第17話 出発

美生みおけいはショルダーバッグ一つという軽装で大洗駅に向かう電車に乗っていた。涼しい車内と線路の振動は眠気を誘い、二人はもたれ合いながら、うたた寝をしている。


最初は家から大洗のフェリーターミナルまでオートバイで自走するつもりだったが、二人ともまだオートバイで公道を走るのに慣れていないし、一般道で行くとほぼ丸一日かかってしまう。お盆過ぎのまだ暑い最中、それはオートバイにもライダーの体にも良くないだろうと、父の貴生たかおが軽トラックでオートバイを積んで行ってくれると言うので、今回は素直に甘えることにしたのだった。


最も貴生にしてみれば、こっそり美生たちの後を付いて行くのだから、手間は一緒だ。


出発の前日、フランスから帰国した佳が美生の家にやって来た。佳は美生の祖父の和之かずゆきがVespa 100のエンジンをかけたり、家の周りを走るのをしばらく観察していたが、和之と代わると初めて乗るVespaのエンジンを一発でかけ、乗り回してみせた。頭でイメージした通り体が勝手に動くという佳のスキル『万能の侵略者ユニバーサル・インベーダー』の面目躍如と言ったところであろう。


その晩。佳は美生の部屋で寝たのだが、


「なあ、美生。ちょっと聞いていいかい?」

「何?」


「何でそんなに北海道にこだわるんだい?」

「私、暑いの苦手なんだよ。」


「というのは冗談だけど。」

「冗談なのか?」


「うち、あまり旅行とか行かなくて、夏休みの北海道ツーリングだけが唯一の旅行だったから、毎年楽しみでさ。お母さんは来なかったけど、おじいちゃんとお父さんと二週間位、北海道をあちこち走り回ってキャンプするのが本当に楽しかった。」


「小一の時に初めて北海道に行った時、過ごしやすくて子ども心に感動したね。冬は大変だと思うけど、夏の北海道は最高だよ。おじいちゃんが若い頃はもっと涼しくて、お店とかにもほとんど冷房はなかったって言ってた。」


「でも中学生になってから、おじいちゃんやお父さんとタンデムしたり一緒のテントで寝たりするのが恥ずかしいというか嫌になってさ。それで中一の時、今度の夏休みはずっと岐阜の方で過ごしたいと言ったんだ。おじいちゃんも定年退職して収入が下がって、家計が苦しくなってきたんだろうね。分かったと言って、それっきり。」


「ところで、佳はキャンプツーリングに反対されなかったの?」

「ん? 美生と北海道旅行に行きたいと言ったら、喜んでお金を出してくれたぞ。」

「・・・」


まあ嘘は言ってない。本当のことも言ってないが。二人は眠りに落ちた。




電車は大洗駅に着いた。


大洗の駅からフェリーターミナルに向かって歩く。程なくターミナルに着くと、貴生はすでにMotobi125SS とVespa 100 を軽トラックから下ろして待っていた。荷物を載せてエンジンをかけ暖気を行う。


「お父さん、ありがとう。行ってきます!」

「気を付けてな。」


大口を開けた深海魚に呑み込まれる小魚のようにMotobi 125SSとVespa 100はフェリーに入って行った。


美生と佳の冒険が始まる。

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