2『春は出会いの季節』(完)

PV1200記念:上


 これは、僕が中学一年生だった頃に起こった出来事。


 その日は入学式で、僕は上級生が並べてくれたパイプ椅子に座り、偉い人達のありがたいお言葉を拝聴していた。

 中学校に元からいた脳獣は姉ちゃんが全て退治してくれたが、新一年生に関しては、その限りではない。

 他校出身の同級生が、まだ脳獣に襲われていないという確証はないのだ。

 現在は新一年生全員が体育館に集められている。だから、入学式という(無駄な)時間を使って、イツキに指示を出し、他校出身生に『脳魔人(脳獣に襲われ、脳死した人達の総称)』がいないか確認させていた。

「岳流。全クラス大丈夫そうだ」

「分かった。お疲れ様」

「こんなこと、どうって事な…」

 その時、突然イツキの声が聞こえなくなった。

 しかし、こうは聞こえた。

「○○より申請,強制入○,千○○,100○,円形○○○」

(鍵⁉︎)

 脳内世界へ行くために必要な言葉『鍵』それを聞く限りでは、彼は100階につれて行かれたようだ。入学式が終わるまで生きているかは分からない。

(すぐに、助けに行かないと)

 そうして、僕は入学式で眠りについた。


 『円形闘技場』に着くと、そこには、首まで雪に埋まったイツキと、それを傍観する一人の少女がいた。

「あっ。あなた、脳戦士? 丁度よかった。私が今捕まえたこの迷子の所有脳獣を持ち主の所に返してくれないかしら。私、あまりこちらに長居できないの。いつ椅子から転げ落ちるか分かったものじゃなくて」

 その言葉から、彼女も同じ中学校の生徒であると予想がついた。

「ああ、僕も同じで長居できない。すんなり返してくれると言うならありがたい。てっきり殺すんだと思ってたから」

「あら、あなたのだったの? ごめんなさいね。でも、気をつけることね。あの中学校には私がいるから、敷地内をうろついていたら、同じことの繰り返しよ」

「それはできない。僕もそうだからな」

「えっ⁉︎ あなたも新一年生? うちの中学校の?」

「ああ、そうだけど」

「でも、あそこに脳戦士はいなかった…」

「いたよ」

 僕は遮るように言う。

「君は『意識』を飛ばして直接脳魔人がいないか探していたんだろうけど、僕は『意識』を飛ばさずに、所有脳獣に見回りをさせていたから気づかなかったんだろうね」

「あっ、そうだったの。変なこと言ってごめんなさい」

 そう言うと彼女はイツキを包む雪を四散させ、頭を下げてくる。早とちりしたり、いきなりさらったりと、変わった人だが、礼儀は身についているようだ。

「いいよ、気にしないで。僕はクサナギ。これからよろしく」

 同級生としても、脳戦士としても。

「ええ…そうね。私はアヤ」

 僕は手を差し出すが、彼女-アヤはそれを無視して言った。

「今後は、今日のようなことがないようにするわ。もしあなたに所有脳獣が増えたら声をかけて。そうしたら、その脳獣は捕まえない。でも、それ以外は関わらないで。同じ学校で同じ使命を持っているだけで、他人と馴れ合うつもりはないから」

「え、でも…」

 そんなことはあり得ないと思い、僕はアヤをあの手この手で説得する。しかし、彼女はそんなものに興味はないとでも言うように鍵を唱え始める。

 しかし、もっと早く鍵を唱え終わった人がいた。

「クサナギ大丈夫? 教室にいても感知できるくらい、冷たい『鍵』が聞こえたから来てみたんだけど…大丈夫そうね」

「うん」

 姉ちゃんの登場により、鍵の詠唱を途中でやめ、そのやりとりを眺めていたアヤが姉ちゃんの名を呼んだ。

「あなたもしかして、No.16のユイ?」

「え? ええ。私はNo.16『煌めく星砂』ユイ」

「どうしてトップ20がここに?」

「私、クサナギのお姉ちゃんなの。よろしくね」

「あ、はい。よろしくお願いします」

(…僕の時より反応がいい)

「姉ちゃん。この人も新一年生なんだって」

「そっか。じゃあ二人とも、仲良くね」

 姉ちゃんはそう言い残して円形闘技場を去った。休み時間を使ってこっちに来たので、授業前に戻らなければいけないそうだ。

「じゃあ、僕たちも戻ろうか」

 振り返って見ると、彼女はもう消えていた。

 姉ちゃんがいないなら長居する価値はないとでも言うような態度。気に食わない。



PV1300記念:中


 姉ちゃん達上級生はまだ授業があるが、新一年生はその限りではない。

 下校だ! 下校だ!

「じゃあな、佐々木!」

「うん。また明日」

 今日できた、僕とは違う小学校出身の安田と岩本に別れを告げ、僕は昇降口の前でとある人物を待った。

 まさか先に帰っているなんてオチはないだろう。わざわざ小学校時代の友達からの下校の誘いを断ってきたのだから、それなりの収穫は欲しい。

 それから数分待って(遅いと文句を言いたかったがやめた)彼女は現れた。

「あっ」

 あからさまに嫌そうな顔をしないでほしい。

「ねぇアヤ。途中まででいいから、一緒に帰らない? 家はどっちの方面?」

相田あいだ弥生やよい。それが私の本名。こっちではそう呼んで。それに、一緒には帰らないわ。だから教えない」

 そう言って、彼女は足早に帰ろうとする。

「でも、一人なんでしょ?」

「あなたこそ一人じゃない」

「僕は相田さんと帰りたくてみんなの誘いを断ったんだよ」

「何? 入学早々ナンパかしら? 気持ち悪いわよ」

「違うってば!」

「とにかく、私は一人だし、それでいい。誰にも気兼ねしなくて済むもの」

「寂しいな…困った時は相談しあって、辛い時は励ましあって、嬉しいことは分かち合っう。一人じゃそれは叶わないだから…」

「変な考え。学校では今まで困った事なんてなかったし、戦闘でも負けたことはない。辛い気持ちも一人で乗り越えられるし、嬉しいことを話したら、なんだか自慢みたいじゃない? たとえ一人でも問題はない。なら、いない方が楽よ」

「てことは、所有脳獣もいないんだよね?」

「ええ。あなたにはいるのよね」

「うん、二人。今は一人修行に行ってるから、ここには一人しかいないけど」

「名前は?」

「今いるのがイツキ。カメラマンの脳獣で、名前は僕の好きな小説のキャラクターからとったんだ」

「そう。もう一人は?」

「サスケ。忍者の脳獣だから、忍者っぽい名前にしようと思ったんだ」

 僕は自慢げに話した。

「そう。そういえば、あなたの本名を訊いていなかったわね」

「ああ、そうだったね。僕は佐々木ささき岳流。それじゃあ、お互いのことをそれなりに知ったことだし…」

、帰りましょう。お互いのことはほとんど知れたわ。もう話すこともないでしょう」

(『別々に』を強調しないでほしい。悲しくなるから)

「はぁ、分かったよ。同業者として仲良くしたかったんだけどな…」

 そして僕らは歩き始めた。

 あろうことか、同じ方向に。



「いつまでついてくるのよ」

「いや、僕もこっちだし」

「そう…」


「同じ方面って嘘ついて、私をストーキングしてる訳じゃないのよね?」

「だから、僕もこっちなんだって」

「ふぅん」


「ていうか、ここもう僕の通ってた小学校の学区なんだけど、君いたっけ?」

「いいえ、私はこのタイミングで東北から引っ越してきたの。だから、どの小学校の出身でもないわ」

「そうなんだ。だから友達が…」

 最後まで言えなかったのは、弥生が振り返って、圧をかけながら近寄ってきたからだ。

「あのね、あなたには仲間や友人が必要ななのかもしれないけれど、私にはいらないの。分かったらこれ以上付きまとわないで!」

 言うだけ言って満足した弥生は、走り去っていく。

 彼女に僕はついていく。

「だから、僕もこっちなんだって…」

 付きまとっているわけではないが、ついていかないと帰れないのだ。


「なんで走ってまで追いつこうとするのよ?」

「もう少し話がしたかったから。ねぇ、友達はいいよ? 僕の女子の友達何人か紹介しようか? あ、男子の方がいい?」

「どちらも結構。じゃあね、佐々木さん。私ここだから」

「え⁉︎」

 思わずそんな声が漏れた。

「どうしたの? 嘘はついてないわよ」

 僕は、彼女の指差した家からみて斜向かいとなる家の前まで走り、戸惑いながらも教えた。

「僕、ここなんだけど…」

「え?」

 彼女は驚きの表情を浮かべたまま、焦って家に入っていった。

 バタン

 という無機質な音が、静かな空間に余韻を残して消えていった。


「ただいま!」

 気持ちを切り替えて元気よく帰宅を告げる。

「あ、岳流。おかえり。中学校どうだった?」

「別に、姉ちゃんに聞いてた通りの場所だったよ」

 でも今は、そんなことはどうでもいい。

「あのさ、斜向かいの相田さんって知ってる?」

「あー。娘さん、岳流と同じ歳だったわよね。相田さんのお宅はね、少し前にそこに引っ越してきたの。たしか、東北からって言ったたわ。あそこのお母さんいい人ね。もう連絡先交換しちゃった」

(相田さんの言葉に嘘はなし…か)

 未だに距離感が掴めずにいる東北から来た脳戦士に、僕は興味が湧いた。


「ただいまー」

 しばらくして姉ちゃんが帰ってきた。彼女は手を洗うとすぐに自室に荷物を置き、僕の部屋にやってきた。

「姉ちゃん、おかえり」

「岳流。宿題もなくて暇でしょ? 1000階の『脳獣管理所』に、アヤちゃんと一緒に来てくれる?」

「え? なんで?」

「二人の親睦を深めるついでに、手伝ってもらいたいことがあってさ。私が帰ってくる前に連絡先の交換とかしてないの?」

「してないよ」

「あら、コミュニケーションが得意なはずの岳流が珍しい…」

「向こうが苦手に振り切れてたんだよ」

「そっか、じゃあ仕方ない。斜向かいなんだし言って訊いてきて」

「僕はいいんだけどさ。無駄骨になるから、姉ちゃん言ってきて」

「なんで?」

「姉ちゃんの言うことなら一発で聞く気がする」

「そ、そう?」


 数分後

「いいってさ! じゃ、行こう!」

「そっか、よかった」

(僕じゃきっとこうはならなかった)



PV1400記念:下


 千の塔1000階。『中枢都市』にある建物の一つ『脳獣管理所』

 そこは、脳獣についての情報(公開されているものに限り)を教えてくれたり、悪さをしている脳獣の退治の仕事を引き受けられたりする。

 僕たちがそこに入ると、後を追うようにアヤも入ってきた。

「遅れてごめんなさい。それに、クサナギさん。先程は突然帰ってしまってごめんなさい。戸惑ってしまって、ことの真偽をお母さんに確認していたの」

「そっか。気にしてないから大丈夫だよ」

「そう、ならよかった。それでユイ…さん。何のご用件ですか?」

「あのね。脳獣の退治の仕事を一緒にやろうと思ったの。一緒に働く仲間が、どれだけ戦えるのか見たかったし」

「…ナカマ。うん、仲間」

(なんだ。嬉しそうじゃん)

 彼女が微笑んでいるのを見ていると、突然睨まれた。怖っ。

「ねぇそこの神。この前話してた依頼って受けられる?」

「できる。『魔女狩り』を三人で。それでいいか?」

「うん」

「分かった。場所…」

「あ、大丈夫。知ってるから。じゃ、行こっか17階」

 『脳獣管理所』にいるのは口数が少ない神だ。それも、姉ちゃんに押されて今日はいつもよりしょんぼりしている。

 まぁ、姉ちゃんの押しが強いのはいつものことだしな。まったく、誰に似たんだか。


千の塔17階『湖上こじょう古城こじょう

 17階は中央にある円形の湖と、そこに聳え立つ古城。湖の周りの湿原、湿原と古城を結ぶ橋で構成されている。

 僕ら三人は湿原に転移し、古城を見上げる。

「ここに、誰がいるの?」

「魔女の脳獣。橋を渡ろうとする人を、問答無用で攻撃するらしいの」

「なるほど、危険ですね」

 アヤがそう答えると、姉ちゃんは悪巧みをするような笑みを浮かべ、アヤに言った。

「ねぇアヤちゃん。ちょっと実力が見たいから、ここで一発脳力使ってくれない?」

「え、いや、その。私の脳力は…」

「何? 地形崩しちゃう系? 大丈夫だよ。幹部の人が直してくれるから」

「そうじゃないんですけど…い、行きますよ? 『気象変更:雪』」

 彼女の掛け声に合わせて、しとしとと雪が降ってきた。

「これだけ?」

「いや、イツキに使ったやつもあるだろ」

 嘘は許さない。

「い、今からやろうとしてたのよっ! 『気象変更:雪』『雪だるま』」

 彼女の手から雪が溢れ、僕の体を覆った。かろうじて顔だけは外に出ているが、首から下は雪だるまのようになっている。

「ははははは。クサナギ、最高っ!」

 姉ちゃんが笑い出した。やめてほしい。ほんとに。

「これだけです」

「そっかー。まぁ、十分か。それも、無抵抗の相手なら」

「……っ!」

 アヤが大きく反応する。

「調べてるよー? 無殺を貫いてるんだってね。いやそれについてどうこう言うつもりはないの。でも、危ないよ」

「でも今までは平気で…」

「じゃあ!」

 姉ちゃんの声にアヤがびくっと震える。

「じゃあ、無抵抗の脳獣に近づいて、実は無抵抗なのが演技だったら? 近づいた途端襲ってくるよ?」

「それは…『雪だるま』で拘束を」

「じゃあ、こうなったら?」

 姉ちゃんが右手を開き、アヤに突きつける。

「まだ無詠唱できないみたいだし、使えないよね? 脳力」

 姉ちゃんの脳力『金縛り』

 手を突きつけられた相手は、身動きが取れなくなる。

 それは、口も例外ではない。

「ひほぉーへんほー:ふひ! ふひはふは!」

 開いたまま動かせない口では、正しく発音することも叶わない。

「こんなの一例。使い方によっては脳力の使用を封じる脳力なんていっぱいある。脳力にだけ頼ってちゃだめ。例えば『所有脳獣』なんておすすめだよ? 今はクサナギがアヤちゃんの所有脳獣って体で。クサナギ、やっちゃっていいよ」

 姉ちゃんの指示通り、今はアヤの所有脳獣として動く。

「『想像創造』『壁』」

 円形の壁が姉ちゃんを囲う。姉ちゃんとアヤの間に障害物がうまれ、『金縛り』は効果をなくした。

「『気象変更:雪』!!」

 姉ちゃんが入った壁の中をピンポイントで狙って雪が降ってくる。

 姉ちゃんは瞬く間に雪に埋まってしまった。

 まぁ平気だろうけど。

「『星砂生成』『爆ぜよ』」

 爆発と共に壁が破壊され雪は溶ける。

「こんな感じ。アヤちゃんがピンチの時、仲間がいれば助けてもらえる。別に死に場所を探してるとかじゃないんでしょ? なら…」

「考えておきます」

 それを聞いた姉ちゃんは少し嬉しそうだった。


「じゃあ本番行きましょう。いざ魔女退治。クサナギ、魔眼でどこにいるかみてくれる?」

「『想像創造』油性ペン。『千里眼』」

 城を透かして見ると、動いているものを確認できた。

「南南西方向の塔の最上部。一人」

「りょーかい! 『想像召喚』『天羽々斬』アーンド『星砂生成』」

 姉ちゃんは右手に剣と星砂を握る。

「『爆ぜよ』」

 その声と同時に剣を投げる。

 星砂の爆破によって加速された天羽々斬は僕の指示した場所に命中し、塔の壁を破壊した。

 透視を使わなくても相手を目視できるようになった。

 三角の帽子を被った、魔女。彼女は怒りを瞳に浮かべながら水晶に向かって言葉を紡ぐ。

「『die・died死になさい』」

 三つの弾が命を奪うために迫ってくる。

「アヤちゃん、守ってくれる?」

 姉ちゃんは優しく言った。

「やってみます。『気象変更:雪』」

 唱えながら手を地面に叩きつける。広く分厚い雪の壁が弾の進行を阻んだ。

「アヤちゃん最高、その調子であの脳獣を所有脳獣にしちゃおう!」

「え、どうやって⁉︎ 話を聞いてくれる状態には見えません」

 こんなことでいちいち驚いていられない。姉ちゃんの無茶振りはいつものことだ。

「とりあえず一旦大人しくしともらおう。『金縛り』さ、ゆっくりお話ししてきて」


 金縛りで文字通り手が離せない姉ちゃんを置いて、僕達は城の中、塔の中と入り、その魔女と改めて邂逅した。

「私は、あなたと仲間になりたい、友達になりたい…かもしれない。実を言うと、よくわかっていないの。あなたと仲間になればわかるかもしれないと思っているのだけれど、どうかしら? 仲間である以上、あなたのしたいことは極力叶えるつもりだけど。まずはなんでこんなことをしているか教えてくれるかしら」

 僕は姉ちゃんに合図をして金縛りを解かせる。

「…心の底から湧き上がってくる何かに対する怒りを抑えたくて人との接触を減らすためにこのお城に閉じこもった。だけどたまにここを訪れる人がいて、その人には無理矢理でも帰ってもらうしかなかった。それに、魔法を使うのは怒りの発散にちょうど良かったから」

 彼女の口から語られるのは、過去を忘れた少女の怒りの物語。

 全てを聞き終えたアヤは一つの決断を下した。

「あなたの怒りは、どうやったらなくなるの? 例えば、魔法で何かを思い切り攻撃すればどう? 私を、攻撃したらなくなる?」

「『attack・attacked…………………』!」

 声にならない叫びが聞こえた気がした。

 一方でそれを受け止めたアヤは、足から脱力して座り込んでしまった。

「だいぶ、楽になった。あなたのおかげ。この怒りが何に向いているのか私はまだ知らない。いつかその相手が見つかったらまた怒りに支配されるかもしれないけど、それまではずっとあなたの仲間として友達としてあなたを支えると誓う」

「魔女さん、あなた名前は?」

「わからない。あなたにつけてほしい」

「そうね、あなたはアヤカ。アヤの右腕のアヤカ。これからよろしく頼むわ。頼りにしてる」

 この春に、相田弥生は三つの出会いをした。しかし出会いがあれば別れもあることを、忘れてはならない。

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脳戦記 加藤那由多 @Tanakayuuto

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