上空からRPG-9を撃ち込んで破壊する!


「そっちが先に卑怯なことをしたんだからな!」


 チャンスは一瞬!

 画面中央に敵戦車を捉え、射撃ボタンを押す、その直前、景色が一変した。


 垂直落下していた兵士の体が、何かしらの攻撃を食らって横に流されたようだ。


「嘘だろッ!」


 目標を見失った僕の兵士は地面に落下して死んだ。


 落下中に敵の攻撃を喰らって死んだわけではない。


 上空を吹き飛んでいる最中の兵士に攻撃を当てるなんて、とんでもない超絶技量がなければ不可能なことだ。


 何千、何万人とオンラインゲームで対戦してきたけど、そんなことが出来るプレイヤーとは数えるほどしか会ったことがない。


 そのごく少数が、いま、この場にいる。


 キルログには、僕が世界最強だと信じている者のIDが出ていた。


 OgataSin M95 Kazu1111


 キルログは、厳密には殺した者のIDが出るわけではない。

 死亡する直前に攻撃を当てた者のIDが出てくる。


 つまり、落下中の僕を狙撃したのは……。


 見間違いかと思って画面を確認しなおしていると、右頬に鋭い痛みが走った。


「ッ!」


「うーッ!」


 訳が分からないまま右を向くと、アリサが目を赤く染めて、睨みつけてきていた。


「何するんだよ!」


 蹴りが飛んでくると思って身構えたけど、アリサは攻撃してこなかった。


 俯いて肩を震わせ始めたから、直ぐに泣いているのだと分かった。


「カズはバグ技なんか使わないもん。インチキなんかしないでよ……」


「今のバグ技じゃないし。敵がバグ技を……」


「カズの、馬鹿……」


「あ……」


 アリサのすすり泣く声があまりにも弱々しいから、僕は言い訳できなくなってしまった。


 なんで僕は、こう何度もアリサを泣かせているのだろう。

 仲直りしたばかりなのに、また、アリサを悲しませてしまった。


 だけど、なんで?


 僕がバグ技を使ったことが悲しかった?


 でも、僕が使った技はバグじゃない。


 そりゃあ、現実なら身体の下で地雷が爆発すれば確実に死ぬ。

 でも、BoDはゲームだ。

 地雷の爆風で空を飛んだり、車両を加速させるのはシリーズ伝統の技だ。


 5メートルの高さから飛び降りてもノーダメージの兵士が、6メートルの高さから飛び降りたら死ぬのは、ゲームだから。

 拳銃で頭を一発撃たれだけでは死なないのも、数十秒安静にしていれば体力が全回復するのも、ゲームだから。


 それと同じ。

 地雷の爆風で高速移動可能なのも、ゲームだからでしょ?


 仮に僕の行為が不正なバグ技だったとしても、アリサの反応は異常だ。

 泣き出してまで抗議するほどのことじゃないはず。

 

 どう声をかければいいのか分からくて途方にくれていると、ジェシカさんがやってきた。


「んー。チームキルしてるから何事かと思えば、ゲームほっぽり出して、どうしたのさ」


 アリサはジェシカさんの身体に飛びつくと、わあわあと声をあげた。


 なんで?


 いったい何がアリサの感情をそんなに揺さぶったの?


 ジェシカさんがアリサの小さな身体を抱き、頭を撫でる。


「僕は何もしてないのに、アリサが突然、怒りだした……」


「ひっく……。嘘。ううっ。カズ、チートした!」


 殆どのプレイヤーはゲームに集中しているらしく、騒ぎに気付いたのはジェシカさんの他には大会のスタッフくらいだ。


 スタッフのひとりが寄ってきたから、ジェシカさんが手を振る。


「大丈夫。何でもないよ。オレら三人、ちょっと休憩してくる」


 ジェシカさんが大会スタッフに愛想の良い笑みを向けると、問題ないことをアピールするように僕の肩を抱きかかえてきた。


 僕は、ジェシカさんに触れているのに、全身に鎖でも巻かれたかのように、何処かに沈んでしまいそうな気分だ。


 主戦力が抜けてしまえばゲーマーチームの負けは確定だけど、ジェシカさんに逆らえる雰囲気ではない。


 僕は試合会場から出ると、ジェシカさんが促す方向に少し遅れてついていった。

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