第16話 進路

今日は、美生みおが東京に戻る日。


昨日、父の貴生たかおが東京から迎えに来てくれて、今はモトビを積む作業をしている。


けいも今日、日本に帰国して、明日は美生の家に泊まって、明後日が北海道に向けて出発となっていた。


滞在の最後の数日はリストにあった仕事も全て終わって、香戸里亜カトリアの買い物の荷物持ちや料理を教えてもらうという仕事とも言えないことをしたが、それでも祖父母は約束通りのアルバイト代を払ってくれた。


祖母のカトリアは歌いながら美生と貴生が道中で食べる弁当を作っている。美生はその弁当ができるのを待ちながら、祖父の広生ひろおとエスプレッソを飲んでいた。


E gira e gira e vai

E non frenare mai

E gira e gira e vai

E non fermarti mai


Mettiti il casco esatta sul go-kart

E vai e vai col go go go-kart

E ballerai il twist del go-kart

Twist go-kart and twist go-kart


岐阜の祖父、広生は物静かで無口な人間である。だが、それは心が平穏だからではなく、常に色々なことを考えていて、それを口にする暇がないからであった。


「なあ、美生。名古屋の大学に進学するつもりはないかい?」


「え?」


「清空女学院の提携している大学が名古屋にあるだろう。そこなら清空女学院と同じようにエスカレーターで進学できる。もちろん学費とかは、こちらで全部面倒を見るし、通学がちょっと大変だからクルマを買ってあげる。もし、おじいちゃんたちと一緒に暮らすのが気詰まりなら、大学の近くにマンションを借りるから、毎日ご飯だけ食べにおいで。」


「おじいちゃんな、東京の村田さんが羨ましいんだよ。美生がいて、貴生がいて、一美ひとみさんと一緒に暮らせてる。せめて大学の間だけでも美生と一緒に暮らせたらと思うんだ。」


「うーん。」


悪くない、いや、かなり魅力的な話だ。東京の祖父の和之かずゆきの負担が軽くなる。でも、東京で就職するなら東京の大学の方が有利だろうし、何より大学生活の一切合切全て面倒を見てもらって、


「就職は東京でします。お世話になりました。」


と、自分はこちらの祖父母に言えるのだろうか? 美生は困ってしまった。


「ツーリングの前にこんな話をしてすまんな。まあ、こんな進路もあるぞと言いたかったんだ。良かったら考えてみておくれ。」


広生は広生で真剣だった。私が先に死んでしまったら、カトリアはどうなるのか? 私が死んだらカトリアに穏やかな晩年を送らせてやれるのは美生しかいない。何とか美生をこちらに呼び寄せて、そのまま岐阜で暮らすようにさせたい。東京の村田さんには、美生を奪うような形になるのは申し訳ないが、あちらには貴生と一美さんがいるし、美生には決して不自由はさせない故、村田さんも許してくださるだろう。村田さんも退職されたそうだし、こちらに移住するおつもりはないだろうか? そうしたら母屋を建て替えて、みんなで暮らすのも悪くないと思うのだが。


それに無理強いはできないが、できれば美生を健一君と結婚させたい。今のところ、美生も健一君も満更でもなさそうだし、そうすれば恵介けいすけにも実佳子みかこさんにも義理が立つ。



美生は広生とカトリアに見送られて、東京に出発した。美生は二人が見えなくなるまで手を振った。


帰りの軽トラックの中で美生は浮かない顔をしていた。まさか、高一の夏休みで進路の話が出るとは思わなかったのである。広生としては充分考える時間を与えるつもりで言ったのだろう。どちらの祖父母も好きだし、岐阜で暮らすのも悪くない。それに岐阜で暮らせば毎日のように健一に会えるかも知れない。


とりあえず、今は北海道ツーリングのことだけ考えよう。三年生の夏までに結論を出せばいいのだ。ほんのちょっと悩みが増えた美生なのでありました。

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