真珠


「江戸といえば、私の家は江戸時代にかんざし屋さんをやってたみたいですね」

「そうなんですか? よく情報が残ってましたね」


 実の呟きに東京がやっとこちらを向いた。そのシャープな顔立ちに、今までの実はどうも緊張が抜けなかった。しかし言葉を交わしてみると、彼は意外と気さくな人らしい。夕日に染まるその顔からはどこか愛嬌さえ感じてしまい、実は少し恥ずかしくなって慌てて言葉を紡ぐ。


「代々語り継がれている不思議なお話があるんです。別に重要な家宝があるとかそんな話ではないんですけど、面白いから伝えられてきたのでしょうね。昔、当時のかんざし屋の店主······なので私の遠い先祖にあたるのかな? その方が拾い物だけでかんざしを作ったらしいんです。でも、その拾い物というのが奇妙だったらしくて」


 そこで何気なく東京に視線を向けた実は驚いて思わず口を噤んだ。彼はその目を丸くしながらこちらを見つめていたのだ。そんな東京は、実の言葉をとぎらせてしまったのが自分だと気づいたのか気まずそうに視線をずらす。そして、実に向かってそっと問いかけてきた。


「もしかしてその拾い物って真珠だったり······」


 その言葉を聞いて、今度は実が目を見開く番だった。確かに、祖父の話によるとその店主が拾ったのは真珠だったらしい。


「えっと······」


 -もしかしてその店主さんとお知り合いでしたか。


 実がそう聞こうとした時、チャイムの音が鳴り響いた。その音にハッとした東京は慌てた様子で今から用事があるのだと言う。


「じゃあもう帰りましょうか。この話はまた今度」


 東京の言葉を聞いて、実も慌てて屋上の柵から離れた。扉の鍵が閉まる音に続いて、階段を駆け下りる二つの足音が遠のいていく。


 誰もいなくなった屋上では、最後の音を響かせたチャイムの余韻が夏風に乗って姿を消した。その風の行く先を追えば、夕日に染まりつつある東京の街並みが見える。その静寂と橙に包まれた東の都は、人々の帰宅時間を迎えたからか先程よりもどこか忙しそうに輝いていた。






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