第32話『この残酷な世界で脳戦士は今日も戦う』

 平岡咲。クラスメート。『ああ、そんな人いたな』くらいの認識だった。

 唯一覚えているのは、休み時間の過ごし方。

 男子は男子同士ふざけ合い、女子は女子同士お喋りをしているをしている休み時間。

 僕は友達と会話をして、弥生は読書をしている休み時間。彼女は絵を描いていた。

 一度だけ、席を通りかかった時に描いている絵を見た事があった。

 上手かった。

 それは覚えている。何を描いていたかは覚えていないが、上手かったことだけは覚えている。イラストレーターを目指しているのは知らなかったが、もうその夢が叶うことは無い。

(本当に、この世は残酷だ)

「『想像創造:改』『天叢雲剣あまのむらくものつるぎ:きょく』」

 僕の握る天叢雲剣の頭身が伸びてうねる。バイヤ戦で使った技だ。

「『具現化』『聖剣エクスカリバー』」

 リーナも負けじと脳力を使う。彼女はくうに絵を描くと、その剣の絵の柄を握る。すると、剣が実際に現れた。

(『具現化』か…)

「どう?これが私のエクスカリバー。貴方のイメージ通りだった?」

「答えは否。こんな感じかな…『想像創造:改』」

 彼女の握っている聖剣が木の棒に変わる。殺傷能力は皆無かいむ

「うんうん、これでいい」

「ふっざけんじゃないわよ」

 彼女は木の棒へと成り果てた元聖剣を地面に叩きつける。木の棒はその衝撃で半ば程から折れる。

「『具現化』」

 再び彼女は聖剣を握る。それもさっきより長いものを。さらに具現化した『巨人の右腕』でその聖剣を握る。

「食らいなさい」

「拒否する権利はありますか?」

「ないっ!」

 その声と共に、僕の脳天に向かって、剣が振り下ろされる。

「創造が甘いんだよな…」

 その声と共に、剣が縮む。そしてその切っ先は僕の鼻先をかすめる…なんてこともなく、くうを切った。

「悪いけど、創造バトルなら僕、負けないよ…先生バイヤもいるし」

 僕が優しく言い放つと

「くっ」

 と声を漏らしたリーナはエクスカリバーの具現化を解く。

「でも…」

「でも?」

「負ける訳には行かないのよっ!」

 再びエクスカリバーを具現化した。否、彼女は今空に絵を描いていなかった。あれは、『想像創造』だ。

(でも、想像創造は脳戦士にしか。それも一部の限られた脳戦士にしか使えないはず、脳獣があれを?)

 彼女を囲むように出現した十二本の剣が僕に向かって次々と飛んできた。

 想像力想像創造で作ったものは、自分や他人の想像力想像創造:改で捻じ曲げることができる。

「『想像創造:改』」

 しかし、剣は変わらない。これが意味することは一つ。

(Sランク判定の僕の想像力がリーナに負けた⁉︎)

 そして聖剣の一本が僕の肩をかすめた。

「なんでそこまで勝とうとするんだよ?」

「答えは簡単。私が平岡咲この女を殺したから。殺したなら、ケジメをつける。それがの教え。いい?『人を一人殺しておいて失敗しました』は許されないことだって言ってるの!」

「君は馬鹿か?」

 僕は叫ぶ。

「成功しても、失敗しても、人を殺すなんてことは、あってはならないことだ。君のリーダーが誰かは知らないけど、僕はその考えに共感できない」

 ただ、その瞬間。僕の脳裏を姉ちゃんの笑顔がかすめた。

「…っ!ただ、僕にも殺したい人がいる。殺さなきゃいけない人がいる。だから言うよ。。だから、それまで僕は脳戦士として戦うよ」


「同じ脳戦士なのに全然違うのね…」

 彼女は小さく言った。かろうじて僕に聞こえる声で。きっと僕じゃなければ、僕ほど耳が良くなければ聞き取れない声で。

(脳戦士?同じ?)

 僕が思考を巡らせている間に、聖剣の一本が僕の左太腿ひだりふとももに食い込む。

「うっ…痛った!」

 痛みを堪えてすぐさま剣を抜く。傷口を『想像治癒』で治し、エクスカリバーを構える。

 普段僕が『想像創造:改』している『天叢雲剣』は毎日寸分の狂いもなく『想像創造』している愛剣だ。故に、『想像創造:改』によって変形させるのは容易い。だが、今回初めて使ったエクスカリバーは形状のイメージがしにくいので変形させるのも困難だ。

 でも、手に握ると分かる。柄は、鍔は、刀身は、こんな形をしているのだ。形状は覚えた。

(今度こそ!)

「『想像創造:改』『エクスカリバー:かん』」

 彼女の聖剣が、繋がった。彼女の周りを回っていた剣たちはリーナを捕らえる檻となった。

「なっ…!」

「『想像創造』『天叢雲剣』」

 僕は前に向かって走る。剣を振り上げ、下ろす。残像が見えるほどの素早い剣捌き。その剣は、元聖剣の檻ごと、リーナを切り裂いた。

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