第10話 祖母

ある日、美生みおと母の一美ひとみの間でまた一悶着あった。


美生がスーパーマーケットでのアルバイトを見つけて、夏休みは週5日、それまでは土曜日曜に働きたいと言ったからである。一美は7月に期末試験もあるので、夏休みまではアルバイトをするのは土曜日だけにしろと言った。


美生としては、旅費に必要な額をアルバイトの時給で計算しての予定なので、それだとツーリングに必要な費用に足りなくなってしまう。美生は納得できず、しつこく食い下がった。


一方、一美としては、自立心の強いのは立派だが、それではいつ休むのか? と思ってしまう。日曜日の予定は空けておいて元気が残っているなら、高校生の時にしかできないことをしてほしい。一美が高校生の時には、父の和之かずゆきに小遣いをせびっては、友だちと映画を見たり、ライブに行ったりして、青春を謳歌したものだ。


何より、病気の事がある。美生の父、貴生たかおは大学生の時に重い病気にかかった。その病気は体質によるものらしく、貴生の父も現在同じ病気に苦しんでいる。貴生は大学時代の不摂生な生活が発病を早めたのではないか? と一美は考えていて、美生が貴生の体質をどれだけ受け継いでいるかは分からないが、とにかくできるだけ美生に疲労を蓄積させたくないのだ。だったら、そう言えば良いのだが、美生を不安にさせたくもないので、病気のことには触れていない。


結局、一美の考えを分かっている和之と貴生が助け船を出して、アルバイト代で足りなければ、差額を貸してやるということで話がついたのであった。


そんなことがあって、数日たった、ある日の晩。


美生が父の貴生とソファでテレビを見ていると、リビングの電話機が鳴った。一美が出て、何か二言三言話していたが、美生を呼んだ。


「美生、岐阜のおばあちゃん。」


貴生が、げっ!という顔をした。美生は一美から受話器を受け取った。


「おばあちゃん、お久しぶりです。」


「ハーイ、ミオ。久しぶりね、元気かしら? バイクの免許取るんですって? 素敵ね。でも事故にだけは気をつけてね。今年の夏休みはいつ頃来られるのかしら?」


貴生の実家は岐阜県にあって、毎年の夏休みは父の実家で過ごすのが美生の小さい頃からの習わしとなっている。


「ごめんなさい、おばあちゃん。ツーリングの費用のためにアルバイトをしなければいけないので、今年の夏休みは行けないの。」


祖母はショックを受けたらしく、一瞬、間が空いた。


「まあまあまあ! なんてことを言うの? 私もおじいちゃんも年に何回かあなたに会えるのだけが楽しみで生きていると言うのに! 去年も高校受験だからって5日間しかいなかったじゃない! そんな寂しいことを言わないで! アルバイト? いくら必要なの? ○○万円? わかったわ! うちでアルバイトしなさい! いっぱい仕事を用意しておくから、夏休みになったらすぐいらっしゃい! 愛してるわ、ミオ。じゃあね、チャオ!」


電話は切れた。


「相変わらず、押しが強いな、母さんは。」


貴生は、この陽気で賑やかで愛情表現の強い、自分の母親が苦手なのだ。


まあ、おかげで夏休み前にアルバイトをする必要はなくなった。足りない分を貸してもらう必要もない。それなら北海道ツーリングのプランの準備と、母の一美の望み通り、期末試験と二輪免許試験の勉強に専念しよう。そう思った美生なのでありました。

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