第3話 リアルは地獄

 私立青海学園。

 普通の成績で行ける普通の高校だ。

 外国との異文化交流事業とか部活動とかに注力しているらしいけど、興味なし。


 教室内のうるさい雑談に背を向け、僕は窓際の席から外を眺めていた。

 早咲きの桜は既に散ってしまったので、景色は味気ない。


 始業式も、入学式の準備も終わったんだし、早く帰ってゲームしたい。

 眠気を誘う暖かさだし暇だし、机に突っ伏して眠ろうかと思っていたら、前の入り口から教師が入ってきた。


 散っていた生徒が席に着くと、教師はプリントを配りながら選択科目の説明を始める。

 英語会話の担当教師が産休になるから、代わりに新しく着任予定の教師が担当するらしい。


 英語の授業についていけなくても問題ない。

 いざとなったらSinさんに教わろう。

 あの人、ゲーム中に外国人と遭遇したら、普通に会話しているし。


 Sinさんの引っ越しが終わって次にボイスチャットが出来るのはいつだろう……という思考を遮るのは、教師の言葉に含まれた不穏な単語。


「来週の金曜日に、新入生歓迎イベントを開くからな。今から六人の班を作れ」


(えっ? 班?)


 周辺から生まれたざわめきは、あっという間に教室内を紛争地帯のように騒がくした。


(最悪だ。ライフルしかないときに戦車と遭遇したときくらい最悪だ。爆発物が無いと、戦車にダメージは与えられない!)


 落ち着け。

 焦って発砲しても、敵に居所を知らせるだけだ。

 先ずは深呼吸して、作戦を練るんだ。


(体育のふたり組と違って六人組なら、人数の足りない班に混ぜてもらえるかもしれない。去年のクラスメイトを探そう……)


 室内を見渡しているうちに、既にふたりや三人の小グループが出来あがり、合流して六人グループになりつつある。


 僕は完全に出遅れた。


(くそ。なんで、こいつら、こんなにも早く班編制が出来るんだ。二年の新学期が始まったばかりなのに……!)


 教室内にできた輪の何処にも入りこめる余地が無い。

 僕が班に加入できないまま時間は過ぎ、ホームルームは終了する。


「よーし、だいたい班は出来たな。まだのヤツは来週の火曜日までにどこかに入れてもらえ。じゃあ、今日は解散」


 教師が去るとクラスメイト達は思い思いに動き始めた。

 さっさと鞄を持って部屋を出る者や、雑談を始める者や、それぞれだ。


(……早く帰って《Battle of DutyⅤ》やりたいけど、みんながいなくなってから帰ろう)


 昇降口や通学路でクラスメイトに遭遇したくないし……。

 敵の行動を予測して正面から遭遇しないように移動することはFPSの基本だからな。


 僕は時間つぶしのために、鞄からノートを取りだす。

 方眼紙に《Battle of DutyⅡ》の対戦マップをおおざっぱに書きだし、進軍ルートに線や矢印を引いたお手製の便利アイテムだ。


(ディフェンス側の陣地からだと、マップ中央のコンテナが視界を遮るんだよな)


 前日の戦いを思いだしながら、危険なルートには赤線を、安全なルートには青線を引いていく。

 運良く僕は教室の一番後ろで左は窓だし、右は無人の席。なんでも家庭の都合で来週から登校するらしい。


 つまり、今なら自作の攻略ノートを広げても誰にも見られないというわけ。


(味方が右側に展開しているときは、左端から裏取りを狙える。あとは、敵が僕と同じことを考えていたら、中央で後ろを取られるかも。やっぱ廃墟マップは、まだまだ研究の余地があったよな)


 Sinさんは戦況を把握できているくせして、たまにおかしな動きをする。

 昨日だって「拠点Aを確保し、味方が前線に上がってくるのを待つ」なんて自分で言っておきながら、バギーに乗って拠点Cに突撃したし。


 Sinさんの唐突な行動についていくためにも、セオリー以外の戦術も編み出す必要があるな。


 《Battle of DutyⅡ》はサービスが終了したからもう二度と遊べないけど、編み出した戦術は《Battle of DutyⅤ》でも活かせるはず。


 こういう普段の積み重ねが勝利に繋がるのだ。


 筆が進み、試してみたい戦術がいくつも出来上がった頃、ノートに影が差しこんだ。


 僕は反射的に見上げてしまう。


「あ、ごめん。邪魔した?」


 見下ろしていたのは、何処か見覚えのある女子だった。


「ね、何を書いてたの?」


 随分と子供じみた声だ。

 まあ、Sinさんと比べたら、凡百の女子高生などガキに等しいのだから当然だ。


 大人の女性との会話に慣れているオレなら、女子高生など簡単にあしらえるだろう。


「な、何でもない。しゅ、しゅしゅ、宿題」


 何故か、舌が絡まった!

 急に話しかけられたから!


 机に視線を落とすと、女子の下半身が見えてしまう。

 仕方なく僕は視線を窓から外に逃がすことにした。


「地図? 地理の宿題?」


「ち、違う」


 ノートを慌てて閉じる。

 灯油缶を爆破とか、背後からナイフを刺すとか物騒なことが書いてあるので、他人には見せられない。


「ねえ、和君。Aクラスは春休みに宿題が出たの?」


「えっ?」


 名前を呼ばれた。

 しかも、かずき君ではなく、かず君だった。

 さらに、僕が去年A組だったことを知っている。

 何処の諜報員だ。

 僕の個人情報を使って何を企んでいる。


「あれ。違った? 和君って去年Aクラスでしょ」


「あ、いや、宿題はない。冗談だから」


「もう。驚かさないでよ。私のクラスも宿題が出てたらどうしようかと思ったよ」


 女子の正体が気になり、ちらっと目を向ける。

 女子は目を細めてえくぼを作りながら、顎のあたりに両手で三角形を作っていた。


 なんだ、その仕草。

 何かのハンドサインか?

 仲間に攻撃指示でも出しているのか?


 動きの意味は分からないが、女子が誰かは分かった。

 多分、隣に住んでいる、冬月雪だ。


 親同士の付き合いがあるから、僕と冬月は小学校の頃は一緒に登下校したりバッタを獲ったりしたけど、中学以降は会話すらしていない。

 顔を見たことすら随分と久しぶりの気がする。


 冬月は影の薄い子だったという印象だ。

 居るのか居ないのかよく分からない感じ。


 お母さんが『隣の雪ちゃんは成績がいいそうよ』って、よく褒めていたけど、僕と同じ高校に進学していたということは、似たような成績なのだろう。


「ねえ、私たちの班に入る?」


「え?」


 冬月が窓枠にもたれると、ちょうど外から風が吹きこみ、長い髪が揺れる。

 僅かに遅れて花のような香りが漂ってきた。


「和君、まだ班に入っていないんだよね。もし良かったら私たちの班に入る? ほら、新入生歓迎会ってオリエンテーリングがあるでしょ。男子がいると助かるの。ね、私たちの班に入って」


「う……」


 嬉しい申し出だったので頷こうとしたが、すぐに思いとどまった。

 女子と同じ班に入るのは気恥ずかしいし、男子と馴染めなくなってしまう。


 それに……。


 班に入れなかったところを見られていたとは、なんという恥辱。

 逃げたい。

 敵が僕のことを忘れるまで、遮蔽物の陰に隠れていたい。


「い、いい」


「そう。……そうだよね。女子ばかりの班は、和君も嫌だよね。気が変わったら、いつでも言ってね」


 冬月は指を組んで身体の前に伸ばすと、そっぽを向く。

 続いて、かすかな声で何事かを呟く。


「隣に住んでいるんだし、もう少し仲良くしてくれてもいいのに……」


 ちょうど別のクラスメイトが騒いだので、よく聞こえなかった。


「ねえ、BoDって何?」


 さっさと立ち去ればいいのに冬月は声のトーンを変え、やけに明るく手元のノートを指さしてきた。


 つうか、BoD知らないのかよ、こいつ。

 仕方ない。教えてやるか。


「BoDは略称。正式名称は《Battle of Duty》。略称の読み方ファンの間でも統一されておらず《ビーオーディー》とか《ボッド》とか。僕は《ボッド》派。分かりやすく言えば、近代兵器で武装した軍人が戦うゲーム。ゲームといっても実銃からサンプリングした銃撃音だし、兵士は実際の軍人からモーションキャプチャーしているから、臨場感はホンモノ。シリーズ最新作はPCやVirtual Studioで好評発売中。昨年のホリデーシーズンに北米市場で売り上げ第一位になった神ゲー。日本人プレイヤーは少ないけど、遊んでいない奴は馬鹿だね。人生の半分以上は損してる。最新先のⅤは今流行のサバイバルモードに力を入れているっぽいけど、シリーズのファンならオンライン対戦の殲滅戦や制圧戦で遊ぶべき」


「え、えっと……。一言で言うと?」


 しまった。

 つい、好きなゲームの話だから熱が入ってしまった。


 何も知らない女子高生に一言で伝えるには……。


「サバイバルゲーム……」


 嘘をつくのは悪い気がして、極力近いイメージを伝えた。


「サバイバルゲームって、玩具の鉄砲で撃ちあう遊びだよね。ねえ、どんなところが面白いの?」


 興味なんてないだろうに、なんで話に食いついてくるんだろう。

 Utuberが《荒地行動》とか《FortKnight》とかの動画を配信しまくっているから、今時の女子高生もFPSやTPSに興味があるのか?


「面白さは無数にあるけど、何よりも興奮するのは、味方との連携が上手くいったときの達成感。最初は知らない人でも、味方チームになって協力していると、凄く仲良くなれる。ボイスチャットしながら作戦を決めてもいいんだけど、無言のうちに連携出来たとか脳汁あふれる」


「へえ。そうなんだ。言葉の殆どが分からなかったけど、和君が楽しそうなのはよく分かったよ。男の子は戦争ごっこが好きなんだよね。仲間と仲良くなれる……か。私も始めたら、昔みたいに仲良くしてくれるかな……」


 仲良くなる?

 冬月は誰かと喧嘩でもしたのか?


「BoDやれば、なれると思うよ」


 女性プレイヤー少ないから、ボイスチャットしたら間違いなくモテモテだぞ。


「えへへ、そっか……」


 何か嬉しそうにしているし、適当な返事だったけど、正解だったようだ。


 冬月はなにやら黙考を始めた。


 とりあえず、近くに立つのは止めてほしい。

 何だか花みたいな匂いが鼻をくすぐってくるから落ち着かなくなる。


 お尻がむずむずしてきた頃に、廊下から救いの手が届いた。


「ゆっきー。お待たせー。カラオケ行くよー」


「はーい。今行くー。じゃ、和君、また来週ね」


「う、うん」


「ねー。図書館か本屋に寄っても良いー? ちょっと、調べたいことが出来たのー」


 ようやく冬月が去った。

 あー。

 Sinさんとならゲームしながら何時間でも雑談出来るのに、リアルの女子とは会話が難しいな!

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