第4話 蝕まれた半獣と反逆者

 ゾル平原から、次元の狭間を介して、月影の森に来た。

 この森に来るのは一度だけじゃなく、何度が来ている。

 ここにいる魔物はゴブリンとかそれほど強くない奴らばかりで、相変わらず静寂に包まれている。


 人間や魔獣も信者として加わっているとあの黒い服を着た女性は言っていた。

 ”回帰命”は、この時代でも仲間を集め、どこかを拠点にしていることは十分有り得る。

 それは、月影の森である可能性もある。


「さっきみたいに急に現れたりするかもしれないから、気をつけろよロキド。」


 ロキドは、アクトゥールに居た時とは違って、何やら考え込んでいるようだった。


「どうしたんだロキド?」


 そして、何かに気づいたような顔をした。


「なあ、アルド。」


「どうしたんだ、ロキド?」


「何だか、俺たち、あいつに誘い込まれているんじゃないかと思うんだ。」


「誘い込まれてる?」


「ああ。元信者の証言、ロゼッタが見せた信者のリスト、大司教がサイラスにしか電撃を当てなかったこと。これらを見て、もし、大司教が全知全能であるなら、俺たちの行動も全てお見通しだったはずなのに、どうして俺たち全員に攻撃しなかったのか?」


「うーん、でもそれは、大司教の力量が、俺たちの力量よりも劣っていたから慎重に行動したとかじゃないのか。」


「いや、リスト内に書かれた詳しい情報や時空の穴を自分で出すほどの技術を持つことから、敵は俺たちよりもかなり上手なはずだ。」


「じゃあ他に何か目的があったのか。」


「そうだ。だが、それが何か分からん。」


 いろいろともやもやすることが多い。

 だが、それよりも教団がいつ攻撃を仕掛けてくるか。


「危ないっ!アルド!」


「え?うおっ!」ドガァァン!


 巨大な轟音が鳴り、雷がアルドに当たる処であった。

 イルルゥがそう叫んだ時、アルドは間一髪で身を翻し避けたのだ。


 危なかった。イルルゥに感謝しなきゃと思ったのも束の間、雷が絶え間なく、アルド達の近辺に落ちてきたのである。


「なんか雷、沢山来た!沢山来た!」


「くそっ!やっぱり攻撃してきたか!」


 避けるだけで精一杯だった。

 それに、ここは森林の中なので、側撃雷によりアルド達に当たってしまう危険性が高い。

 悪戦苦闘していると、ロキドがアルドに呼び掛けた。


「アルド!イルルゥ!雷が落ちてくる場所とタイミングをよく見ろ!決まったパターンで落ちてくるぞ!」


「本当か、ロキド!?よく分かったな。」


 落ちついて、雷がどこに落ちているのかよく見ると、確かに決まったパターンとタイミングで落ちているのが分かる。

 タイミングが分かり、ある程度避けるのが簡単になると、近くの木の陰から、フード被った奴が見えた。

 信者が近くにいる。

 ということは、何らかの装置で雷を落としているのだろう。


「ならこれでどうだ!」


 ズバァァン!


 アルドは、回転切りを繰り出し、信者が見えた樹木をなぎ倒した。

 なぎ倒した途端、バゴンと爆発音が聞こえた。

 見ると、何やらアンテナらしきものがへし折られている。

 こいつが雷を落としていたのだろう。


「やれやれ、分かってしまいましたか。」


 白い霧が現れ、人喰い沼で見た大司教と信者が現れた。


「それにしても、貴方達はしつこいですね。たかだか、カトイという若者の父親を助けるためにここまで来るとは。」


「当たり前だ!親を思う子の気持ち、子を思う親の気持ち、どちらも大切なもので、それが家族というものだ!聞こえてるんだろ!カトイの親父!あんたの息子さんは本当に心配してるんだ!」


「ロキド…。」


 母親を亡くしたロキドにとって、親が子供の傍からいなくなるのは、非常に胸が痛いのだろう。

 そんなことは、微塵も感じずに、大司教は後ろを振り向き、「と言っていますが?」と述べた。

 大司教の後ろにいたカトイの父親は、アルド達に冷たい目を向けた。


「俺は、望んでここに入ったんだ。今更戻ろうと思っても、もう俺は、魂を売ったようなもんだ。典型的な駄目親父なんだよ。父親らしいことは、何一つやってないんだからな。せめて、俺の妻だけでも助けてやりたいと思ってるんだ。あんたらだって、ここに来たのは自己満足のようなもんだろ。」


「そんなことはない!息子さんは、言っていた!親父さんのことを嫌ってはいないと!ガキの時は一緒に遊び、時には励ましてくれたこともあったと!」


「くっ、もういいんだ。」


 カトイの親父さんを、それほどまでこの教団に引き付けるものは一体なんなのだろう。

 やはり、どうしても永遠の命を母親に授けたいのであろうか。

 ロゼッタが母親の病気を治す医者をはやく連れてくれば万事解決するのだが。

 そうだロゼッタだ!思い出したようにアルドは言った。


「親父さん!今、俺の知り合いが、親父さんの奥さんを助ける方法を探しているんだ!もう少し待っていれば奥さんの病気も…。」


「い、いやそのことについては…。」


 ん?なんだ?何をためらっているんだ?


「もういいんじゃないですか。あまり、他人に未練を植え付けるのはいかがなものかと。」


「でも、あなたにはまだ未練があるような気がするんだよね~」


「人が話している最中に、話し始めるというのもいかがなものかと思いますよ。イルルゥさん。」


「アハハ!ごめ~んなさ~い」


 イルルゥに指摘されて大司教は舌打ちをした。

 案外、イルルゥが苦手のかもしれない。

 若干取り乱しているようだったが、元の表情に戻り、ロキドに向き直った。


「話題を変えましょう。この時代では、人間と魔獣が対立しあっている世界になっていますね?さて、ロキドさん。今度はあなたのことについて話しましょう。」


(サイラスの次は、俺か。)


「ロキドさん、あなたは魔獣の…、いや、人間と魔獣との間に生まれた者ですね。確か、貴方は、魔獣を酷く嫌ってらっしゃる。それで、魔獣を殲滅することをひどく切望した。しかし、今では、魔獣と人間が共存できる世界を創ろうと意気込んでらっしゃる。」


「ああ。そうだ。」


「あなたは人からも魔獣からも嫌われていたようではありますが、母親の思いと父親の遺志を受け継ぎ、奮闘していらっしゃる。泣かせますねぇ。ただ、そんなことをしても意味がないと思いますけど…。」


「貴様に…、何が分かる…。」


 固く握られた拳が小刻みに震えている。

 今にも男に飛び掛かりそうであることが、アルドやイルルゥにも容易に分かった。

 だが、ここで飛び掛かったら、サイラスのように、やられてしまうだろう。


「おい、それ以上言うのはやめろ!」


「事実を言ったまでですよ。意味がないというのは、あなた一人の力では、難しいですよということです。ここにいる信者たちをご覧ください。人間の方だけでなく、魔獣の方もいらっしゃるでしょう。」


 大司教が腕を広げ、周りの信者をぐるりと見まわすと、信者たちはフードで隠れていた顔を出した。

 肌の色が青く、二本の角を生やした魔獣が見えた。

 これほどの大勢で、人間と魔獣が隣り合って立つ姿は見たことがなかった。


「我々は、人間と魔獣が共存する社会を実現できる段階まで来ているのです。」


「ふん、そうかよ。」


「あなたが、我が教団”回帰命”に入れば、あなた自身の願いが叶うとおもうのですが。」


「一つ聞きたいんだが、信者たちは自分たちの意思でここに入ったんだよな?」


「ええ、そうですよ。そうでなければここにいません。」


「そのわりには、随分幸せそうな顔をしてねぇなと思ってな。」


 その言葉で、信者が一瞬だけ悲しそうな顔に見えた。


「いいえ、幸せですよ。」


「そうか。だったら、俺はこの教団をぶち壊すだけだ!」


「急に何を言い出すんですか。野蛮な。」


「黙れ、あんたは信者の言葉に耳を傾けようとしてないんじゃないか。あんたみたいな他人の意思を尊重しない奴、人間や魔獣の運命を左右する奴が、一番嫌いなんだ!」


「やはり、あなたも入りたくないのですね。」


「当たり前だ、これでも喰らいやがれ!地烈無双拳っ!」ドゴン!


 地面に叩きつけた拳により起きた衝撃波が、大司教の方へと進んでいった。

 生身の人間なら避けるところだが、大司教は動かない。


「学習しない方ですね。私はそんな攻撃じゃ効きませんよ。」


「何?」


 衝撃波が大司教に届く直前で止まったかと思うと、どういうわけか今度は、衝撃波がロキドに向かって進んできたのある。


「ぐわぁっ!」ズガァン!


 ロキドは避ける余裕もなかった。

 地面が崩壊したときに起きた暴風や飛んできた砂塵により、アルド、イルルゥの視界を遮り、何が起きたのか分からなかった。

 気づくと崩壊した地面の上にロキドが倒れており、所々皮膚から血が出ているのが分かった。


「ロ、ロキド!」


 アルドとイルルゥは、ロキドの傍に近寄ろうとした。

 ロキドは力を振り絞って二人の方を向き、「アルド、イルルゥ…。来る…な。」と力を振り絞って言った。

 まるで、鬼の形相のようだっため、思わず二人は立ち止まってしまった。

 事態が把握できずにいると、大司教が説明し始めた。


「簡単なことですよ、先ほど雷を落としていたアンテナをアルドさんが壊したでしょう。あれは、4種類の自然エネルギーが結晶化したプリズマを組み合わせて雷を出すように設定された装置なんです。その装置と仕組みは同じなのですが、ロキドさんが技を出した先の地面に、今言った装置を埋めていたんですよ。そして、衝撃波が装置に近づくと、それ以上の衝撃波、正確には土のプリズマが最大に働き、ロキドさんの技を上回る力が出たというような感じですかね。ざっくり説明しますと。」


 それでは、ロキドがあの場で技を出すのも計算していたということか。

 また一人、仲間が負傷してしまった。

 やはり、この男には勝てないのかと落胆していると、すかさずカトイの親父が大司教の首を左腕で締め、右腕でナイフを持ち、こめかみに当てた。


「親父さん!いきなり何を!」


「はあ……。一体どこまでてこずらせれば気が済むんですかね。あなたは、私と同じ側の者だと思っていたのに。それに私は、そんな物では死にませんと何回言ったら……。」


大司教のこめかみにナイフを当てながら、父親は低い声で脅す。


「あんたは、もうすぐ死ぬだろ。ちゃんと俺も分かってるんだぜ。”永遠の命”を受けとった人間や魔獣は、確かに病気も痛みもなく、無敵状態になる。けど、それは一時的なものなんだろ。結局、それを受け取った者は、次第に蒸気のように消えてなくなる。つまりは、死ぬんだ。それがいつになるかは個人差があってよく分からないが、少なくとも病気がちで不健康、もしくは霧になった回数が多ければ多いほど早い。あんたの場合、普通の人よりも健康だったから、生きてた期間が少し長かったが…。」


「そういうことだったんだね。煉獄界に魂がおおかったのは、そういうことだったんだ……。」


 イルルゥは、少し納得したような表情をしたが、声が少し震えていた。

 大司教は、何も言わない。何を考えているのだろうか。

 カトイの親父は周りを見回した。


「ここにいる奴らもそのことは、知ってたはずだ。何が永遠だ!」


 他の信者達は、何も言うことが出来なかった。

 希望があったと思っていたものが、実は絶望まみれだったとは。


「俺は、今ではかなり落ちぶれてしまった。やり直したいことはいくらでもある。実際こんな教団なんか入りたくなかった。だが、俺の家族や知り合いを傷つけ、死に至らせるようなまねをする奴は絶対に見逃さない。あんたの手下だろ。俺の妻カムナを病気にさせたのは!」


「何だって!?」


「そ、そうだったのか…。」と、ロキドは上半身だけ起こして、カトイの父親の話を聞いている。


「最初は本当にただの流行り病だったんだ。だけど、俺の家に毎回やってきた医者は、あんたの信者の一人だったんだよ。流行り病だった妻のために往診として俺の家に来て、体を弱らせる薬を妻に飲ませる。日に日に弱ってきたところで、信者の一人が、布教活動に来る。普通の人なら、藁にもすがりたくなる気持ちになり、教団に入る。それがあんたらのやり方だった。」


 そうやって信者を増やしていたのか。

 ロゼッタがこの場にいたらどう感じていたのだろうか。


「ただ俺は気づいてた。あんたの信者が来る度に俺の妻に飲ませていた薬、妙な感じがして、こっそり拝借して知り合いに調べてもらったんだよ。そしたら、こいつは、体を弱らせる毒薬だったんだ。」


 ロキドがカトイの親父に説得した時に、躊躇う素振りを見せたのは、こういう一連の理由があったからかと、この時アルド達は、初めて理解した。


「それで、その黒幕である私をどうしますか?殺しますか?」


「ここにいる奴らを解放して元の人間と魔獣に戻すんだ。''回帰命'' なんて教団は、もう終わりにしろ!ここで死にたくなかったらな!」


「じゃあ死ぬのはあなたの方ですね。」


「あ?ああああああ」ゴオオオオ!


 突如、カトイの父親の体から炎が出始め、全身に大やけどを負わせた。

 悲しくも、黒幕を討つことが出来なかった。


「私があなたの動きを予想してなかったと思いますか。」


「大丈夫か!親父さん!」


「だ、大丈夫?」


 アルドとイルルゥがカトイの父親に近づいた時、服や頭髪がほとんど焼け、全身の皮膚が赤く焼けただれていた。

 これでは、もう助からない。

 父親の体に触れようとしても、父親自身の体が気体のようになっているため、触れることができない。

 なんで、この人がこんな目に合わなきゃならないんだ。

 アルドの目から涙が落ちた。


「カトイの親父さんは、”永遠の命”を授かってまだ間もない体ですからね。ちょっとの衝撃であったら、痛みは感じないのですが。先ほどのような致命傷を負ったりすると、生身の人間と同じくダメージが大きいのですよ。ちなみに、私は他人の体に発火現象を起こすことも可能なのです。」


 まるで実験動物の様態を述べているような解説だった。


「ア、アルド君と……、イルルゥ君だった……かな?」


「しゃべっちゃだめだ!」


「話をさせてくれ。俺は、この身が亡ぶくらいなら、最後くらい家族を守るようなことをしてもいいだろうと思ってな。」


「そ、そんな。」


「親父さん…。」


「はは、初めて会ったのに、そんな悲しい顔されるなんてな。カトイには、何も残してやれなくてすまんなと伝えてくれ。」


「ああ、お、親父さん!」


 父親は目を瞑るとそのまま何も話さなくなった。

 やり残したことがあると言っていたが、父親の顔は何の未練もないというような顔であった。

 次第に、父親の体は、地面を見通せるほど薄くなっていき、蒸気のように消えていくのが分かった。


「やはり、こいつも駄目でしたか……。所詮、人間という殻から抜け出せなかった愚か者なわけですね。このような体になっては、もう元に戻ることも出来ないというのに…。」


「ふざけるな!」


「ふっ、あなたも私のことが嫌いですか?」


「ああ、憎い!あんたは、人でも魔獣でもない!化け物だっ!」


「はあ、ここで決着をつけるのは面白くないですね。」


 大司教は、またくるりと周りの信者を見て、大声で叫んだ。


「ここで皆に聞きたいのですが、私の行動に意見があるものは正直に話していただけますか。今ここで、”回帰命”を抜けたい者があるなら、言っていただきたい。」


 誰も答える者はいなかった。

 それはそうだろう。

 今目の前で行われた陰惨な光景を目の当たりにし、ここで何か意見を言ったら、今度は自分の身が危ないとなる。


「大司教、我々補佐二人は、あなたの意志に従うつもりでございます。」


「すまないな二人とも。他の者も意見はありませんね。それでは、アルドさん、イルルゥさん、ああそうだロキドさんも忘れていましたね。私たちは、これから別の時代に向かいます。決着をつけたければそこでつけましょう。では、失礼いたします。」


 そう言って、人喰い沼の時と同様に時空の穴を出し、大司教と信者たち共に霧状の姿となって、穴の中へと吸い込まれていった。

 穴の先に、未来の工業都市廃墟の景色が見えた。

 そして、時空の穴が消えると、また月影の森は静かになった。


「大丈夫か!?ロキド!」


「俺のことはいい……から、早くい……行け!少し……休むだけだ。」


「ごめん、ロキド……。絶対に決着をつける!行くぞイルルゥ!」


「うん!」


 何が永遠の命だ!こんなこと終わらせてやる!

 怒りを込め、アルドとイルルゥは、工業都市廃墟へと向かった。

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